モデラーな日々 とれいんスタッフブログ

月刊とれいんスタッフの,模型と格闘していたりしていなかったりする日々をお送りします.

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2010年1月30日付けのここで,脇が話題にした跨線橋である.
 昭和11/1936年に西尾克三郎さんが撮影された写真に写り込んでいるのだから,少なくとも70年以上前に造られた構造物である.
 その跨線橋の主要部が古レールで構成されていることも脇が記している.僕も何度か訪問して,何時頃のどこ製のレールなのか確かめようと試みたのだけれど,塗膜が厚いうえに,安全のための金網などがじゃましてうまく観察できないままでいた.
 そうこうしているうちに昨年の末,新しい地下道が完成したため閉鎖されてしまい,解明のチャンスは永遠に失われてしまったのだった.
 せめて,ということで,今年の2月に拡幅が終わった横浜駅の横須賀線ホームの上屋が取りはずされたのを機に改めて地上から撮影に出向いた……他の用事の合間に時間を取ったというだけのことではあるが.
 そしたら今度は,横浜市がこの跨線橋の撤去費用を予算化し,遠くないうちに撤去作業を開始すると地元新聞に報じられたのだった.
 いずれこのときがくるだろうとは思っていたけれど…….今ならまだホームから観察することは可能なので,ここでご報告する次第.

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山側の階段を見る.横須賀線ホームの上屋が撤去されたので撮影することが可能になったアングル.しばらく前までは,この左側に東横線のトラスが半分に切断された姿で残っていたのだが,いつの間にかなくなってしまった.トラス桁の断面を見るのに絶好の教材だったのだが.

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少し右に目を移した光景.これも上屋がなくなって初めて見ることができた角度.

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海側を見る.これは脇が撮影した写真とほぼ同じ風景.下を走る京急電車が,脇が撮影した時と同じ,アルミ製の新1000形であるのは,ほんの偶然.

まぁ,この跨線橋の保存をのぞむというのはあまりにも無謀だろう.せめて,レールの銘を調べておきたかった.昭和初期の建設ということは,使われているレールは,どんなに新しくても20世紀初頭のものだっただろうから.

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今年2冊目のレイルが発売中である.レイル82号.今回のメインテーマは,阪神間の皆さんには馴染みぶかい武庫川.
 少青年期を流域で過ごしたという早川昭文さんが寄せてくださった,さまざまな思い出と写真が太い幹である.心を込めて描かれた文章と写真からは,半世紀前の阪神間の様子が,現代に鮮明に甦ってくる.
  この武庫川は,その源をたどれば丹波山中に達する.しかし,その長さは大阪湾に注ぐまで100キロにも満たない.その短さにもかかわらず,この川には多く の鉄道が絡みついている.基点の傍らには福知山線が走り,やがて神戸電鉄に出会う.福知山線とは深い渓谷をともに通り,大阪平野に流れ出る.その出口には 阪急宝塚線と今津線が待っている.ここで流れの向きを真南に変え,一気に大阪湾を目指すわけだけれど,今津線と仲良くランデブー.
 そのランデブーの途中には山陽新幹線との出会いもあり,引き続いて阪急神戸線と東海道本線,阪神本線とクロスする.これで終わりと思うのは早計で,ほとんど河口に近い付近まで,今度は阪神武庫川線が寄り添う.
  ようやく終わりかと思うのはまだ早い.歴史を繙けば阪神国道…国道2号線には昭和50/1975年まで阪神国道線が走っていたし,武庫川線と東海道本線と の間にはかつてC12が走る線路があった….一体,いくつの鉄道と出会い,寄り添っているのか,すぐには答えが出ないほど.

