モデラーな日々 とれいんスタッフブログ

月刊とれいんスタッフの,模型と格闘していたりしていなかったりする日々をお送りします.

トップページ > >
////隠す用
自社広報

ああ。日食見たかったなぁ。
ここ2週間は写真展の当番やら何やらで新宿行ったり銀座行ったりしていまして、まともに鉄道実物写真は撮っていませんでした。気がついたら22日は両方の写真展も最終日で、その日は何と46年ぶりの皆既日食だという・・・。
前 日の深夜に、「よし!子供たちと日食見るぞ!」と見る気まんまんで、日食グラスは今更購入は無理なので、簡易的にピンホールのビュアーみたいなものを作っ てみようと材料を探しました。筒はボロの背景紙の芯で、トレペは業務用(笑)、アルミホイールは台所から・・・組み立ては翌日に延ばしましたが、ご存知の 通り朝から雨模様でした。しくしく・・・。私は諦めてしまいましたが、ニュースを見てると都心でもチラチラ確認出来たそうな・・・とっても悔しいです。 (汗)皆さんはいかがでしたか?
今度は26年後でしたっけ?? いゃぁ今度は孫がいそうだなぁ。
MM-20090725-01
真ん中に散らばってるのはフィルムの端で作った簡易グラサン(片目用)でも、紫外線はよくても赤外線が防げないので眼に良くないんですってね。チラ見用ですな。

写真展ですが、新宿も銀座もおかげさまで好評に終わりました。ありがとうございました。
MM-20090725-02
JRPS展 キヤノンギャラリー銀座のようす。力作ぞろいの作品たちと全国の特急列車で楽しい写真展になりました。実物大の新型京成スカイライナーと反対側のラピートの写真は特に好評でした

今日、またまた銀座のMATSUYAに「鉄道模型ショウ2009」を見に子供と出かけてきました。
さすがに土曜日でしかも夏休みなので大変な人出です。でも、今年はブース配置が良いのでしょうか?人の流れが良く見やすかったのが印象的です。(別の日に[とれいん]の取材もしていますので詳細は次号の[とれいん]をご覧くださいませ。)
さて、子供がレイアウトに夢中になっている間に機関車好きのとーちゃんはコレ!
TOMIXのEF210をまじまじ見てきました。(汗)
最近立川駅で停車中にゆっくりこの機関車を観察する機会があり、なんとなく魅かれてきたところに製品発売。タイミング良すぎです(笑)  でも、EH500金太郎好きは相変わらずですけどね。  
MM-20090725-03
HOレイアウトを走行する[モモ]を流し撮り!そこへEF65-1118が!!

MM-20090725-04
我が息子の500系爆走運転の図。 500系も3両だとやっぱ小文字のV編成とでも呼ぶべきなんでしょうか?(笑)

帰りはキムラヤのあんぱんを歩行者天国のベンチで食べて、帰宅しましたとさっっ!

おまけ!!
しつこく皆既日食なんですが、当日の昼間は諦めましたが、夜はやっぱり諦められません。これで日食をいただきました!(笑) 美味しかったです)
MM-20090725-05

////隠す用
自社広報

先週18日に脇が書いた,東海道本線の清水谷戸トンネルの話しに刺激されたわけでもない……はずはなくて,頭の中に残っていたわけであって,同じ東海道本線がらみの歴史的構造物を採り上げてみることにした.
 僕の場合は,清水谷戸トンネルのように駅から延々歩かなければならない……車で行くと停める場所に困ってしまうし……というようなことはなく,ずっとお手軽な,有楽町駅のガード周辺.え?有楽町駅は東海道線の駅ではないって?いや,もちろんそれは承知してますけれど.話しは最後までお聞きくださいませ.
 この駅の日比谷口を出て振り返ると,東京都心部の国鉄-JR線に特有の,煉瓦造りの高架橋が見える.ずいぶんと傷んでいるようにも思えるが,なんとかこの姿は維持してほしいものである.お手本とされるヴィーンもベルリンも,東京以上の戦災を受けながら,立派に保守され,実用に供されているのだから.

