モデラーな日々 とれいんスタッフブログ

月刊とれいんスタッフの,模型と格闘していたりしていなかったりする日々をお送りします.

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さて,表題のとおり製作再開を決意したのですが,月刊誌のシメキリと同時進行で自分の模型を作るとい うゆとりは当然ありません.とれいんの編集には毎月全力投球ですから… 初めから言い訳めいた書き出しになってしまいましたが,今回は米国客車のあらましを知るのに最適な2冊をご紹介しましょう.

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写真の左はカルンバック社が以前出していた名著“SOME CLASSIC TRAINS”.鉄道黄金時代の看板列車の歴史が詳しくまとめられ,製品紹介など記事を書く際にも頼りになる,客車ファン座右の書です.もちろん私が好き なPRR(ペンシルヴァニア鉄道)の“ブロードウェイ・リミテッド”も,20ページにわたって紹介されています.初版は1964年で,現在では絶版となっ ていますが,何度か再版もされていたようですので,現地のネットオークションなどでしばらく探せば手に入るでしょう.私のものはebayで入手した初版で すが,中の扉ページに著者直筆の献辞が入っていてびっくりしました.
 もう一方,右側はMBI Publishing刊の“TRAVEL by PULLMAN”.19世紀後半から米国の鉄道旅客サービスを一手に担っていたプルマン社を中心に客車史をまとめた一冊で,最近の同社刊らしく昔の写真や パンフレットなど図版も豊富.特にインテリアのカラーイラストが往時のプルマンカーを想像するのに強力な助けになります.私はトレインウェーブから購入し ましたが,2004年の刊行ですので,現在でも入手できるでしょう.

先週は“富士・はやぶ さ”の廃止がマスコミを賑わせていましたが,このたびのJRダイヤ改正ではブルトレの他にも,いろいろな国鉄型車輛が引退してしまいましたね.私は米坂線 の国鉄気動車を今一度見に行きたかったのですが,これも締切で叶わず… お別れ運転があれば,その時には是非行きたいと思います.

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ついに東京発のブルートレインが姿を消してしまいました.
13日(金),約3000人のファンに見送られ“富士・はやぶさ”は最後の出発をしました.18時03分,発車の際のEF66の長い汽笛の音がまだ耳から離れません.
“さくら”,“あさかぜ”,“出雲”,“銀河”の時も最終日は東京駅でお見送りをしました.そのときは“まだ次があるから…”と思っていましたが,今回は本当にこれで最後なのだなぁと今頃になってひしひしと実感しています.
 先ほど,夕方地元の駅前まで買い物に行ったのですが,いつも“富士・はやぶさ”が通過する時間に思わず時計を見てしまいました.“あぁ.もう本当に来ないんだ……”
  当たり前のように身近あって,私の中の“憧れ”だったブルートレイン.鉄道が好きになった直接のきっかけでした.小学生の頃,同じく鉄道が好きだった友達 と学校の窓から上りのブルートレインを眺めてドキドキしていたあの頃がとても懐かしいです.電車で通学・通勤するようになってからは,ブルートレインの時 間に合わせて帰宅時間を調整したこと数知れず…….横浜駅発車後,横須賀線を走る湘南新宿ラインの窓から,併走する“出雲”の乗客に思わず手を振ってし まった.なんてこともありました.
 結局東京発ブルートレインに乗車したのは“富士”と“出雲”“さくら・はやぶさ”の計3回だけでした.帰省や 上京のために何度もこの列車を利用した方々の想い出とは比べものにはならないかもしれませんが,見知らぬ乗客と一緒に眺め,感動した瀬戸内海の朝日の美し さは一生忘れることはないでしょう.この記憶が色あせることがないように,大事にしていきたいですね.
 想い出をありがとう! おつかれさまでした.
 
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“富士・はやぶさ”(東京〜大分・熊本)の最終列車は多くのファンに見送られ18時03分東京駅を発車した 2009-3-13 東京駅
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私が初めて乗車した九州行きブルートレイン“富士”
まだ“はやぶさ”と併結する前でした.2002-9-23 大分
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WALTHERSが2009年のカタログの表紙にニューヨークセントラル鉄道(NYC)の豪華列車20世紀特急(20th Century Limitede)1948年編成を据えた時はびっくりしました.えっ?ハイアワッサ号の次は20世紀特急をやるの?米国東部の鉄道が好きな私としては気になる新製品の登場です.
 発売方法はハイアワッサ号と一緒で1年を掛けてゆっくりと色々な客車がリリースされます.たぶん最後はディーゼル機関車か展望車で締めるのではないでしょうか.4月号では,その第1陣として 4-4-2 Sleeper と 22 Roomette が登場しました.

20世紀特急はニューヨーク=シカゴを結ぶオール個室の豪華特急で,米国を代表する列車の一つです.グランド・セントラル駅を出てハドソン川を北上する20世紀特急.そして同じシカゴを目指し,ペン・ステーションを出て,フィラデルフィアからハリスバーグへ西進するペンシルヴァニア鉄道(PRR)のブロードウェイ・リミテッド(Broadway Limited).両社がどう思っていたかは知りませんが,市井では良きライバル,豪華特急の双璧という事になっていたようです.この分だと私の大好きなブロードウェイ・リミテッドが製品化される日も近いかもしれませんね.(笑)

さて,その第一弾が会社に届いてほどなくBS2では,ヒッチコックの『北北西に進路を取れ(North by Northwest)』が放映されました.この映画は久しぶりでしたので,面白くて最後まで見てしまいました.冒頭で人違いに遭い,殺人者と勘違いされ,追われながらシカゴを目指す主人公のソーンヒル(ケーリー・グラント).この時に20世紀特急に乗るわけですが,ちらっと見える出発ホームの赤絨毯に20世紀特急のロゴが入っているのが,なんとも格好良い!
 しかし,ウォルサーズの製品化とBS2のこの映画のタイミングがあまりに良すぎませんか?もしかして,番組担当者は米国型ファンなのかな? 思わず勘ぐってしまいます.