僕自身も武庫川 との縁は浅くない.甲子園口に親戚が住んでいたものだから,物心ついた頃から正月や夏休みなどには,大阪市内から“省線”に乗って武庫川をわたっていたわ けである.だから,本文中,鶴 紘明さんの“流れの少ない武庫川を徒歩でわたって”という記述には,おおいに共感というか,同じ思い出を持っているわけで ある.
 さらに,川原へ水遊びしに行くたびに“なんか使ってない線路があるなぁ”と思いつつ,実質廃止の線路を跨いでいた.親戚か親か,どちらかに“戦争中に河口の飛行機工場まで汽車が走っていた”と教わったような気もする.
 カメラを持った頃,生瀬から武田尾経由道場あたりまでの渓谷美に魅せられたけれど時既に遅く,定期列車に蒸機の姿は既になかった.春や夏,秋の臨時列車にC57が充当されたのを狙ったのが,数少ない,僕の福知山線と蒸機の取り合わせである.

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トンネルから顔を出し,武田尾駅に近づくC57牽引の下り臨時列車…もしかしたら回送かもしれない.ウェブ上での小さいサイズだからお目に掛けるだけであって,レイルへの掲載にはとても耐えられない品質の写真である.昭和44/1969年秋

福 知山線の渓谷区間は,複線化に際してトンネルを穿ってショートカットされていまい,車窓風景が失われてしまった.早川さんの記述にももちろん登場するのだ けれど,星野真太郎さんと川上喜章さんには,その廃線跡の情況を紹介していただいた.厳密にいえばJR西日本の用地内であり,“道路”として整備されてい るわけではないから,現地訪問には,細心の注意が必要だけれど,歴史を検証するために掲載したものである.
 また,星野さんは,僕の幼い頃の“謎の線路”についても歴史を繙いていただいた.きわめて短い路線ながら,歴史に翻弄された足どりを,この機会に知っていただきたいと思う次第.

こ れらの鉄道について,昭和10年代は西尾克三郎さん,亀井一男さん,米本義之さんが撮影された風景をお届けした.その中で,僕にとっては そうそう,米本 さんが道場で撮影されたC58が,謎の風景.どなたかに,このC58の真相を一端でもいいから解明していただけると,とても嬉しい.
 戦後につい ては,早川さんのお仲間である鶴 紘明さんと名手由樹さんが手助けしてくださった.さらに地元の篠原 丞さんがご提供くださった昭和30年代の数多くの貴 重なシーンを掲載することができた.改めてお礼申し上げる次第.そういえば,西尾さんのライカ判ネガからも,昭和40年の風景を発掘して何枚か掲載してみ た.

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阪神本線の武庫川駅を大阪に向けて疾走する“喫茶店”.鉄橋脇の通路や,車掌台まで乗客が立ち入ることができる電車の構造など,“旧き佳き時代”が画面一杯に溢れている.もうこの辺りの時代は,充分に“歴史”であろう.昭和40/1965年3月29日 写真:早川昭文

圧 倒的な武庫川のボリュームに圧倒され気味ではあるが,この号では3本目の執筆となる星野さんの“中国鉄道と室戸台風”は,地元新聞に報道された台風被害と 復旧過程で渡船連絡という特異な運行についての稿.鉄道歴史探究の本道を行くようなきっちりした記述を,お見逃しなく.

さて,次は…….

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4月12日のここで, 古い教会を紹介した大阪の古い目抜き通り堺筋.その西側には,やはり南北に走る繁華街,千日前筋があって,さらに西側に戎橋筋がある.どちらもブロックに よって名前が変わり,戎橋筋は東西に流れる道頓堀川を境にして北側が心斎橋筋となる.その道頓堀川に架かる橋が戎橋で,たもとには,関西圏以外の人でもご 存じだろう,“グリコのおじさん”の大ネオン看板と,足が動く大カニの看板があって…戎橋からは,悪童どもが時折ダイビングして物議を醸すという,なんと も賑やかな一角である.その戎橋筋…心斎橋筋のすぐ西側の大通りが御堂筋.昭和30年代,大阪の小学生なら“はばよんじゅうよんめーとるのみどうすじには いちょうのきがならび”と覚えさせられたはずである.