159-1
有楽町駅日比谷口. 画面左がつい先日まで車道だった煉瓦アーチの歩道. 画面右奥が第2有楽橋架道橋.

さて,この高架橋に向かって左側には,連がアーチの下を潜る歩道がある.ついこないだまでは車も通れる道だったのだが,数奇屋橋側駅前の再開発……交通会館の隣に“イトシア”というビルができた……に際して歩道化されたものである.この歩道化によって,このあたりの高架橋の“年輪”を間近でおちついて観察することができるようになったのが嬉しい.もっとも,もう少しこぎれいに整備してもいいのではないかとは思うが.
 改札をはさんで右側には,都道402号線という道を跨ぐ,第2有楽橋架道橋というガードがある.間に2本の橋脚を有する上路式プレートガーダーなのだが,面白いのは真ん中の桁.クリアランスを稼ごうとして中央部の丈を詰めた,他ではなかなか見かけない形態が興味ぶかい.
 橋台は,煉瓦積みの角に大きな石を6個ずつ配した,伸びやかなデザイン.上り方はなんとなく手入れされているようにみえるのに対して,下り方は自然なウェザリングがなされていて,同じ架道橋の橋台なのに,面白い対照を見せている.
 橋脚は鉄製で,東京駅の前後の呉服橋や鍛冶橋ほどクラシックではないものの,とても趣きがある.

159-2
クリアランスを稼ぐために中央部の丈を詰めためずらしい形態の上路ガーダー.向うに趣きのある橋台がちらりと見える.

在来線3複線のうち,海側の複線は,第2次世界大戦後の昭和31/1956年に新設されたもので,橋脚も橋台も,そして橋桁も他とは異なっている.ただ,昭和30年ごろという時代にも関らず,橋脚の鉄柱には僅かながらも装飾を見ることができる.実際には,例えば円盤状の基部は,海側のほうがずっと簡素化された形だから,こちらの方が新しいことがすぐにわかるのだけれど.
 もっとも海側の橋脚は,もちろん新幹線であって,こちらは味も素っ気もない実用本位のデザイン.

159-3
煉瓦積みの間に埋まってしまった隅石.これを見るだけでこの線区の線増の歴史を知ることができる

もうちょっと新橋方に足を進めると,今度は第1有楽橋架道橋がある.こちらは道路の拡幅による改良工事の跡をはっきりと残している.それは橋台で,上り方が隅石のある煉瓦積みであるのに対して,下り方はコンクリート製である.下り方の橋台直前に不自然な円柱があるのだが,その頂部に昭和31/1956年竣功と記された銘板がある.円柱そのものはなんの飾り気もない構造物なのだが,この鋳物製の銘板があることによって,なんとなく風雅に感じるのは僕だけだろうか.
 ちなみに,この第1有楽橋架道橋の,もっとも山側の橋桁には昭和30/1955年の汽車会社製という銘板が残されている.

159-4
第1有楽橋架道橋の下り方にある円柱と,その頂部に取り付けられた銘板.単なる円柱ではなく上下で径が異なる上に,鋳物の銘板によって,実用一点張りという印象が薄らいでいるように思える.

と,毎日なにげなく通り過ぎているガードも,ほんの数分の観察だけで,こんなに歴史が見えてくるのである.道はキョロキョロしながら歩かなければ(違!).

