早いものでもう12月.100冊目の“レイル”を皆さんにお届けしてからでも,ひと月以上が経ってしまった.いつも通りにエピソードを記しておきたいと思いつつも…….

月刊誌“レイル”が創刊されたのは昭和53/1978年春.3月5日に発売の4月号だった.国鉄を退職してからうちの会社に来てくださった,黒岩保美さんが渾身の力をこめてスタートさせてくださったものです.
 月刊誌としての“レイル”は,途中で若年層向けの月刊誌“マイレイル”と合流しつつ,25冊続いて“お休み”となり,昭和55/1980年夏には,“とれいん”の増刊号として,特集形式の出版物に変身,再出発します.版型もB5からA4変形(レターサイズ)となり,面目を一新しました.最初のテーマは,LSEこと7000形の登場を目前に控えた“小田急ロマンスカー”でした.
 レイルでは,大きなテーマの論考は,1冊のほとんど全部を使ってでも,できるだ分割しないで掲載,一方,地味で小さな題材は,他の稿と組み合わせて発表 のチャンスを増やすというように,柔軟な構成を心掛けてきました.ナンバーを振って連続性を持たせているので,補遺や,探求のその後進展結果なども自然な 形で発表できます.これらも黒岩さんのアイデアが原点です.
 このような手法は,時として理解してもらえないこともあります.けれど,趣味的に大切な研究を世に埋もれさせない方法の一つであると思っているのです
 昭和58/1983年には雑誌の増刊号から,現在と同じ書籍の扱いとなりました.読者の皆さんからは同じように思われるかもしれませんが,本屋さんの取り扱いは全く異なります.雑誌とは“終わりを予期せぬ定期刊行物”であるのに対して,書籍は,“単行本”とも呼ばれる通り,個々が独立した作品です.
 今でいえばムック的な性格を与えられたことになるのでしょうか.ちなみにムックとは,“MAGAZINE+BOOK=MOOK”という造語です.
 当時,これら一連の変遷に対して,和久田康雄さんからは“なんたる気まぐれ”と揶揄されてしまいましたけれど,それは衆目の一致する感想だったことでしょう.
 以来33年,増刊号に移行してからは36年にして,ようやく100冊目刊行の運びとなったわけです.月刊誌を加えると125冊ということになりますが,それらのほとんどすべてに関与してきた僕としては,本当に感無量のものがあるわけです.

さて,その100.表紙はC51の100.京都のベテランファン佐竹保雄さんの名作である.
 No.99の表紙をD50こと9900形で飾った続きという流れで,これはもしかしたら予想しておられた読者もあるかもしれない.
 しかし本文に入ると,いきなりの“駅名標”.高見彰彦さんが丹念に調べられた成果を披露してくださったものである.地味ながら,しかし,これこそ“レイル”の本領を発揮できるテーマではないかと,僕なりに考えた結果.
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高見さんの調査のきっかけのひとつは,この寺田町の駅名標.奇しくも昭和11/1936年に西尾克三郎さんが撮影された写真の,電車の影に,再発見された駅名標が掲げられていたという.もっとも,実際には第2次世界大戦後に新調されたものだったようだが.


続くのは,おかげさまで好評の,公式写真に見る国鉄客車の第3回目.藤田吾郎さんの巧みな構成により,客車のハイライトとともいうべき展望車No.100を飾ってくださった.

三番目は,田邉幸男さんの,蒸機時代の肥薩線.独特のカメラアイで,区間によって大きく異なる表情を持つこの路線を表現していただいた.

そして,No.100記念に寄稿してくださったのは,三宅俊彦さん,河田耕一さん,早川昭文さん,藤本哲男さん,福田静二さん,そして表紙も飾ってくださった超ベテランの佐竹保雄さん.

三宅俊彦さんの膨大なコレクションのほんの一部であろう,日本の軽便鉄道の絵葉書群には,ただただ圧倒される.
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河田耕一さんは“大型蒸機の時代”と題するグラフをいただいた.ここでお目にかけるのは,京都駅を発車して行く特急“はと”の乗客専務とベテラン駅員が交わす敬礼.ストラクチャーでもシーナリーでもない,純粋な情景写真にも,河田さんは情熱を注いでおられたのだった.

同志社大学鉄道同好会OB有志の皆さんからは“私の100”と題して,とにかく“100”という番号を持つ車輛の写真を見せていただくことになった.
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福田静二さんは,後藤寺機関区にたたずむC11 100撮影の思い出を語ってくださったが,お目にかけるのは京都駅におけるEF58 100.京都駅を知り尽くした地元ファンならではのワンチャンス.

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次は藤本哲男さんの竜華客貨車区配置のオハ35 100.あれほど日本中にあふれていたオハ35系も,気づいてみれば保存車は数少なく,盛岡に保存されていたオハ35のトップナンバーも,危うく解体されてしまうところだった.見飽きたような車輛や情景の,何気ない記録が,のちのちの貴重な資料となるという証しのひとつが,この写真.
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そして早川昭文さんは蒸機から“新性能電機”までバラエティ豊かな100を提供してくださったが,情景としても貴重なのが,15輛編成のこの列車.長崎本線の通勤通学列車だそうだが,他にこんな長い普通列車,あっただろうか.


C51 100,EF58 100,C57 100の3輛は,先年亡くなられた中島忠夫さん撮影の写真も,奥様の格別のご厚意によって提供していただくことができた.

佐竹さんの“100”は,とにかく圧巻.ぜひ,レイル100の現物を手に取って堪能していただきたいと思う.

あまりに特殊なテーマ選びと展開に“ありゃあ商業出版でなくて同人誌だ”といわれることも多いですが,それを最大限の褒め言葉として受け取っている,僕だったりします.
 鉄道を趣味にしてよかったと思っていただける本を,これからも作り続けて行きたいと思っています.
 どうぞ,今後もご支援を賜りますよう,お願い申し上げます.

※2016.12.02:一部補筆修正