この場合の“京王5000系”とは,もちろん(?)昭和38/1963年にアイボリーの車体とエンジのストライプで登場した“京王5000系”である.

“それまでの京王電車の印象を一新し…”というのが謳い文句だったようだが,遠隔地のこどもにはそこまでは伝わらず,しかし写真で見て“カッコええなぁ”と思ったことである.

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満開の桜を横目に新宿へ向かう,デハ5112先頭の普通.大きなパノラミックウィンドウとおでこ中央に寄せた2燈のシールドビームの取り合わせがチャーミングだと思ったものである.昭和45/1970年4月15日 写真:早川昭文


同じようなパノラミックウィンドウは,のちに僕の地元である京阪電車でも3000系で見ることができるようになった.
 まぁ,それは偶然なのだろうけれど,京王5000系で初めて実現した通勤冷房車.京阪では昭和44/1969年登場の2400系が初冷房車となった.ところが見てびっくり.カバーが京王5000系とそっくりではないか.それもそのはず,同じ東芝製の機械を使っていたのだから.“初もん”が大好きな京阪にしては珍しいことだと,後にうかがったところでは“そやねん.独自形式が間に合わんでなぁ”だったようである.
 ついでにいえば,京阪2400系は,2次車ではカバーがやや丸味を帯びるようになった.それは“うちは丸いのが好きなのに,あまりにも角張ってたから,せめて,ということで変更してもらったのや”だったそうである.

閑話休題.京王5000系は10年以上前に武蔵野から姿を消してしまったが,嬉しいことに約半数が各地の私鉄で第二の人生を送っている.
 今回のレイルNo.104は,早川昭文さんが京王での現役時代の写真と,現在の各地での姿を同時に発表してくださっているのが,最大の特徴.
 “現況全部”というのは,今からでも不可能ではないにしても,それらの電車の京王時代の写真を同じ番号で揃えるというのは,至難の業.
 それを70枚以上の写真で“今と昔”を揃えてくださったのだった.これを快挙といわずして,世の中に快挙はないだろう.
 ここではそれらの中から,ほんのさわり……富士急行のモハ1202と,京王時代のデハ5116の対比をお目に掛けてみよう.
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師走の午後,高幡不動と南平の間を行く新宿行き特急.先頭はデハ5116.それにしても現在のこの付近の光景からは想像もつかない…….昭和47/1972年12月30日 写真:早川昭文

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そのデハ5116の現在の姿.昔の富士急行色を再現した,富士急行モハ1202である.レイルでは残念ながらモノクロページへの掲載だったので,せめてこのブログで色をお目に掛ける次第.上大月-田野倉 平成21/2009年9月13日 写真:早川昭文


多くが元気よく各地で…と記したけれど,実は何輛かは廃車となって,もう姿を見ることができなくなっている.
 富士急行では8輛,四国の伊予鉄道では9輛が引退している.そのうち伊予鉄道の2輛は,幸いにして千葉の銚子電鉄で第三の人生を謳歌している.
 もちろん早川さんは,銚子へも飛んでいって,ちゃんと記録されている.

その他に,12月に入ってから,一畑電車では2102+2112が今年度…ということは3月末まで…で引退すると発表された.元のデハ5120と5870である.その記念イベントが1月4日から催されるという.
 富士急行での廃車は,JR東日本から205系を譲り受けての置き替えであるわけだが,E235系量産スタートに伴ってE235系→E231系という玉突きが転配が始まった.その先は当然“→205系→…”が予想されるわけで,先行きは明るくなさそうである.

ぼぼ全てのバリエーションを見ることができる最後のチャンスとなっているようだ.歴訪には,レイルNo.104を御覧になって参考にしていただければと思う.
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京王時代の写真をもう1枚.現在は富士急行のモハ1205となっているデハ5118の京王時代の姿.快晴の空の向こうに白い高嶺がくっきりと.まさかこの電車のその後の行く先を予感されたわけではないだろうけれど.平山城趾公園-南平 昭和44/1969年12月3日 写真:早川昭文


この写真,好作品ということでぜひとも大きく掲載したかったのだが,惜しいことにネガの劣化が著しかった.そこで,ウチの脇に腕を揮ってもらった結果が,ご覧の通りの仕上がり.いつものことながら,脇にはちっとも頭が上がらない僕なのである.

なお,京王5000系電車の京王時代と現在の各社での諸元表と番号対照表,そして形式図も,資料として多数収録している.これは編集部が手配して,各鉄道会社の皆さんの多大なるご協力を得て纏めたものである.こちらも堪能していただければ幸い.

…“京王一色”とはいっても,他の題材が皆無というわけではない.例えば……
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国鉄花輪線の大場谷地峠を目指す8620牽引と後押しの貨物列車.昭和43/1968年1月13日 写真:田邉幸男


残念ながら僕は花輪線の8620を知らない.そればかりか,いまだに足を踏み入れたことのない路線のひとつとして残っている.
 そんな未知の路線の半世紀前の一齣を,田邉幸男さんがいつもの情緒溢れる写真と綿密な調査に基づく文章を寄せてくださっている.

その他には高見彰彦さんの駅名標に関する考察が,補遺というか,“こぼれ話”として連載が始まった.連載といえば藤田吾郎さんの解説になる“公式写真に見る国鉄客車”も,絶賛進行中である.