子供のころに与えられた絵本の中に,とても不思議な風景が描かれていた.
 それは,地下鉄の電車が崖の途中から顔を出して川を渡るうえに,その対岸の崖の上には別の電車が走っている.そればかりではない.その電車の,さらに上を別の電車が走り,地下鉄が渡っていた川を,立派な鉄橋で越してゆくのである.
 どこの世界の光景かと思ったら,それが東京の一風景なのだという.

ここの読者の皆さんには,この絵本の舞台が,どこにあるのかを,すぐにおわかりになったことと思う.御茶ノ水…お茶の水…または御茶の水である.
 その御茶ノ水駅周辺が,このところ大きく変貌しつつある.その理由は,JR東日本御茶ノ水駅の大改良工事にある.
 JR東日本では,8年ほど前に基本計画を策定し,3年前に本格的な工事に着手した.まずは万世橋駅跡の線路に板を敷きつめて作業の安全度を高め,ほぼ同時に神田川に仮設桟橋の建設を開始した.この辺りから,風景は大きく変貌しはじめた.
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工事着手前の御茶ノ水駅.新宿方にある鋼橋のお茶の水橋上から撮影.向こうにみえるコンクリート製のアーチ橋が聖橋.僕が半世紀以上前に見た絵本には,もちろんこの2本の橋も描かれていた.平成19/2007年5月14日


ちなみに,お茶の水橋は昭和6/1931年に完成した鋼製ラーメン橋で,土木学会の“歴史的鋼橋集覧”によれば横河橋梁製.完成時点では東京市電の線路が敷設されていた.聖橋は昭和2/1927年に完成したコンクリートアーチ橋.なお近くには曲線桁を使った万世橋架道橋(古いブログのURLは変更されています.ご注意ください)のほか,神田川橋梁,松住町架道橋,昌平橋架道橋など,名だたる鋼橋が存在する,鋼橋好きには飽きることのないエリアでもある.
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ほぼ完成した仮設桟橋を,聖橋上から見下ろす.画面奥の鋼橋がお茶の水橋.2本のホームを結ぶ山笠状の鉄骨は古レール製.平成27/2015年6月2日.


この工事,どんな内容なのかといえば,まずはバリアフリー化の推進.続いて駅全体の耐震補強,そして聖橋側駅舎の大幅改良である.そして現在では中央快速電車の12輛編成化…グリーン車組み込み…に備えたホームの延伸も,含まれているはずである.
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そして今朝のお茶の水橋上から見た駅全体.石積みだった法面には,いかにも頑丈なコンクリート枠で覆われた.この周辺は風致地区に指定されているので,完成時には景観に配慮した仕上げが施されることになっているようだが,どのようになるのだろうか.そしてなんと!聖橋が壁に隠されて見えなくなっている.

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聖橋に移動して撮影したのがこの写真.2枚目の写真と比べると,桟橋上のクレーンは大型になり,ホーム上屋の形が大きく変っている.

写真に見える上屋の上に人工地盤を構築して新しい聖橋方駅舎を建設するのだそうだ.そうなると,手前左に見える跨線橋は,姿を消すことになる.この跨線橋の骨も古レール製である.いつもの“古レールのページ”によれば,英国のバーロウ,ドイツのウニオン,英国のキャンメル,国産が入り交じっているそうであるが,僕自身は,まだ詳しく調べたことがない.なにしろ,複数箇所の外回りの途中に乗り降りするのが,この駅の主な利用方法だから…….
 そして聖橋のたもとに掲げられた“聖橋長寿命化工事“の垂れ幕によって,“壁”の構築理由が判明したのである.駅の改良工事と一体化した工事のようである.昨年6月撮影の写真と同じポジションを取ることができなかったのは,この工事の壁のせいである.
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そして新宿方面行きホームから見た東京方面行きホーム.上屋を支えていた古レール製の柱は今年はじめ頃には,H型鋼材製の柱に置き替えられた.この部分の古レールは,どこへ行ったのか…….おそかりし,である.

この改良工事,バリアフリー化は平成30年度までに終了.人工地盤など駅舎改良は平成32年度までに完成の予定と公表されていたが,現地での表示では1年遅れの平成33年度となっている.実際にはどうなるのか,今後の推移を見守りたいと思う.なにしろ,僕の幼心に強烈な印象を与えたこの駅である.実際に乗り降りするようになってから気付いた,お茶の水橋方駅舎前に展開する円弧状の石畳や,駅本屋そのものも,大好きな風情のひとつだから.