////隠す用
自社広報

三連休の週末,皆様いかがお過ごしでしたか? 私も普段の週末は平日にできない雑用やら洗濯やらで,なかなか家でゆっくりビデオなど見る時間がないのですが(というよりビデオを見ると,すぐ寝てしま う…),久々に連休で落ち着いた時間が持てたので,しばらく前に買い込んであったビデオテープを見ることにしました.
HS-20090720-01
写真はアメリカの自然科学雑誌として知られるナショナル・ジオグラフィックが出しているビデオです.ブッ○オフに大量に放出されていたものを見つけて,面白 そうなものを拾ってきました.科学雑誌がインドの大鉄道?? と,ちょっと訝りながら手にとったのですが,値段も安かったので… VHSだし.ところが見てみると,インドの鉄道の成り立ちをなかなか端的に伝えていて興味深いものでした.
 インドに鉄道をもたらしたのは,19 世紀にこの国を支配していた英国だったのですが,その伝統が1947年の独立以後も妙なかたちで生き続けていて,例えばボンベイにいる局長が地方の現場を 視察するのに,豪華なインスペクションカーを繰り出して,まるでお殿様の大名行列のようなことを大真面目にやってたりするわけです.
 また“ブ ラック・ビューティー・コンテスト”と称する,蒸気機関車の整備コンテストがある(あった)そうですが,性能や安全面を競うのはもちろん,機関車のそこか しこに派手な装飾が施され,煙室扉に象の鼻みたいなものまで付けたりするセンスがいかにもインド.ブラストに合わせて鼻から勢い良く水が噴き出すというオ マケまで付いてます.
 もう一つなるほどと思ったのは,インドには英国からの独立以前にマハラジャが統治していた地域が多くあって,そうした地方 にはかつての王侯貴族たちが走らせていた“宮殿列車”や,マハラジャが自分の領地に敷いた鉄道が今でも残り,地元民の誇りとして生き続けているのだという こと.
 インドの鉄道といえば,ブロードゲージの鉄道が広大な原野をノンビリ走っているという印象しか持っていなかったのですが,これを見てイン ドの鉄道が昔も今も物心ともに国家を支える重要な柱となっていることを理解しました.1995年の製作なので最新の事情を伝えるものではないですが,とて も面白いドキュメンタリーですので,図書館などで見かけたら是非見てみてください.

HS-20090720-02
さて,インドにまつわる映像をもう一つ.“インド夜想曲”という1989年のフランス映画で,アントニオ・タブッキの同名小説を映画化したものです.
  失踪した友人を訪ねて主人公がボンベイ,マドラス,ゴアを訪ねる…… という筋書きは正直どうでも良いものなのですが,行き倒れや薬物中毒者など,助からなそうな人々を収容した貧民街の病院の光景や,山深いヒンズーの洞窟寺 院など,諸行無常な映像がいかにもおフランスなセンスで淡々と流れる,とてもユニークな映画です.
 観ているうちに自分がインドを彷徨っているか のような気分に酔ってくるので,無常観に浸りたい時にはとってもおすすめ.鉄道は旅の車中のシーンがちょっと出てくるだけですが… これも少し前の作品なのでレンタルで探すのは難しいかもしれませんが,見かけたら是非ご鑑賞あれ.

////隠す用
自社広報

前回は横須賀線でしたので,今回は新橋〜神戸間が「全線開通」してから今年で120周年を迎えた東海道線にまつわる歴史的建造物のお話をしたいと思います.

WM-20090718-01
東海道線全線開通120周年記念横断幕

東京駅基点36kmの少し手前,横浜と戸塚の間にある清水谷戸トンネルは東京を出てから初めてのトンネルであり,東京〜小田原間でも唯一のトンネルです.
 このトンネルの上り線は明治20/1887年に開通し,現役で使われているトンネルとしてはなんと最古のものです.
 214mの短いトンネルですが,明治時代ではさぞかし難工事だったことでしょう.この峠は武蔵と相模の国境にあたります.小さな山ですが,このトンネルのをぬけたら雨が降っていたということも何度か体験しているので,天候の変わり目を左右するほどの地形なのです.
 保土ヶ谷を過ぎたあたりから,勾配を上げていき,トンネルの手前で長い切り通しを10‰で登っていきます.トンネルを抜けて戸塚駅までまた下ってゆきます.トンネルの標高は40mで,ここから5km先の戸塚駅の標高は13mとなっています.
 ちなみに,この峠を越えるトンネルは横須賀線が品濃トンネル,貨物線が長い猪久保トンネルとそれぞれ分かれています.

