モデラーな日々 とれいんスタッフブログ

月刊とれいんスタッフの,模型と格闘していたりしていなかったりする日々をお送りします.

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相変わらず,天気予報,天気図から目を離すことができない日々を過ごしている.
 先週は千葉県方面の予報を,ずっと眺め続けていた.ポイントは市川市.僕が住んでいる練馬区とは,同じであるようなものだけれど,でも微妙に異なる.片方で雨が降っていても,もう一方では晴れ間が覗くことも,あるから.
 そうしてやってきた9月11日.向かった先は地下鉄東西線行徳駅にほど近い,行徳駅前公園.市川蒸気鉄道クラブの運転会会場であった.
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2019年5月12日以来,3年とちょっと振りに眺める行徳駅南口駅前.なにも変らないように見えるけれど,画面左側の敷地では高層マンションの建設工事が始まっていた.まだまだ発展を続ける行徳なのである,

3年前の5月は,竹内史行さんが製作された5インチゲージ,二つ目玉の79613の撮影が,主な目的であった.
 そして今回は,実に2年半振りに再開された運転会の様子を取材するのが,目的.
 休止中にも整備は続けられていて,その模様は本誌の2021年2月号12月号の,2度に亘って渋谷映輔さんがレポートしてくださっている.
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公園に到着してびっくり仰天.線路の内側を一周する長蛇の列.全部,乗車を待つお客さんである.そういえば,この改札口も,運休中に美しく整備されたのだった.


本線では竹内さんの9600を筆頭に,本線には溢れかえる乗客を捌くために何輛もの機関車が走り回っている.
 だから機関区は静かなのだろうと思って覗いてみると……
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ご覧の通り.6輛もの機関車が出区準備中.それも,ほとんどがテンダー機.メンバーたちが,この日を待ちになっていた様子を強く感じることができる情景だった.
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変わらず元気よく快走する79613と竹内さん.
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小川精機のドイツ24形には再開を祝うヘッドマークが.図柄は……中秋の名月と餅つきの兎.

そういえば前の晩,通りがかった和菓子屋で恒例の焼き団子を買って帰って食したのだった,残念ながら我が家では満月を拝むことは叶わなかった.でも,今日の,まん丸のヘッドマークに描かれた名月が,充分にかわりを務めてくれたと思う.

閑話休題.
午後にはすっかり雲も切れ,汗ばむほどの陽気となった.お客さんは相変わらず途切れない.でも,人も機関車も,嬉々として公園内を走り続けるのであった.
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このような併走も,しばしば見ることができた.

そして14時58分,この日野最終列車が出発して行った.
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終列車を告知するプラカードを掲げながらの出発.

この日野詳報と,今年に入ってからの線路整備の模様は,本誌11月号でレポートの予定.乞うご期待!

運転日は毎月第2日曜日.見学はもちろん,乗車も無料である.


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先週のここで,久し振りに阪急神戸線に乗ったことをお話した.梅田で乗って,降りたのは夙川.待ち合わせまでには少し間があった……正しくは,充分な余裕をもって,できれば周辺散策でもと思っての,予定の行動ではある…….
 そこで,最初は降りたそのまま,ホームの先端で,安全に気をつけながら,電車がやってくるのを,待つ.なにか目当てというか,目星があったのではなく,本当の“でたとこ勝負”これが本来のカメラハイクであろう.変わり種に出逢えればラッキー,そうでなくて普通だという…….

最初にやってきたのは8000系8003編成の普通電車.思わず第3編成”と言いそうになるが,阪急では車号末尾が0から始まるから,第4編成ということになるのが,元来の沿線住民ではない身としては,いつまでも戸惑ってしまうことである.
 続いては同じ8000系の特急.正面になにか付いていると思ったら…….
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第1編成だった.懐かしい“H”マークとともに,貫通扉には“MEMORIAL 8000”のヘッドサイン.一瞬“もう廃車?”と早とちりしたが,そんなはずはない.ではなぜ?

2019年にデビュー30周年を記念した“Classic8000”の装飾が施されたのが最初で,リニューアル工事を終えた2021年に衣更えして“MEMORIAL8000”が誕生したものである.
 今ではヘッドサインは外されたものの,“H”マークは健在のはすである.
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続いて姿を見せたのは“さくら”のヘッドマークを取り付けた7000系7027編成.複数の編成に装着される,阪急恒例の行事である.