その数日後,海外オークションサイトのeBayで模型を落札したら,出品者が発送先の Erie Limited (かつての弊社の海外ブランド名)という文字を見て,「私はいまでも御社の20世紀特急を大事に持っている.あれはとても良い製品だ.そんな製品を出した会社の人に私の模型が渡るのは嬉しいことだ」というメールをくれたのです.あれれ,またまた奇遇にも20世紀特急の話題が飛び出しました.
 そうです,昔からのモデラーならご存じでしょうが,弊社もかつては20世紀特急を,当時としては“超”豪華仕様で製品化していたのです.基本編成が60数万とかフル編成が80数万とか,とにかくまだ学生だった私には目玉が出るほどの高額商品だったことを覚えています.
 そうか,この人は大枚をはたいて弊社製品を購入し,今でも大事にしているんだなぁ.そのことをエリエイ社員である私に言いたかったんだ・・・ 少し感動した私は感謝の言葉を返信したのです.すると今度はこれだよ,と自分のコレクションを写真にとって添付ファイルで送ってきました.見てみるとまだまだ綺麗.本当に大事にしているんですね.(あ,下の写真は私が撮影したものですよ,念のため・・・)

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弊社の豪華製品,20世紀特急は様々な試みが盛り込まれた意欲作

少し気になったので,会社にわずかに残るサンプルを引きずり出してみました.ウレタンはすっかりヘタっていましたが,幸いにも塗装面は傷めていません.フルインテリア,室内灯装備,テールサイン点燈,ニッカドバッテリーを使った集中給電,スプリングにより軸箱可動の台車など,豪華でありながら,かなりの意欲作です.松・謙氏の野心が触れた手のひらから伝わってくるようです.

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奥が4月号で紹介するウォルサーズ製品,手前は弊社製品

なんとなくウォルサーズ製品と並べてみました.印刷だから可能な細い黒のピンストライプはなく,現在のプラ製品ほどの表現力はありません.でも,ラッカー塗装だから引き出せる金属特有の光沢,そして対照的なマットな黒い屋根,ロストとダイキャストを細かく組み合わせた立体感溢れる台車・・・ 存在感は現行製品にも一歩もひけをとっていません.

海の向こうで今でも弊社製品を大事にしている人がいる.もちろん私は20世紀特急の製作には携わっていませんが,何か様々な奇縁で結ばれた20世紀特急三昧の一週間でした.


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まだ小学生のころ(だったと思う)、読み始めたばかりの「鉄道模型趣味」誌に「私の工作台」という小 さな記事が掲載された。当時のトップライターだった二井林さんが自宅の押し入れを改造して作った、小さな小さな工作スペースが紹介されていた。小さいなが らも、必要と思われるあらゆる物が揃っていて、「こういう場所を作れば、二井林さんみたいに、次から次へと模型が作れるんだ」と信じたのである。

そして苦節40有余年、次々と買い続けた工具が数を増し、かなり広い自分の工作スペースも手に入って、ようやく自分なりに「私の工作台」と言えるものが出来 上がった。左右にスライドレールを使って50センチの奥行き全部が使える大きな引出をたっぷり設け、その左には物入れの棚、目の前に工具掛け、コンセント もたっぷり準備して、さぁ工作だ!

と、思っても老眼鏡、双眼ルーペなしでは何もできないようになると、おっくうが先に立ってまとまった工作に手が着かない。

工作台がスラスラと完成したのは、老眼でもできる作業だったからなのかもしれない。

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世の中で流行っている“ブログ”なるものを,僕も2週に一度とはいえ書き始めることになったわけだが,さて,どんな話題を展開してみようか……って,日常のことなどを主にということだから,やはり,あちこちに出かけた話が中心になるのだろう.
 このところ,いつもにも増して,新しい車輛や古い車輛を求めて東奔西走の日々ということで,その中かからひとつ,写真とお話を披露してみよう.
 その第一.それは久し振りに北九州へ出かけて蒸気機関車を見てきたこと.と,いえば勘のいい読者はもう“あれだな”とお解りだろう.2月28日に門司港でお披露目会を開催した,再度の復活を果たした“ハチロク”である.
 実をいうと,JR九州の“ハチロク”こと58654という機関車,初めて見るのである.現役時代にも出逢った記憶はなく,必要もあってネガを探してみたけれど,やっぱり写していない.だから,報道機関に与えられた1時間半では物足りず,一般公開が終わる午後3時まで,たっぷりと観察して味わってきた.今回の再整備に際しては,過度の装飾を廃した,好ましい姿に仕上げられたこともあり,すっかり惚れ込んでしまった.走る区間が,僕にとってはかつてお馴染みだった肥薩線の八代と人吉の間だというから,早いうちに出掛けてみたいとすら思ったほど.
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午後から機関車に陽が当たるようになってすっかりご機嫌な僕だった.

そんな観察結果を,多くの方々からご提供いただいた貴重な写真とともに,今月発売の4月号で存分に……実際にはもっともっとスペースが欲しかったのだが……お目に掛けることになっている.どうぞお楽しみに.

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“とれいん”に欠かせない上から見た写真もバッチリである.場所の確保には事前調査が必要だったが.詳しくは本誌をどうぞ!

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