モデラーな日々 とれいんスタッフブログ

月刊とれいんスタッフの,模型と格闘していたりしていなかったりする日々をお送りします.

トップページ > >
////隠す用
自社広報

ちょっと旧聞に属するのだが6月にイギリスを訪れた帰りに、「ぜひ遊びに来てくれ」と言われていた、ミニネイチャー輸出元のフレヴィー社を訪ねてオランダはアムステルダムに立ち寄った。
 「午前中は抜けられない仕事があるので、午後に迎えに行くから」
との言葉通り、午後1時頃にアムステルダムの中心部にある私のホテルに同社のゲラルド社長がボルボのワンボックスでやってきた。
 「今日はどこに行きたい?」
と聞かれたのだが、前からゲラルド氏は「農業が本業だ」、といっており好奇心もあって、
 「あなたの農場を見せて欲しい」
と言ったら、「それは嬉しい、ぜひ見て欲しい」とのことで、早速案内してもらう。
  市内から北へ50キロほど、高速道路なので30分ほどで着いてしまうのだが、あたりは一面真っ平らな畑ばかり。聞けば1920年代に干拓して出来上がった 土地だったが、第2次大戦のドイツ軍の攻撃で堤防が破壊され、ふたたび海の底に戻ってしまった。それを1950年頃に再び干拓し直して農地としたのだそう だ。
 そして案内された彼の自宅兼オフィスでは、巨大な無蓋トレーラーが駐車しており、ジャガイモの出荷が行われている。

HK-20090812-01
巨大トレーラーにベルコンでジャガイモを積み込み中

 「このトレーラーは何トン積?」と聞くと、
 「40トン積」と軽く答える。冷蔵倉庫に貯留してある昨年収穫したジャガイモを、洗浄、選別して積み込むのに3人がかりで約半日だそうだ。倉庫からジャガイモを運び出すのも巨大なショベルローダー。まったくすごい世界だ。
 その後畑も案内してもらう。案内してもらったジャガイモ畑は白い花が綺麗に咲いている。今年9月に収穫する予定とのこと。
 「このジャガイモ畑はどのくらいあるんですか」
 「8.5ヘクタール、ヘクタールあたり50トンの収穫を予定しているから、425トン、さっきのトレーラーで10台分ぐらい」。
その他に収穫時期の違うジャガイモ、小麦やシュガービーツも作っていて、総面積は82ヘクタールあるそうだ。日本の農地から見たらびっくりするような規模である。
 そしてもっと驚いたのが農機。もちろん巨大なトラクターが様々なアタッチメントを引っ張って、耕したり、薬剤を散布したり、収穫したりしているのだが、これがGPSを使って自動運転しているのだ。
  GPSは運用している米国が意図的に制度を落としているので、必ず数メートルの誤差があり、そのままではうっかりすると道路まで耕してしまいかねないのだ が、自宅にもGPS装置を取付、実際の緯度経度との誤差をトラクターに発信して、誤差を吸収するので、数センチの精度を出すことができるのだそうだ。そう いわれてみれば畑の畝はどこまでもまっすぐ伸びていて、無駄がない。

HK-20090812-02
この巨大なトラクターが誤差数センチで自動運転するのだ

HK-20090812-03
これが木の枝セットの若芽。回りの植物は雑草で取り除くのが大変だ、とゲラルド氏

 そして最後に案内してもらったのは、以前弊社で扱っていた「木の枝セット」の畑。まだ若芽の状態で製品の姿は想像もできないのだが、畑は1ヘクタール以上もある大きなものだった。
 干拓地で真っ平ら、ということもあるのだろうが、これが大規模農業だ、というまさに実例。思わぬ人脈で見学させてもらうことができた。

////隠す用
自社広報

NY-20090810-01
さてさて、いきなりの宣伝です。なんと当サイト(etrain.jp)では今後、とれいん編集部宛に送られた新製品を併せて紹介します!