この次の特急を待って外へ出ることにする.が,その前に少し周囲を見回して…….
この夙川駅で気になる施設は,なんといっても甲陽線との分岐.甲陽線といえば,建設当初の目論見など興味深い歴史がある.僕自身との関わりといえば,甲子園に住んでいた頃,学校のクラブ活動で付き合いのあった大社中学校へ行くために何度か乗ったこと,高校の頃には,やはり沿線にあった夙川学院に勤務しておられた趣味界の大先輩の一人を訪問するために乗ったことが記憶に残っている.その頃走っていた電車は610系か800系か……写真を撮った記憶は,あまりない.それよりも当時は女子校だった夙川学院の校門を潜る時の“ドキドキ”を,忘れることができない.もう半世紀以上も前のことなのに.
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画面中央奥に見える,ちょっとヒョロヒョロッとした線路が,甲陽線と本線との車輛のやり取りのための引き上げ線.平坦である引き上げ線に対して,本線は急な勾配であることがわかる
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振り返って梅田方を見る.このような切り取り方をしてしまうと,ここが支線との分岐駅であることを感じることができない.でも実際には,柵の向う側を,さきほどの引き上げ線から続く急カーブの線路が通っている.架線が見えるのが,その証し.

というところで,改札の外へ出る.何十年ぶりだろうか,この駅で降りるのは.神戸線全通と同時,大正9/1920年に開業したこの駅,阪神・淡路大震災では駅前のビルが倒潰するなどの被害はあったものの駅そのものに壊滅的な被害はなく,3月1日には甲陽線が,4月初旬にはこの駅と岡本駅との間で運転が再開されている.
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駅本屋.いつごろの建物なのか見当がつかないが,震災後の新築ではないと思う.かといって,最初の開業時のものでも,なさそうである.
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一方で,振り返ったところに佇んでいたこの公衆トイレ.画面左の赤いレンズの燈具がついた非常ベルの左側,囲みの中にはレリーフ状の女の子が,でも,右側の非常ベルの横のレリーフは,ご婦人のようにも見える.

なにしろトイレだから,まじまじと観察するのも憚られて,真相は不明のままになってしまったが,なんとなく“阪神間モダニズム”を感じるのは,僕だけ? 

というところでお昼.ご飯を食べるために,駅前の大通り,山手幹線への探検に旅立つ僕であった.

※2022.09.14:学校名修正

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とはいえ,昨日今日ではなく,今年3月のこと.
 3月24日付のここで,鉄道友の会の島 秀雄記念優秀著作賞授与式に参加したことを報告した.
 その前日に西宮と神戸垂水を訪問する用事があって,久し振りの阪急神戸線乗車となった次第.もっと早い時期にお話しようと思っていたのだが,いろいろな優先すべき話題が多くて今になってしまった.
 この前に乗ったのはいつのことだろう……もしかしたら現在の1000系が披露された2013年11月以来かもしれない.その時の記事は少し熟成させて2015年1月号の阪急特集でお目に掛けた.と,いうことは,9年ぶりということになる
 この間,1000系は地道に増備が続けられ,宝塚線と合わせて19編成が投入されているという.その一方で例えば5000系は神戸線の第一線からは退いて伊丹線で余生(?)を送っているようである.
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この日の朝,梅田の駅で僕を出迎えてくれたのは9000系の9002編成.新しいと思っていた9000系も登場から15年を経過し,今やベテランの域に達しようとしている.
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幸いにして(?)発車直後から京都線特急と宝塚線急行が寄り添っての三並走.宝塚線急行の向こう側にも窓越しにマルーンの車体が見えるだろう.
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宝塚線は6000系6013編成,京都線はもちろん9300系で,9303編成だった.並走はご覧の通り十三到着まで演じ続けられた.