またもや昔話になるが,僕が小学校のころには,心斎橋へ出かけるというのは大いなる “ハレ”であり,それは多くても学期ごとに一度程度.成績がよかったときには大丸かそごうの近所にあった食堂で“ランチ”にありつくことができた.それが 僕の勉強に対する励みだったわけだけれど,現代からみれば本当につつましやかな,けれど,当時は,それが空にのぼるような体験だったわけである.

さてその大丸とそごうは,大阪では三越など足下にも及ばない格があり,なにかのはずみで,大丸でオモチャでも買ってもらおうものなら,幾晩でも抱いて寝たくなるほどに嬉しかった.
 その二大百貨店もそごうは面影もなく,大丸だけが昔と変らない……昔よりも一段ときらびやかになった気もする……装飾たっぷりの構えで偉容を誇っている.

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御堂筋から見た道頓堀川と戎橋.川岸が整備されて遊歩道になっているとは,今回初めて知った.

その戎橋筋を南に進めばナンバに達するわけだが,その直前,チケット屋と用品店の間に,古風な装飾の照明器具で挟まれた“精華小學校”という表札をみつけた.
 鉄の門は堅く閉ざされていて中に入ることはできない.それにしても,なんとも小学校の玄関としては異様なシチュエーションである.いったい校舎や校庭はどうなっているのか.ためらうことなく裏に回ってみることにした.

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商店街の真ん中にある小学校,というのは珍しくないけれど,玄関のシチュエーションとしては異例といっていいだろう風景.

そうしたら目に入って来たのは,おそらくは昭和一桁の建築だろう,モダンな鉄筋コンクリートの校舎.しかし人の気配はない.目の前の商店の人に尋ねてみたら“廃校になりましてな,跡地をどうするかで,もめてますねん.今は宙ぶらりん状態ですわ.”.

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過剰な装飾を排した全体の造形の中に,円弧を描いた窓で洒落っ気を演出した,昭和初期のモダンデザインを感じさせる精華小学校の校舎.中に踏み込みたい,強い誘惑にかられる建物である.

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校舎の一翼には低層の建物があって,玄関先には“大阪市立精華幼稚園”の文字が見えた.建築様式から見て,本校舎と同時期に建てられたものに違いない.

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反対側の翼には講堂とおぼしき建物が.同じ昭和初期の建築でも,僕が通っていた典型的な木造校舎を思い起こせば,なんとも贅沢である.