メーカーの都合で とれいん 発売日まで掲載を控えるような依頼があるものは残念ながら掲載できませんが、それ以外は発売日前に掲載してしまうつもりです。最近の製品は少量多品種のものが多く、月に1回の雑誌では、“知ったときには既に完売”という事もありうるのです。

ただし、速報性を第一にしているため、製品名、スケール、商品の販売形態、価格、備考程度しか掲載できない事はご承知おきください。細かい説明は本誌をご覧頂ければ・・・

とりあえずサンプルとして、今月4日に当編集部に届いた杉山模型の“GARRATT-TYPE LOCO”を掲載します。本誌発売は21日ですから約10日も早い掲載です(注:当製品はJAM限定なので同社に直接、注文の電話をしないでくださいね)。こういうネットならではのメリットを活かして、より良い情報提供と趣味ライフのサポートをできれば・・・ 建前じゃなく、本当に我々スタッフはそう思っているのです。基本は“私達も、そんなサイトが欲しかった!”です。

■本誌・etrain.jp読者様
こんな新製品を紹介して欲しい!そんな要望がありましたら、どんどんご意見をお寄せくださいね。

■メーカー・ディーラー様
本誌“新車登場”欄に掲載経験のないメーカーやディーラーでも、サンプル、もしくはリリースをお送り頂ければご紹介いたします。是非、当サイトをご活用くださいませ。

すべてのメールアドレスは
info(あっとまーくを入れてね!)eriei.co.jp
です。すべてにお返事はできませんが、必ず専属スタッフが拝見いたします。たくさんのメールをお待ちしております。

////隠す用
自社広報

暑中お見舞い申し上げます。 暑いですねぃ。
このブログで大阪ネタが、水~木曜日と続きましたが、実は私も今大阪にいたりします。(笑) 
キヤノンギャラリー梅田でJRPS写真展の大阪展(~12日まで開催中!)をやっていてその関係で来ています。
では私も大阪ネタを・・・なんてやるとさすがにクドイですよね。ではやめておきますか・・・。(汗)

一昨日、知人に誘われ山梨県の富士吉田市に出かけました。富士急行さんにお邪魔したのですが、伺う時間が13時過ぎというのもあり、午前中に沿線で撮影して来ましたので、その何点かご覧ください。

MM-20090808-01
夏と言えば向日葵(ひまわり)です。その横を1000系が行きます。元京王5000系です。この車両って昔ウチの近所で走っていたんですよねぇ。元気に活躍していてとても嬉しかったです。

MM-20090808-02
フジサン特急!!元パノラマEXPアルプスも元気に走っていました。富士山のキャラがとても楽しいのです。

MM-20090808-03
フジサン特急も向日葵を絡めてみました。(笑)

で!・・・。何しに富士吉田市まで??
それは・・・

MM-20090808-04
2009年8月8日から・・・つまり今日から新たに富士急の電車が走り始めます。その名も[富士登山電車]。元京王5000系に富士急行の前身[富士山麓電気鉄道]モ1のサビ朱色に工業デザイナー水戸岡鋭冶さんによるデザイン。

MM-20090808-05
富士登山電車]は1号車赤富士、2号車青富士と車両が分かれて車内の様子も2種類。画像は青富士の様子です。

この電車は8月8日はオープニングイベントに関わる運行ですが、9日からは普通運用にも付くそうです。
外観も車内もとても楽しい電車(赤富士はレトロ調!)ですので是非この夏休みにお出かけになられては如何でしょうか??

車両の詳細は[とれいん](10月号予定)に掲載予定です。

////隠す用
自社広報

6月18日に大阪高島屋東別館のことを書いたが,その後,別の探し物をしていた時,肝心なものは見つからず,2年前に撮影した,同じ大阪堺筋の古い建物の写真が発掘された.
 高麗橋(こうらいばし)というのは,それこそ古い大阪の中心地である,いわゆる船場(せんば)の北部に位置し,薬問屋の集まる道修町は堺筋の両側に拡がっているのだ.そうして,堺筋という通りは,昭和の初めに御堂筋が出来上がるまでの,大阪の南北の通りのメインだったのだから,多くの象徴的な建物が存在していて当然のエリアなのである.
 戦災をかいくぐり,再開発の波にもめげずに残された建物たち.子供の頃,この辺りに来る用事があったりしたものだから,記憶にある建物も少なくない.けれど,もちろんその頃には当たり前の風景だったから“歴史の目”で観察することなどなかったわけだし,“日本一”などという行き先の市電の窓から眺めるだけということも多かった.あれからもう40年以上が経っている.様変わりぶりも大きい.
 古いものでは小西の旧宅(コニシボンドのコニシである),ちょっと東へ御堂筋のほうへ歩けば,近代的なビルの中に古い商家がそっくりと収まった,妙な光景に出会うこともできる.塩昆布などの老舗である神宗(かんそう)の本店で,建物そのものはレプリカなのだが,古い船場の風情を味わうことができる.
 いわゆる近代建築は,もう明治から昭和にかけての建物が数え切れないほどある.嬉しいのは,そのほとんど全てが,今もなお現役であること.順不同に挙げるなら,三井銀行大阪支店,生駒時計店,日本基督教団浪花教会,高麗橋野村ビルディング,そして今はフレンチレストランに変身している,元大阪教育生命保険(のちに大中証券)…….
 どれもこれも個性的で,統一感がないといえばいえるのだけれど,それはそれで,また趣きが,と思う,近ごろの僕なのである.

