モデラーな日々 とれいんスタッフブログ

月刊とれいんスタッフの,模型と格闘していたりしていなかったりする日々をお送りします.

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R68
Rail No.68 発売中です!

■寝台特急牽引のEF65 1000番代

昭和53/1978年の夏休み,東京機関区に新しい機関車が姿を見せはじめ ました.それまでは宇都宮や新鶴見に配置されて,主に貨物列車を牽いていたEF65 1000番代です.12年間も東海道・山陽本線をロングランし続けてきたEF65 500番代に疲れが見えはじめたため,交代要員としての新造でした.
 500番代から1000番代への移り変わり時期を中心とする,牽引機や列車編成の記録を,松尾彦孝さんと関 崇博さんが公開してくださいました.
 併せて東京から下関に至る沿線各地での列車風景を,関さん,松尾さんはじめ,宇野 昭さん,林 嶢さん,服部重敬さん,新宮琢哉さんからご提供いただきました.
 巻頭グラフでは,メインテーマとはうって変わって,しっとりとした昭和40年代の駅と蒸気機関車の絡みを大谷眞一さんの写真で構成しました.
 現代中国蒸機は,河南省の大規模な炭砿である平頂山です.前進形や建設形が運転列車や旅客列車を牽きます.また,大穂孝悦さんからは1980年代から1990年代に掛けて,中国各地で見かけた“謎”の車輛などを紹介してくださいました.
 67号のテーマだった“米子周辺”に関して,松江在住の石原裕紀さんがご自身の記録と写真を寄せてくださいました.

2009年4月20日(月)発売    定価:本体3,600円+税

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また今回も、鉄ちゃんしてきましたレポートです。
 先週の日曜日、わたらせ渓谷鉄道に行ってきました。桐生市に父親の実家や親戚も多いの で出かけることが多かったのですが、なぜかこのわたらせ渓谷鉄道へは足尾線の国鉄時代に一度、足尾線最終日とわたらせ渓谷鉄道開業日に取材で行った後、そ の翌年ぐらいに1~2度程度しか訪れていないので近い割には回数も少なめで、本当に久しぶりでした。
 それが今回出かけたのは、今年で開業20 周年であり、その記念に「開業20周年記念わたらせ渓谷号」というトロッコ列車を走らせ、それも今回は桐生まで乗り入れるというのです。(普段のトロッコ 列車は大間々~足尾の往復) 車両は[わ99型]トロッコ車4両編成を自社の[DE10]が牽引し、桐生~大間々間はそのDE10のプッシュプルです。丁度沿線の桜も満開のようなので 「これは大間々の桜並木(桐生寄りにあります)も良い感じかな?」と期待して出かけました。その撮影した写真を何点かご覧ください。
 あ!! DE10というネタでは、平野さんと似てしまいますね。まぁ、こちらはトロッコ列車と花って言うことで・・・・。
 まずは、大間々の桜並木を行く桐生への回送列車。あいにく一部葉桜になっていました。残りの桜も風が吹くと盛大に花びらが舞っていましたが、列車の通過時はその風も止みチラホラでした。残念。
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折り返しの桐生からの列車をここで待とうかなと思いましたが、やめて大間々より奥へロケハン。
「さくら~さくら~♪」と走っていたら本宿駅のそばに今度は満開の桜を発見。少し上流に行くだけで咲き方が全然違っていました。しかし来る列車の方向から構図がうまく決まらずに悩んでたら、近くに大量の菜の花が!! 1発めはここに決めました!!
MM-20090418-02
その後、渡良瀬川沿いの絵やアップやロング、前がちや横がちなどいろんなパターンを数箇所撮影しながら往復しました。
 ・・・桜ですか?  もちろんそれも数箇所で撮ってます!!
 では最後に定番な場所になりますが水沼駅の発車シーンで!! やはり期待通りの桜でした。
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そういえば水沼駅の温泉センターですが、休止中だったのがこの4/26から営業再開するようです。

おまけ。運行が終わり、トロッコ車が大間々駅に置かれている図。こんな風に窓を塞いでるんですね。
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ちなみに明日の19日も運転されるようです。桜は厳しそうですが、沿線には他にも色々な花が沢山咲いてます。これからは新緑も美しい[足尾線]です。また行くかな??

