ことし最初のレイルは,No.105として1月下旬に発売となった.
表紙はD60 57が牽く旅客列車.線路脇にポイントの標識が見えるから,どこかの駅に到着する風景だということがわかる.煙突の脇,デフレクタステーに四角い板を取り付けているから,九州の機関車ということも知ることができる.ではどこの駅なのか……撮影者のメモには豊後中川と豊後三芳の間と記されている.
 地図を開いてみたところ,どうも様子がおかしい.ずぅっと辿って行くと,どうやら夜明の駅の久留米方のようである.そこで,撮影者…蔵重信隆さんに,おそるおそる訊ねてみたところ,
 “改めて当時のメモを引っ張り出してみると、昭和44年3月29日に鳥栖から入り夜明で下車、日田彦山線のC11を撮ったあと原田に引き返し冷水峠へ向かっています。”
 との返信があった.
推定が当たった.よかった.
 以前にも記したことがあるような気がするが,近頃は便利な世の中で,国土地理院のウェブサイトで,昭和20年代から現代までの,ほぼ日本全国の空中写真を閲覧することができる.その成果というわけである.
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これがその写真.蒸気機関車好きには,すぐに“九州だ”とわかる情景.写真:蔵重信隆

D60や8620などがのびのびと活躍する,九州中部山岳地帯の鉄道情景が誌面に展開する.併せて昨年春の状況もレポートしてくださっている.久大本線を訪問しなかったことが悔しく思わされた好編である.

しかし本文の最初の頁に展開するのは久大本線ではなく,三江線,万葉線,武蔵野線,金鉄大阪線,京成本線….
 同志社大学鉄道同好会 クローバー会の有志が寄せてくださった写真の数々.同会が定期的に開催している写真展を,誌面で展開してくださったものである.レイルではおなじみの名前もたくさん登場する.
 年齢職業居住地関係なく,いつでもいつまででも友だちづきあいができる.趣味…とりわけ鉄道の趣味ならでは,ということを強く再認識させられた誌上展である.
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本文ではモノクロでしか掲載できなかったうちの1枚.“闇を切り裂く”.夜な夜な駅へ出掛けてなにをしているのかと思えば,貨物列車の撮影.デジタルカメラの普及のお蔭ともいえるが,それ以前に,バイタリティに感服.京都 写真:山川幸夫

続いては,今回のメインともいえる“国鉄 有馬線 時代に翻弄された薄命の鉄路”.中川常伸さんの力作である.
 僕が西宮に住んでいた昭和40年代前半.福知山線の列車が三田に近づく頃,左手に妙な形の農道が彼方から姿を現わし,やがて福知山線に合流する.なんだろうと思って調べたのだろうか,それが有馬線の遺構だと知るのに,時間は掛らなかった.いつか線路跡を探訪しようとおもいつつ50年.ようやくその全貌を誌上で体験することができた.
 中川さんが有馬線に着目した理由のひとつが,軍用機不時着に際して破損した箇所に突っ込んで脱線転覆したというC12189だという.いままでほとんど知られてこなかった事実を解明するため,西尾克三郎さんが撮影されていた同機の写真についてお問い合わせをいただいたのが,レイルとの関わりの最初だった.だからかれこれ2年掛かりということになる.
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昭和14/1939年に宮原機関区で撮影されたC12189.6年後に脱線転覆することになろうとは,この時点では誰も想像できなかったこと.写真:西尾克三郎


有馬線で最初に使われた機関車の形式が明らかにされるのも,もしかしたらこの稿が最初のことかもしれない.
 また,本文中と裏表紙には,三田駅近くの“旧 九鬼邸住宅”に保存されている,東海道本線開業時に桂川で使われたポニーワーレントラス桁の図面を掲載している.有馬線に,京阪間のポニーワーレントラス桁が転用された事実に基づくものである.それにしても,沿線に保存されていたとは,偶然にしてはでき過ぎと思うところである.
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有馬線側からみた福知山線.画面中央に見える農道が線路敷き.50年前の僕は,この風景の反対側,福知山線の列車から農道を眺めていたわけである.写真:中川常伸

続いては“駅名標こぼれ話”の第2回目.高見彰彦さんの調査はますます幅広く奥深くなります.そして仮名遣い問題に発展.というか,これは駅名標探求には避けられない問題だろう.詳細はお読みいただいてのお楽しみ.

公式写真荷物国鉄客車は第8回.マロネロ37とスハ32とオハ35.オハ35は形態的なバリエーションが多いのだが,なぜか残された公式写真が限られているのが,ちょっと残念.

そして最後は,京阪電車の“びわこ”の,京阪本線での運用について.No.103に掲載した,中山嘉彦さん執筆の“日本初の連節車 びわこ号”に添えた,湯口 徹さんと三宅恒雄さん撮影による本線上での写真は,各方面から多くの反響をいただいた.清水祥史さんもそのおひとりなのだが,手元に保存されている運転記録を公開してくださったのである.
 手書きの,おそらくはガリ版で藁半紙に刷られてものであろうオリジナルは,半世紀以上の歳月をよく持ちこたえたものと思うが,デジタル化は急務である.それは,僕が子供のころに集めた,大分運転所と豊後森機関区の構内配線図にもいえることであるのだが.

ということで,国鉄私鉄電車蒸気機関車,なんでも登場するレイルNo.105.お引き立てくださいますよう.