それらの中から今回写真をお目に掛けるのは,僕の記憶になかった建物.それは八木通商という会社のビル.住所的には今橋2丁目に存在している.近頃は便利なもので,インターネットの海へ泳ぎだしてみれば,基本的な情報は集まってくる.

175-1
北東から見た八木通商ビル.3階部分は明らかに増築.1,2階部分はとても自然なテラコッタ仕上げに見えるのだが…….

それによれば,設計者は,なんと辰野金吾であるという.辰野金吾といえば鉄道好きには東京駅だけれど,大阪のこのあたりでは,なんといっても中之島の中央公会堂である.その目と鼻の先に,こんな洒落た建物を設計していたとは……と思ったのだけれど,実は最初は煉瓦仕上げだったのだそうだ.
 完成したのは大正7/1918年.大阪農工銀行(後の日本勧業銀行の一部…現在のみずほ銀行の一部)として建設されたものだという.そして,昭和4/1929年に國枝 博という建築家によって大規模な改修が行なわれ,今の姿になったのだという.そんなこと,知らなければそのまま通り過ぎてしまいそうなほど,自然な改築といえる.しかし,新築からわずか10年での大規模改築,早すぎないか?なにか問題があったのかと勘繰ってしまう.

現在の姿で,なによりも特徴的なのは窓や扉の回り.アラベスク模様というのだろうか,過剰ともいえるその装飾は,子供心にも印象的だったはずなのに,なぜ,記憶に残らなかったのだろう.もしかしたら,すぐ近くの,いかにもクラシックの香りが強い,煉瓦造りの“大中証券”に心を奪われたのだろうか.実はその大中証券も辰野金吾なのだそうだけれど.

175-2
実になんとも豊かな表情を持った窓であることか. 昭和4/1929年といえば,世の中の趨勢は既に“モダン”であっただろうに.

175-3
玄関口の上部の装飾.照明器具とも妙にマッチしているのが不思議.

175-4
建物の北面.隣のビルとの境目から西面を覗き見れば,もしかしたらオリジナルかもしれない煉瓦の外壁を見ることができる.

////隠す用
自社広報

先週水曜のブログで紹介されていた“ホースシュー・カーブ”.実は私も8年前に平井編集長(当時)に連れられて訪れたことがあります.
 前 出の通り,ここはかつてペンシルヴァニア鉄道(PRR)のシカゴ行メインルートがアラゲニー山塊を越えるために敷設された超巨大オメガカーブです.PRR は1968年の合併でペンセントラルとなり,さらに1976年にはコンレイルに統合され,1999年に今度はCSXとノーフォーク・サザン鉄道(NS)に よるコンレイル分割によって,この場所を含めて元PRRだった路線の大半がNSとなりました.
 よって私の訪れた2001年は,コンレイルからNSに移管されて2年ほどの時期であり,青いコンレイルと真っ黒なNSの機関車に混じって,合併による塗色変更を考慮してか下地塗装のままで走っている灰一色の機関車まで盛んに見かけることができました.
HS-20090803-01
ホースシュー・カーブ内側に作られた公園では老若男女が思い思いに行き交う列車を眺めていました.公園の中央にはPRRのGP9ディーゼルが保存されています.
 先頭のコンレイル塗装はキャブ側面の窓下部分のみ白く塗りつぶしてNSの車番がレタリングされていますが,この姿は現在でもまだまだ見られるようですね.

HS-20090803-02
グレーの下地塗装のまま走っているNo.9630.なんの飾り気もないこのカラースキーム(?)は新しい塗装デザインが未定だった合併前に,暫定的に出場した姿だったようです.HS-20090803-03
山を下ってきた東行きのアムトラック列車.P42DCの三重連の後,延々とマテリアルハンドリングカーが続き,客車は編成後部に申し訳程度に数輛つながっている程度でした.HS-20090803-04
サミットのガリツェン・トンネルを抜け出たダブルスタック中心の貨物列車.この勾配区間では3340,3347の2輛のSD40-2が背中合わせの重連で補機として使われていました.

 やはり米国は鉄道の規格が大きいのはもちろん,景色も雄大なので絵になりますね.久々に古い写真を見返しているうちに,また行きたくなってきました.近いうちに実現できれば良いのですが…

↑このページのトップヘ