例 によって帰宅後にいろいろ調べてみたら,創立は明治6/1873年.竣功は昭和4/1929年,地域住民の寄付による建設であったこと,廃校は平成7 /1995年.その後,地域の生涯学習の場や小劇場として活用されたものの,いずれも平成23/2011年に閉鎖.大阪市としては土地を売却して再開発の 予定であること.それに対して,保存活動が展開されていること…….全国各地で繰り広げられている動きが,ここにもあった.
 知ってしまった以上,この建物と敷地がどうなるのか,僕は注目し続けることになるのだろう.
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銀座・数寄屋橋のソニービルで本日より開催されている展示イベント,“THOMAS & FRIENDS in GINZA 〜ソニーときかんしゃトーマスのネットワーク体験島〜”の内覧会に行って来ました.
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このイベントは,映画“きかんしゃトーマス ディーゼル10の復讐”の公開(4月28日から)に合わせたもので,カメラやタブレット,ディスプレイといったソニー製品を使ってきかんしゃトーマスの世界を楽しめるという,ゴールデンウィークにはお誂えのイベント.
 1Fエントランスでは巨大なトーマスの模型が目をぐりぐりさせて出迎えてくれます.
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1F・2F会場ではエントランスの記念撮影コーナーのほか,大型模型の展示,子供がおもちゃで遊べるトーマス広場や,画像編集ソフトの体験コーナーなどが設けられています.
 そして8FのコミュニケーションゾーンOPUSでは,鉄道模型ファンには見逃せない展示が.
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昭和39/1964年頃に開発され,一般発売されることなく消えてしまった伝説のNゲージ“ソニー マイクロトレーン”.車輛はED75とスハ43系客車タイプで,線路・パワーパックを含めた約200セットが先行試作されたといわれています.
  車輛は真鍮製で手作り感が強く,翌昭和40/1965年に発売され国産初のNゲージ製品となった関水金属のC50,オハ31系に比べると玩具っぽさは拭え ませんが,丸形のお洒落なパワーパックや紙製のレイアウトマップ,パッケージなどトータルにデザインされたあたりに,ソニーらしいパイオニア精神を感じら れます.
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もう一つの目玉はトーマスの世界を再現した16.5mmゲージの大レイアウト.英国型なのでOOゲージということになりますね.
 本誌でもお馴染みのメディカル・アート山添さん,そして諸星昭弘さんが監修された本格的なもので,車輛やストラクチャーは映画等の設定に忠実なバックマン製品を中心に揃えられ,扇形庫も実物(?)通り7線とするなど,細部までこだわった仕上がりです.
 レイアウトにはデジタルフォトフレームが設置され,傍らの記念撮影ブースで撮った写真が即座に反映させられるギミックも仕込まれています.
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会場ではトーマスグッズが当たるスタンプラリーも実施されています(スタンプラリーは5月6日まで).
 模型ファンから家族連れまで幅広く楽しめるイベント,GWのお出かけに是非.

4月24日(火)〜5月20日(日) 11:00〜19:00
イベント情報はこちら

(c)2012 Gullane (Thomas) Limited.

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“とれいん”5月号では,久々にホームレイアウトを特集いたしました.今回は,現代の住宅事情で固定レイアウトの用地を確保するには居住スペースと も干渉せず最も効率的といえる屋根裏部屋に注目して,このスペースで見事にレイアウトの夢を実現した方々にご登場いただきました.
 そのうちの一つ,長岡良輔さんのレイアウト“浅間急行”は,一昨年に車輛記事の打ち合わせでお伺いした際に拝見させていただき,以来ずっと誌面で紹介したいと思っていたレイアウトです.
  初めて拝見した当時,レイアウトは既に完成しておりましたが,これから車輛のDCC化とコントロールパネルのDCC対応工事を行う,というところでした. それから順調に工事が進められ,現在ではPFMサウンド,トミックスサウンド,カンタムエンジニア,DCCサウンドという4方式のサウンド運転に対応する という,他に例を見ないユニークなレイアウトで運転を楽しまれています.
 本誌でもこうした経緯をお伝えしましたが,なかなか実際の音まではご紹 介できませんので,ここでは取材当日に撮影した動画をご紹介します.なにぶんプロ用の機材で撮ったものではなく,一部にピンぼけや画像の乱れもあります が,風景付きレイアウトにDCCやトミックスサウンドの多彩な効果音が加わった運転の楽しさが伝われば幸いです…(撮影:山中 洋)


浅間急行 夜景

幻想的にライトアップされたターミナル田中駅を,長岡氏自作の京成AE形が通過する.


浅間急行 京急1000形出発

レンツ製DCCサウンドデコーダー搭載のカツミ京急1000形.独特の音階サウンドを響かせながら浅間急行本線を快走.


浅間急行 機関区出庫

自作の扇形庫から,天賞堂製D51がロコ製ターンテーブルで転向して出庫する.


浅間急行 三列車同時運転

PFMサウンドを搭載したミニチュアスケールの900形,DCC制御のカンタムサウンド蒸機列車,トミックスサウンドコントローラーによる京成電車の3列車同時運転.


天井収納はしご 作動

三和シャッターの“天井収納はしご”.スイッチ操作で電動で天井が開き,床面まで梯子が降りてくる.いまや屋根裏部屋の出入りには欠かせない装備.

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