十三を発車したら単独で高速走行が始まる.それでも速度計の針…ではなく表示は常に時速100キロを超えているものの,なかなか110キロには達しない.それもそのはずで,神崎川までは110キロ制限なのである.
 神崎川を過ぎると,高架化工事が進捗し,神崎川橋梁も架け替えられて列車撮影には条件が厳しくなっている様子が看て取れたが,“飛ばす”ための条件は向上したともいえる.
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神崎川を過ぎると,ほどなく速度計の針…ではなく表示が114キロを示した.かつて“大阪の省電”に収録した,谷川義春さん撮影になる,疾走する流電の運転室から前方を見た写真をイメージしながらの撮影となった.

制限は115キロなのだけと,制限一杯の数字は,残念ながら(?)拝むことができなかった.
 西宮北口のダイヤモンドクロッシングを渡り…なはずはなくて,静かに,しかしその分,急速に加速して目的地の夙川には,あっという間に到着してしまった.


※2022.09.02:一部文章構成修正

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とれいん9月号,もうご覧いただけただろうか.関西や関東に,あれほど当たり前のように走っていた103系電車も,この春に奈良のグループが引退したことによって,気がつけば,原形の面影を色濃く残すのは,JR西日本の和田岬線用の6輛だけになってしまった.
 撮影取材は,昨年のうちにほぼ済ませていたけれど,タイミングを見計らっているうちに,1年近くが経ってしまった.もっとも,そのおかげで,かつて“新性能国電”シリーズのMODELERS FILEを手掛けてくださっていた前納浩一さんと永尾信幸さんの,力強いご協力を得られたのだから,結果的にはよかったといえる.

さて,和田岬線,正式には山陽本線の支線であるわけで,歴史の頁を繙いてみれば,山陽鉄道の建設工事のために建設された,というところまで遡ることになる.そのような経緯であるから,実は何年に線路そのものが開通したのか,正確には判明していないそうだ.

和田岬線は兵庫の駅を起点として終点の和田岬まで,沿線は工場や倉庫街に終始するが,ただ1ヵ所,車窓が広がるのが兵庫運河に架かる橋梁を通過する時.
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橋梁をたもとから見る.画面奥が兵庫.背景の白い建物が目立ちすぎることもあって,本文では使わなかったけれど,橋桁や煉瓦積みの橋台,石積みで何度か改築された様子が看て取れる翼壁の様子はわかりやすい.

これ以降の写真は,橋梁の南西側に掛かる道路橋,材木橋から撮影したものである.反対側にも遠くに道路が見えるけれど,今回は回り込んで行く時間がなかった.
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橋脚はあるが,橋桁は両岸の橋台から1本で通っている.この橋梁は元は旋回橋であって,橋脚が回転軸だったのだ.

いつ頃まで旋回橋として使われたのか,これまた,僕がにわか勉強で調べた範囲では,判然としない.レイルNo.27(1990年)の亀井一男さんの原稿では,同じ運河に存在した道路の旋回橋について“20年代前後に姿を消している(この“20年代”とは,1920年代のことだろう)”と記されているものの,現存する旋回橋のことは“現在は固定されている”と記されているだけ.
 いつも参照している土木学会の“歴史的鋼橋集覧”には,開通年こそ明治32/1899年12月と明記されているが,旋回裝置については“現在は、回転機構がすべて撤去され、固定橋となっている。”とのみ記されている.
 もっとも,橋台も橋脚も橋桁も明治期のオリジナルが残っているうえに旋回橋という特殊構造,さらに鉄道橋としては現役とあれば,なんらかの文化財に指定されてもおかしくないと思っていたら,令和3/2021年に,土木学会の選奨土木遺産に認定された.
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兵庫方の岸から見た和田旋回橋の全体像.桁は典型的な英国式で,明らかに輸入品である.回転装置があったと思われる部分の古びようから,撤去されてから相当の歳月が経過していることがうかがい知れる.

橋台や橋脚の煉瓦の積み方は美しいイギリス積みである.
 同じ集覧の記載では,橋の長さは15.5m,径間数は2,支間は7.7mとなっている.

ちなみに大阪港にも,かつては複数の可動橋が存在したが,今ではひとつも残っていない.つい最近まで桜島線の電車が通っていた跳ね上げ橋は,最後は跳ね上げ橋(跳開橋)の目的だった北港運河が埋められ,そして平成11/1999年には,線路の付け替えによって完全消滅となっている.
 そして,今でも現役の鉄道での可動橋は,関西本線四日市近くの,通称,末広橋,ただ1ヵ所となって久しい.こちらも土木遺産に認証されている.