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2月にパイオニアがプラズマディスプレイ事業から撤退すると発表しました。これは家電好きにはビッグニュースでした。すると発表後、同社の“KURO”シリーズが売上を急激に伸ばしたそうです。撤退前の駆け込み需要ではないか? という話ですが、そうだとしたら、もっと前から買ってやれ・・・ 一(いち)パイオニアファンの本音です。

私は昔からパイオニア製品が好きでした。安易に売上だけを考え、すでに普及しそう(した)製品に飛びつき、低価格と営業能力を武器にするメーカーも多いなか、まだ普及していないもの、どこも開発に二の足を踏んでいるものに果敢に挑戦するメーカーというのは男として“惚れて”しまいます。

パイオニアはその名のとおり先駆者的分野の多いメーカーです。古くはスピーカーで名を馳し、独自ブランド“TAD”はオーディオファンの間では有名です。その後、映像の分野では多くメーカーが支持したVHD方式を、たった1社、レーザーディスクで迎え撃ち、その後シェアを独占しました。またカーオーディオで、ある程度、安定した地位を保っていたにも関わらず、その地位に安穏としませんでした。GPSの一部民間への開放により、カーナビゲーションシステムを世界で初めて開発したのです。これは多くの人がご存じですよね。

そのほか、これまた私の大好きだったアップル社製Macintoshの互換機を出し、音質を特化した物を作り続けたのは「さすがパイオニアだ」と感心したものです。

そんな私のお気に入りメーカーがプラズマ事業からの撤退ですからね。本当にショックでした。というのも、3年前に50インチプラズマテレビ、AVアンプ、300枚連装CDプレーヤーなどを、パイオニアで揃えたからです。店頭でライバル社と見比べた時(1)黒が締まっている(2)幅広い階調が綺麗に映る(3)コントラストはライバル社より弱めだが、その分、白も黒もベタっとしていない など、私個人の評価ですが、判断し購入したのを覚えています。しばらくディスプレイ下の“PIONEER”のロゴを見ては、ニヤニヤしていたものです。それが購入から1年半でプラズマ開発部門がパナソニックへ吸収、そして今年2月には完全撤退発表ですもの・・・

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韓国では液晶と人気を2分するプラズマテレビも、日本ではかなり劣勢らしい。

そういえば、パソコンで常に先駆的であったアップルもシェアは伸びませんでしたね。 iMacやiPod、iTunes等では社会現象を引き起こしましたが、私の好きだったclassic環境(OS一ケタのもの)は、ビジネス的には決して成功とは言えませんでした。10数年前、私は大学の恩師とともに周囲ではかなり有名なマック信者でした。Macintosh II を人に見せ、マックがどれだけ素晴らしいかを人に説いてまわっても反応はあまり良くありません。「高い!」「DOSの方がシェアは上!」「ソフトが少ない」「Windowsのほうが・・・」とあまり相手にされませんでしたね。それどころか「マック使いは(ああ、怒りで書けない)」と言われた日には・・・ 特にWindows 95で世の中が大騒ぎのなか、1996年1月号の『Windows World』誌の表紙を飾った「さよならMacintosh」の文字! あれは今でも忘れられません(怒)。それらの怨念が後に編集部の多くのパソコンを“DTPのため”という名目でマック化させてしまったのです。ああ、恐ろしい(笑)。

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すでに使わなくなり机の端に追いやられても処分したくない。ウィンドウズ機には湧かない感情がマックにはあります。

そういえば車もそうですね。前の車が廃車になった事をきっかけに、昔から好きだったアメ車を中古とはいえ、かなり無理して購入しました。そうしたら、エコカーブームと燃油高騰で、アメ車乗りは白い目、同情の目、ざまーみろの目等で見られることが増えました。そしてメーカーの破綻不安・・・(まぁ、これは数年前から分かっていたことですけどね・・・) 中古相場も随分と暴落しましたなぁ・・・(遠い目)。そういえば、前の前に乗っていたMiniクーパーも、そのデザインが大好きだったのに、ちっとも「小」さくないMINIが、BMWから発売された時はショックでした。今の技術なら、前のデザインのまま、高性能なものが出せるだろう? と思ったものですが、商売的には×なんでしょうね。

そんなわけですから、鉄道模型でも私が「好きだ!」というものは、ふっふっふっ・・・

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鉄道好きのくせに出不精という,フィールドワークにはとんと不適格な私ですが,数少ない撮影行のなかで,何かと印象に残っているのがDE10という機関車です.
 一昨年,廃止直前のくりでんを日帰りで訪ねたのですが,途中の小牛田駅で一時間も足止めを食らってしまい(実は接続列車に乗り遅れました…),なすすべもなくホームに佇んでいると,向かいの側線に入ってきたのが真新しい塗装のDE10 1595でした.
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JR貨物の新更新色ですね.こんな長蛇のコンテナ列車を牽くこともあるんだ, 感心しつつ,他にすることもないので,次の電車が来るまでずっと眺めていました.思えば,その日訪ねたくりでんの車輛達と同じくらい長いこと眺めていたのですねえ…

