先週の金曜日,運転開始を間近に控えてC11 207の訓練運転がたけなわの東武鉄道鬼怒川線へ出掛けてきた.
 早朝の出庫風景などの報道公開が実施されたもので,関東地方の皆さんは,TVや新聞などでその様子をご覧になった方もあるだろう.
 僕にとっての東武鬼怒川線は,実のところ,東武ワールドスクエアが開園した時以来のごぶさた.それ以前は,野岩鉄道の開業前に“レイルNo.18(残念ながら売り切れ)”に掲載予定の野岩鉄道開業に関する稿に添える写真を撮影するためにクルマで沿線を通過したのみ…….

そんな状況だから沿線風景の予備知識はなく,報道公開の途上で下今市と鬼怒川温泉駅との間を往復する電車の先頭車にかぶりついて,同道メンバーたちと“あそこはどうだ”とか“ここは午後がよさそうだ”とかポイントの品定め.
 そんな中で気づいたのが,鬼怒川線の線形.下今市から鬼怒川温泉,さらに新藤原から県境に向けて登り一方かと思いこんでいたのだが,実はそうではなく,擂鉢状であることを初めて知ったのだった.
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報道公開の終了後に向かった最初のポイントがここ.新高徳(しんたかとく=かつて矢板線が…と連想するのは一定以上の年代の方々だろう)と小砂越(こさごえ)の間.国道沿いで歩道もあって,やや望遠レンズを必要とするけれども安全に撮影することができる場所のひとつだろう


鬼怒川温泉までの勾配の谷底になるのが,大桑と新高徳の間に架かる鉄橋.その名を砥川橋梁という.
 見るからに古めかしいデザインのこのトラス橋は,いつもの“歴史的鋼橋集覧(土木学会)”を繙いてみれば,明治29/1896年のAndrew Handyside and Company(アンドリュー・ハンディサイド=英国)社製.
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砥川橋梁を渡るスペーシア.画面左手には上路式プレートガーダーが.実はこちらも輸入品.明治29/1896年のCleveland Bridge(クリーブランド橋梁会社=英国)製だそうである


このトラス橋,集覧に拠れば,元は阿武隈川…常磐線らしい…に架けられていたものとか.径間は62.738m(=205フィート10インチ).ちなみにプレートガーダーは径間25.375m.どちらも塗り替えたばかりの美しい肌で,色はこげ茶色.
 鬼怒川線沿線の橋梁といえば,かつては下今市を出てすぐの大谷川が,幌内鉄道出自というピン結合のトラス橋と九州鉄道出自のドイツ製ボウストリング(Bowstring)式と呼ばれるトラス橋の組み合わせだったが,いずれも失われて久しい.
 だから,今なお残る砥川橋梁は貴重な存在であり,ずっと大切に使い続けられることを願うものである.

ところで,この橋梁の名前,砥川(とがわ)橋梁なのだが,下を流れるのは板穴川という.なんで?なのだが,かつては“砥川に板穴川が合流して…”だったのが,いつのころか,“板穴川に砥川が合流して”に変更されたもののようである.
 今回は撮影の合間の訪問だったから,プレートガーダー桁の銘板や,大改造されているという橋門構,そしてプレートガーダーを詳しく観察している余裕がなかった.この沿線には,国道121号線(会津西街道)の旧道部には鋼製アーチ橋があるし,県道には下野軌道由来のトラス橋が存在しているらしい.あわせて再訪,であろうか.
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新高徳側…左岸の橋門.そういわれてみれば補強材の一部がボルト止めになっているし,櫛桁(というのだろうか)が分断されているように見える.架線を張るための改造か?


さて本題のC11.下今市には機関区(正式には南栗橋乗務管区下今市機関区)が新設され,こちらには元長門市の転車台が2線の検修庫とともに設置された.折り返しとなる鬼怒川温泉駅には元三次の転車台が,なんと!駅前広場に設置された.
 駅前を入出庫線が横断するというのはドイツのツィッタウで体験済みだが,転車台は,初体験.
 より多くの人々に,より安全に見学してもらうことができる,という点では最高のシチュエーションといえよう.なお,下今市にも見学スペースが設けられることになっていて,その一角には資料室も整備される.そしてそちらは運転開始より一足早い7月に“SL展示館”がオープンする.ここには歴代東武鉄道所属蒸気機関車の写真や資料,ナンバープレートやメーカーズプレートなどが展示されることになっている.
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鬼怒川温泉駅の駅前に設置された元三次機関区の転車台で転向するC11 207とヨ8634.ヨ8634には東武ATSの車上子と蓄電池を装備しているので,常に機関車と連結されての運用.


“大樹”と名付けられた,東武鉄道の“復活”蒸機列車.営業運転は8月10日からの予定.運転日や時刻,運賃や料金は東武鉄道の特設ページで,お確かめいただきたいと思う.