モデラーな日々 とれいんスタッフブログ

月刊とれいんスタッフの,模型と格闘していたりしていなかったりする日々をお送りします.

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いゃぁ春ですねぇ。こう温かくなってくると、散歩に出かけたくなってきますね。
ウチの近所に府中本町という駅が・・・近所といっても徒歩だと40分ぐらいなんですが、時々運動も兼ねて(メタボ解消!!!(汗))そこへ出かけています。手ぶらが本当は良いのだけれど折角なのでカメラにズームを1本つけて・・・。
この駅は武蔵野線と南武線の分岐駅で、武蔵野線の旅客は起点ですが、貨物列車にとっては東北・高崎、千葉(常磐)方面への途中であり、中央線方面への分岐にもなっています。
貨物列車のみでなく、旅客の臨時列車も沢山やって来ますのでタイミング良いと一日いても飽きないくらいです。
私 はいつも3087レのEH500が牽引する貨物列車が毎朝通る時間(8:07~08に通過)を基準に出かけているのですが、先日の3/14ダイヤ改正で、 その前後の貨物列車に変化があったのです!!  丁度このあたりは7:45~8:15ぐらいは貨物のラッシュで、金太郎はその間にやって来ます。
今まで7:45~8:20まで(平日)のたった35分という間に下りの貨物列車が、5本もやって来て、その内EH500以外はEF65-1000か、EH200でした。それが、このダイヤ改正で変更があり、なんと5種類の機関車がやって来るようになったのです。これは凄くないですか??
今回加わったのはEF210とEF81です。機関車ファンにはたまりません。(笑)
朝方に南東方向を見ることになるのでほぼ逆光ですが、何とか露出等調整して撮影してきましたので、ある日(平日)の5本を見てやって下さい。
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7:49通過EF65-1000牽引 1099レです。この日は貨物色ですが、国鉄色もよくやって来ます。
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7:52通過 EF210牽引 愛称「桃太郎」 8097レです。この列車のみタキ1000のタンク車を引いてます。南武線へ分岐して八王子へ向かいます。
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7:58通過 EF81牽引 2095レです。 ここでEF81の北斗星色が来るとは思いませんでした。
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8:07通過 EH500牽引 愛称「金太郎」♥ 3087レです。元々この列車がターゲットでここに通うことに・・・。
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8:19通過 EH200牽引 愛称「ブルーサンダー」 2083レです。これも8097レと一緒で南武線へ分岐して、最終は南松本に行くそうです。機関車は金太郎と一緒で近所の東芝府中工場で新製されています。

以上5車種です。
最初は金太郎を撮影したらすぐに帰路に着くつもりでしたが、こう次から次へと来ると、中々帰れませんよねぇ。
ちなみに、このあと30分するとまたEF65-1000牽引が1本行ってそれから上り列車ですが、EF66が梶ヶ谷方面へ9:10ごろ通過します。
昼ごろはEF64-1000やEF210が・・・。きりが無いってのっ!!!!

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PERFECTION SCALE MODELS (MODEL GRAPHICS PUBLICATIONS刊)

この本を知ったのは10数年前・・・ 編集部でアルバイトを始めた頃です。

私が古い模型、特に米国型のOゲージを好きだと知っていた西原はある日、工作室に来るよう内線で呼びつけました。なんだろう?とドアを開けると、彼は一冊の本を手渡してくれました。

「古いOゲージが好きならこれを持っていないとな・・・」

見たこともない本でした。古いOゲージが好きといっても、当時20代だった私には仲間がいるわけもなく、また今のようにインターネットも普及しているわけでもありませんでした。古物の情報源はそちらに詳しい模型店か、米国模型店から来る目録ぐらいです。

HOスケールに関しては『とれいん』に情報が溢れていましたが、OゲージのMax GrayやU.S.Hobbies、ましてやInternational Modelsなんてほぼ触れられていません。ですから当時は目録を捲りながら、この模型はどんな形をしているのだろう?そういえば、あの模型店にあったのがこれかも? なんて想像を働かせるのが精一杯でした。そんな時に出会った本です。

さて内容ですが、これは何か新たに編集されたものではありません。Max Gray製品(大体1956~65年頃)の広告紙を綴じただけのものです。興味のない人は「チラシの寄せ集めではないか」と思うかもしれません。しかし、数多くの蒸機や、電機、ディーゼル機、貨車、電車が写真で掲載されているのは、資料的にとても貴重です。なにしろ当時の私には、存在は知っていても、見たこともない模型ばかり・・・

一通り捲り終えると、欲しくて欲しくて堪らなくなりました。西原によると余分があるとのこと。すぐに譲ってもらいました。

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SPのAC-9が好きになるきっかけとなった頁

この本が発行されてすぐ、1973年冬に『O SCALE Locomotive and Freight Car Pocket Guides』という3分冊の写真集も発行されました。これはMax Gray製品とU.S.Hobbies製品を収めたもので、これを見れば、2社の殆どを知ることができます。また物によっては同形式で Max Gray と U.S.Hobbies 両方が掲載されています。Max Gray を引き継ぐ形で始まった U.S.Hobbies の製品と見比べれば、後にどのような改良が加えられたかまで検証できるのです。改良の多くはディテール面で、ボイラー形状がより正しくなったり、メイン&サイドロッドが細くなったりと、より実感的になっています。