WM-20090718-02
東海道本線「清水谷戸トンネル」の戸塚方出口.上り線(左)と下り線(右)で断面の形が違うのがわかる.左側が明治20年に開通した現役最古のトンネルで,側壁が垂直な逆U字型.右側は馬蹄形.

WM-20090718-03
E231系のすれ違いをキャッチ!

トンネルのそば(ちょうど36キロポスト地点)には案内板が建てられていますが,脚が曲がっていて,また文字も泥で汚れてしまって読みにくくなってしまっています.手前にはレンガ造りの台座のみが残っていましたが,ここにはなにがあったのでしょうか? 

WM-20090718-04
以下,案内板より判読可能な部分のみ書き出してみました.
 
「上り線のトンネル(左側)は明治20(1887)年に工部省鉄道局によって建設されました.
 これは鉄道トンネル建設順位においては17番目にあたり,現役としては最古の鉄道トンネルです.
 下り線のトンネル(右側)は明治31(1898)年の複線化工事にともなって建設されました.
 両トンネルの側壁部は当初レンガ造りでしたが大正14(1925)年の電化工事にともなってコンクリート造りに改築され現在にいたっています.  平成3年3月 JR東日本 建造物調査委員会」

歴史あるトンネルで価値もあるので,その名を広く紹介するためにも,是非この案内板は綺麗に建て直してほしいです.

東 海道本線沿線に住んでからもう20年以上経ち,この清水谷戸トンネルは何度も何度も通りました.新緑の頃トンネルの前後の若葉がとても綺麗でまぶしくて, 時折「ここで降りてみたいな」と思ったものです.まさかこのトンネルが現役最古のものとは・・・つい最近まで知らなかったのです.灯台もと暗しとはまさに このことですねぇ.

清水谷戸トンネル付近の2万5千分1地形図“横浜西部(東京)”をご覧になりたい方はこちらからどうぞ
国土地理院地図閲覧サービス(ウォッちず)のサイト内に移動します)

●おまけ情報
東海道線,横須賀線で,このトンネル以西の駅をいつも利用されている方なら多くの方がご存じだと思いますが,東京側からトンネルを抜けると,横須賀線と東海 道線の線路が大きく離れているところがあります.その間に牛舎があり,列車の窓からも一瞬ですが,牛の姿を確認することができます.昔は(113系だった ころの話ですが)窓があいていれば,その付近を通れば車内に牛の臭いが入ってきたものです.
 この牧場は「肥田牧場」といって,牧場直営のアイス クリームやさんがあるとのこと.うわさでは聞いてたし,いつも列車の窓から見るだけで気になっていたのですが今回やっと初来店できました! ミルク味の ジェラートを食べてみたのですが,なめらかな舌触りでなかなかおいしかったです.ミルク,キャラメル,クリームチーズ,抹茶,の他にも季節限定でトマト, モモ,塩など個性的な味もあって,何度でも行きたくなってしまいます.おしゃれな木で造られたオープンデッキからは,東海道,横須賀線,貨物列車を見るこ とができます.東戸塚駅付近のカーブは有名撮影地が多くあるので,撮影しながら,待ち時間にジェラートなんてなんかいいデスね.
 
WM-20090718-05
撮影に疲れたら,牧場直営アイス工房で一休み.東京から電車で30分足らずの,しかもこんな線路の近くに牛舎があるなんて珍しい?!

■肥田牧場 アイス工房 メーリア
神奈川県横浜市戸塚区品濃町836−2 
営業時間
4月〜10月
平日   11時〜19時
土日祝日 10時〜19時
11月〜3月
平日   11時〜18時
土日祝日 10時〜18時

火曜日定休
なお1月はお休みとのことです.