続いて古いネタも一つ.高校生のときに生涯唯一の北海道旅行で訪れた,宗谷本線での二コマ.
  当時14系寝台+座席車で組成されていた急行“利尻”で稚内を目指し,帰りはキハ54の普通列車で南下しました.途中,名寄駅で“天北”という急行列車と すれ違ったのですが,これは“利尻”の間合いで同じ客車を使用していた昼行列車で,後になって調べてみたら,客車列車で運用されていたのは1980年代の ごく数年の間だけだったそうです.
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“利尻”や“宗谷”はDD51牽引でしたが,この“天北”はDE10牽引です.こんな機関車が急行を牽くのか… と,これまた感心した思い出です.

最 後に蛇足.私が小学生のころ,カトーがNゲージでDE10を製品化しました.当時としては驚異的なディテールの細かさで,今見ても全然陳腐に見えないのは さすがカトーです.しかし子供が扱うには少々繊細すぎたようで,現存する自分の模型を見ると,デッキやらステップやらあちこち潰れています.しかし,この 初代製品は走りがいまいち…
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裏返すと分かりますが,いわゆるカトー黎明期の103系やキハ20系のように,ダイキャストの台車内枠を金属板で挟み込む構造なので,これだけ軽量な車体だ と集電が不安定なのです.ゴムタイヤのせいかと思って,台車をバラして褶動部を磨いたり,ゴムタイヤ付車輪の位置を差し替えたり,いろいろ苦心しました.

ちょうどカトーからはDE10の完全リニューアルもアナウンスされており,発売が楽しみですね.20年越しに“天北”編成を模型で実現して見たいものです.

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普段から時刻表を読んで実際旅行していると,いろいろおもしろい地名,駅名に遭遇します.
 たとえば,日本各地,人名にちなんだ駅名および地名は多数存在します.
 岡山県の智頭急行にはそのものずばり“宮本武蔵”という駅が存在しますし,私の身近なところで言えば,JR鶴見線は人名に由来する駅名の宝庫です.
鶴見線の前身,鶴見臨港鉄道は,埋め立て地に敷かれたため,地名もまだ決まっていなかったので,埋め立てや,鉄道建設に関する功労者の名前がつけられています.
並べて書いてみますと・・・
JR鶴見線
鶴見小野駅 → 地元大地主ある小野信行氏に由来
浅野駅 → 浅野財閥の創始者,鶴見臨港鉄道の創設者である浅野総一郎氏に由来
安善駅 → 安田財閥の安田善次郎氏 に由来
武蔵白石駅 → 埋め立て事業の関係者であり,日本鋼管(NKK)の創始者白石元治郎氏に由来
大川駅 → 日本の製紙王と呼ばれた大川平三郎氏に由来
といった具合です.ほかにも調べればいろいろあると思います.

ところで自分の名前は駅名で存在するのだろうか…….と思って探してみましたが,どうやら鉄道では存在しないようです.わりと珍しい名字なので,無理もないでしょう.
でも,バス停であるのです.
場所は,石川県七尾市と富山県氷見市の境.七尾バスと加越能バスの乗換駅が“脇バス停”です.(※2008年に七尾バスは能登西部バスと合併し,北鉄能登バスに変わりました)
 以前北陸へ旅行した際,七尾線の七尾駅から氷見線の氷見駅までこのバス路線に乗りました.事前に時刻は調べていったので,乗る前から“脇”というバス停があることはわかっていました.
 実際乗ってみて,実に爽快なバス路線でした.七尾を出て,一つ峠を越えると国道160号線は小さな集落を点々とたどりながら日本海を南下するのです.
晴れていれば,海越しに立山連峰を望むことが出来ます.(この日はうっすらとしか見えませんでしたが)
 乗り換えの接続はあまり良くなく,40分くらい待ちました.しかし,逆に乗換駅だったからこそ,ゆっくりとこの場所を味わうことができました.
 周りには小さな商店が1軒あるだけで,目の前は海.自分と同じ名前のバス停の看板を撮影しつつ,なんだか恥ずかしいような,懐かしいような,誇らしいような,何とも複雑な感じでした.

みなさんは自分と同じ名前の駅名はありますか?もしあったら,やっぱり実際訪れて,駅名標といっしょに記念撮影して,入場券も買いたいですよね.名字と同じ駅から名前と同じ駅までの旅なんていうのもおもしろそうですね.

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こちらは七尾バスの脇バス停.再び七尾へと折り返すところ

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こちらは加越能バスの乗り場.ちょっとした待合室がある.

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