ただ、実車と似ていなくても Max Gray 時代の方が、味のある製品も少なくありません。甲な部分ばかりでなく、「乙」な点を見つけるのも古物を楽しむポイントではないでしょうか。

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O SCALE Locomotive and Freight Car Pocket Guides

この計4冊は今でも暇があれば捲っています。Max Gray や U.S.Hobbies の製品群は作品のような緻密さはなくとも、米国型らしい力強さに溢れています。この本で私は、この趣味をやめられなくなったのかもしれません。

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本誌でも度々宣伝している通り(?),私は千葉県在住であります.千葉県といえば昨日の知事選挙の話題も耳に新しいところですが… まあ政治の話は置いておいて,今日は日々利用している総武線にまつわる先週のわだいを綴ってみましょう.

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先週3月27日(金),秋葉原にまた一つ新しい模型店が誕生しました.その名も,“レールマイスター”という,何とも頼もしいネーミングです.
 岡 竜也さん,多田 篤さんという若いスタッフお二人が切り盛りするお店で,それぞれクラフツマン,情報通という得意技を活かして,模型店の密集地である秋葉原で,他にはない特色を出してゆきたいとのこと.
 扱うジャンルはNゲージ,一部の16番製品を中心に,委託品や中古品の取扱いも豊富です.まだ生まれたばかりのお店ですが,今後の活躍にも期待しましょう.

■レールマイスター
千代田区外神田1-6-1 外神田ビル2階
TEL&FAX:03-3256-6699
http://www.rail-meister.co.jp/

営業時間
平日12:00〜19:30
土曜10:30〜19:30
日曜・祝日10:30〜18:30
定休日火曜日(祝日の場合は翌日)
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模型工作が好きなスタッフの目線から,鉄道模型店では取扱いの少ないエバーグリーンの精密プラ棒など,素材類も極力扱ってゆくとのこと.

さて,先週は冬に逆戻りしたかのような寒い日が続きましたが,そんな一日の日付が変わるころ,いつものように快速電車から最寄り駅のホームに降りると,DE10が単機,向かい側の線路に待避していました.
  DE10というのは決して興味の中心に来る機関車ではありませんが,その特徴あるスタイルを見ると,機関車好きには心踊るものがありますね.DE10とい えば子供のころ,カトーの小さなNゲージがちゃんと走るように,一生懸命レイアウトの線路磨きをしたのも楽しい思い出… そんな追憶にしばし浸っていると,甲高い汽笛を一声のこして軽やかなディーゼル音とともに去ってゆきました.
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次回はDE10にまつわる思い出でも書いてみましょうか.ではまた.

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JR九州の蒸気機関車58654が4月から熊本〜人吉間で再復活することになりました.2005年,“老朽化のため引退”のニュースを聞いたときはかなり衝撃を受けただけに,こういったニュースは何度聞いても嬉しいです.
 8620の機関車のこと,復活までの経緯,今回の再復活で新しくなった点などについては“とれいん”4月号のMODELERS FILEをじっくりご覧いただきたいと思います.

さ て,私が初めて58654にお目にかかったのは,2002年9月のこと.前回のブログで大分駅で撮影した“富士”の写真を載せましたが,この“富士”から 下車して,真っ先に向かった先が豊肥本線の宮地駅,“SLあそBOY”の出発駅でした.九州に行ったらまず“豊肥本線のSLに乗りたい”と随分前から時刻 表をくくる毎日だったのですから……
 なにしろ,世界最大級のカルデラの中を列車が走っているというだけで興味津々なのに,そこに日本最大規模の 3段式スイッチバックがあって,さらに蒸気機関車が走っている!!ともう考えるだけでゾクゾクしてしまいます.もっとも,この外輪山を越えるためには 33.3‰の急勾配があり,平地用の8620が何度もこの勾配に挑んでいれば,体調を崩すのも当たり前のことだったのかもしれません.
 今回再復活する区間は熊本〜肥薩線の人吉までの急勾配が少ない区間なので,負担も軽いでしょう.体を大事に末永く活躍してほしいです.

そ の,58654を苦しめてきた,立野のスイッチバックですが,この“立野”という地名にはとても楽しい伝説があります.私はこのお話を立野駅にあった案内 板で初めて知りましたが,雄大な阿蘇の大自然に見合ったスケールの大きい伝説で,今まで忘れることなく,とても印象に残っているのでご紹介します.