肥田牧場 アイス工房 メーリア ホームページ
http://www004.upp.so-net.ne.jp/merria_farm/

////隠す用
自社広報

平成元/1989年にオープンした東武博物館が,早くも20周年を迎えた.これを機会に,長期休館という大胆な施策の上で,全面的なリニューアルを果たし,来る7月22日に再オープンする.
 それに先だって,7月17日に内覧会が行なわれ,本誌もお招きいただいて取材してきた.詳細は来月発売の9月号でお目に掛ける予定だが,とりあえず速報として,若干の思い出話を含めたレポートをお届けする次第.
 思えばオープン時,僕の撮影機材は,まだニコンF4を購入する以前,ニコンF2やニコマートELが主力だったかった時代である.F4は既に発売されていて,テストレポート用のボディとレンズ,そしてストロボも当時の最新鋭SB24を拝借した記憶がある.
 それが今回は,なんとか自前のD700とSB800というストロボの組み合わせ.レンズはタムロンの17-35㎜である.館内照明の色温度の違いなどをほとんど気にすることなく,ストロボなしの手持ちでも,なんとか綺麗な写真を撮影することができた.まったく20年という時間とは,偉大なものである.

さて,今回のリニューアルの目玉は,今年2月号“いちぶんのいち情報室”で搬入の模様をお目に掛けた,モハ5701と近江鉄道から里帰りしたED4001……101号電気機関車.
 101号電機は,車体塗装を茶色に変更し,ステップを撤去するなど.現状でできる範囲で原形の面影を取り戻した.機械室の内部は,東武から近江へ譲渡した時とほとんど変っていないということで,現状維持.

153-1
新調された101号電気機関車の番号板と東武鉄道の銘板.製造所銘板はオリジナルである.

モハ5701はといえば,現役の最終期ちょっと手前という状態に整備されての搬入であり,“将来的には原形の非貫通2枚窓に戻したいんですよね”と花上嘉成館長が語っておられたのだが,なんと,お披露目までの短い間に,それが実現してしまったのであった.
 この復元のためには,まず原形当時の図面入手に苦労し,施工段階でも,台枠と屋根を切断して新調して…….無闇に台枠や屋根を切断してしまうと車体全体がゆがんでしまうため,それを防ぐ手当てを施して……,と,苦労の多い作業だったという.しかもその作業現場は鉄道工場ではなく,博物館の館内.難工事であっただろうことが,容易に想像できる.

153-2
みごとに非貫通2枚窓,通称“ネコひげ”が蘇ったモハ5701.傍らで状況を説明するのは花上館長.

実物車輛はもう1輛……といっていいのかどうか,だが,かつて東武鉄道が多数保有していた貨車の中から,杉戸工場で事業用に使われていたトキ25000の“ショーティーモデル”.どんな姿であるかは,想像を逞しくしていただきたい.そして,どのようにして姿勢を保っているのかは,現地で観察していただきたい.
 あとは,シミュレーターが,向谷 実さんのプロデュースで一新されたし,大パノラマレイアウトも,現在建設工事真っ盛りの“東京スカイツリー”が,1/600スケールで早くも登場するなど,面目を一新…….

153-3
シミュレーターも一新.10000系,50050系,そして“旧型車”としての8000系の3種.プロデュースは向谷 実さん.写真は,自ら運転を披露しつつ“攻略本がいるかもしれないほど楽しさ満点です”と語る向谷さん.

153-4
日光から浅草まで,関東平野を一望できる大パノラマレイアウト.話題の中心は,なんといっても“東京スカイツリー”だろう

書き始めるときりがない.あと1ヵ月間,ワクワクドキドキしながら次号の発売を待つか,時間のやりくりをつけて東向島に駆けつけるか,どちらでも,それはみなさん次第である.

↑このページのトップヘ