立 野は阿蘇外輪山西壁の中腹に位置しますが,ここは外輪山唯一の切れ目となっています.地形的にはカルデラ内の北を流れる黒川と南を流れる白川が合流して谷 を形成し熊本平野へと流れていきます.地図を見るとよくわかりますが,道路も線路もこの川に沿って通っており,外輪山を越えるにはここしかないというよう な地形です.
 その昔,阿蘇の外輪山には切れ目がなく,その中は水が溜まって,火口湖になっていました.阿蘇を開発した神,健磐龍命(たけいわた つのみこと)は,この水をどこかに流したら,立派な田畑が出来るだろうと考え,外輪山の一角を足で蹴ったところ,水はとうとうと流れ出しました.しかし勢 い余って尻もちをついてしまい,「余はもう立てぬ,もう立てぬ」と叫んだそうです.“立てぬ”がなまって“立野”となり,以後その場所が立野と呼ばれるよ うになったということです.
 
こういったお話を知りつつ,車窓を眺めると,楽しさも倍増しますね.阿蘇には他にも沢山の神話や伝説があるので,調べてみたいです.
 “ハチロク再復活”の話がなぜか神話の話で幕を閉じてしまいましたが,いろいろなことに興味がつきない今日このごろなのであります.

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立野の3段式スイッチバックの3段目から熊本方を望む.写真の中央部分が外輪山の“切れ目”の西の端にあたる.

2万5千分1地形図“立野(熊本)”をご覧になりたい方はこちらから

2万5千分1地形図は国土地理院地図閲覧サービス(ウォッちず)で公開されている地形図のページに直接リンクを貼っています.閲覧にあたっては,サイト内の利用方法をよくお読みの上ご利用ください.

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物心のつく前から家にはプラレールが溢れ、5歳からNゲージを与えられた私は、楽しい想い出といえば電車が関係したことばかりです。ただ、両親が共働きで忙しいこともあって、幼少時にはあまり電車で遠出することはありませんでした。代わりに与えられるのは、もっぱら鉄道のおもちゃか絵本。祖母と留守番しながら、電車の絵本を静かに捲っているおとなしい幼児だったことは私自身も覚えています。

それが原因なのでしょう。ほかの電車好きの子供と違って、実車はそれなりにしか興味を示さず、おもちゃや模型ばかりに目がいっていました。一方、Nゲージよりも実車に興味があった兄は『鉄道ファン』誌(交友社刊)を購読していて、家にはそれらが山積みになっていました。私は兄の目を盗んでは、『鉄道ファン』を読んでいたのですが、幼児の私には書いてある事の殆どが分かりません。しかも、東武電車と国鉄武蔵野線の101・103系ぐらいしか知らないので、掲載されている車輛はちんぷんかんぷん。どうせ分からないのだから・・・ と、広告の頁ばかりながめていました。何しろそこには天賞堂、カワイモデル、カツミといった様々なメーカーの大人向け“おもちゃ”が魅力的な写真によって並んでいるのです。

私のおもちゃとは比較にならないくらい、実感的で、細密で、美しい造形のそれらは、当時子供であっても、欲しくてたまりませんでした。“大人はこういうおもちゃで遊んでいるんだぁ。いいなぁ、欲しいなぁ”羨ましい気持ちと早く大人になりたい気持ちでいっぱいになり、胸が締め付けられるような思いをしたものです。この気持ちが今の職業に繋がっているのは間違いありません。

そんな幼児の私がとても気になっていた模型があります。それが天賞堂のC55流線形でした。子供ながらにも当時から“蒸気機関車とはこういう形”というイメージは持っていました。SLブームの直後ですから、SL末期の姿を納めた写真集や雑誌が家には沢山あったのです。煙突があって、除煙板があって、蒸気溜め、砂箱・・・ 名前なんか分からなくても、制式蒸機のプロポーションはどれも似ています。なのに、C55流線形はそれらとは全く異質な形をしていたのです。

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『鉄道ファン 1975年1月号』(交友社刊)の天賞堂広告より

C55流線形の広告は数ヶ月続いたように思います。この奇抜な機関車は私の心を鷲掴みにしました。一体どんな機関車なんだろう。まだまだ小さい私に親も兄もまともに答えてはくれませんでした。世界的な流線形ブーム、先駆けとなったC5343、そしてC5520からの本格増備・・・ その謎を自分で解くまで、まだ数年の歳月を必要としました。そして、この1974年製の模型を手に入れるには、それから、また20年掛かるのです。私にとっては長年、憧れだった製品だけに箱無しとはいえ、1万円+α(当時の販売価格は 35,500円)で購入できた時は逆に拍子抜けしたものです。

そうそう、そういえば本誌の創刊号で最初の製品紹介(タイトル:模型店散歩)も、この製品でした。当時、幼児で父親・兄ともども実車ファンだった我が家では『とれいん』を知る術はありませんでした。この記事を読んだのは学生になり、すでに古本屋でしか入手できなくなってからです。

まだ今のように製品ラッシュではない時代。この記事は4頁にわたり細かく解説が加えられ、マツモト模型や宮沢の客車と連結した姿まで紹介しています。記念すべき第1号の製品紹介が私の好きなC55流線形だったとは・・・ この製品と創刊号は今でも私の宝物です。

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本誌『とれいん』創刊号(1975年1月号)模型店散歩より

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