和田岬線といえば,かつてはいくつもの貨物引き込み線があり,終点も現在の駅から先へと線路が延びていた.いまは,川崎車両への引き込み線を除けばすべて廃止されてしまっている.その名残りは各所で見ることができるが,例えば和田岬駅.
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和田岬駅終端部.いかにも唐突な終わり方であるのもそのはず,構内には側線や機回し線もあった.気動車化と電車化によって単なる1本の線路になってしまったのである.
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この車止めの先には岸壁まで線路がのびていた.目の前を横切る道路には市電が走っていて,和田岬線の上をトラス橋で乗り越していたし.
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舞い戻った起点の兵庫駅線路終端部.こちらは川崎車両からの出場車を甲種輸送する際に牽引機の機回しが必要なので,ちゃんとポイントも存在する.
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そして山陽本線ホームへのコンコースと階段.神戸市内高架化の時の姿が,ほぼそのままに残っている.画面左端には和田岬線の乗り場案内が.数年前まではホームへの出入りが自由で,甲種輸送の好撮影地だったのだが,今では自動改札機が設けられてしまい.列車の運転時間帯以外はホームに立ち入ることができなくなっている.


ということで,実は生まれて初めての和田岬線実体験を果たした,秋の週末の朝であった.


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【オススメ記事】
神戸市内の山陽本線兵庫駅高架下に発着する和田岬線.そこには歴代,変わり種の車輛が走っていましたが,現在の主役は103系電車です.かつては当たり前のように見ることができたこの103系も,オリジナルの面影を強く残すのは,この,和田岬線用の1編成6輛だけとなりました.今回のMODELERS FILEでは,気がつけば貴重な存在となったこの6輛の来歴から現状までの足どりを辿ってみました.
 毎年恒例の,鉄道模型同好会“どうりん”のクラブ内競作,2021年のテーマは“40”.さて,どんな顔触れを見せてくれるでしょうか.
 カムで動作する自動往復装置も,どのような構造なのか興味を惹きます.
 阪急うめだ本店の鉄道模型フェスティバル,JNMAフェスティバル,関西Nゲージ合同運転会の2回目など,イベントレポートも満載です.
 群馬県で保存されているボールドウィンB1タンク機が100歳を迎えました.
 米国の話題では,模型で再現したサンフランシスコの思い出が注目です.
 好評の連載をはじめ,多くの一般記事も満載です.

【目次】
MODELERS FILE-----------------------------------
  4 MODELERS FILE 西日本旅客鉄道
     和田岬線103系電車
     最後となったオリジナルスタイルのR1編成   解説:前納 浩一
     写真:来住 憲司/土屋 隆司/前里 孝 調査・資料協力:永尾 信幸
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 3・32 近鉄20000系“楽”リニューアル車を作る      米田 昌訓
 16 ペーパーキットで作る戦前の木造客車         酒井 英夫
 24 カム式自動往復装置で遊ぶ              田村 之信
 27 阪急うめだ本店 鉄道模型フェスティバル2022
 28 “40”を考える。鉄道模型同好会“どうりん”2021年競作
 50 ボールドウィン置戸3号機祝100歳 
     第9回 根利森林鉄道まつり      レポート:信沢 あつし
 52 #不器用村物語                    河合 淳
 56 第21回 関西Nゲージ合同運転会 Part.2
 62 第27回 JNMAフェスティバルから
 67 サンフランシスコの思い出   小西 基之(名古屋模型鉄道クラブ)
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 22 線路は続くよいつまでも 第145回 /信沢 あつし
   まさか! お堂の裏が坑口だった!
   旧和気町八十八ケ所第六十九番石山太子堂
 36 “林”発掘再生工場 Season5 /工場長:林 信之
   第5回16番蒸機のさきがけ?! 模型社製C12
 38 モデリング・リサーチ・センター /検証:P.S.
   第108回 ハセガワ エッチングニッパー
 40 おとなの工作談義
   つくるを知れば模型は3倍楽しくなる
   第85回 自由形で復権めざせ工作趣味
   後藤 尭啓・西野 泰輔・柴田 征志・出射 大輝・神原 勝蔵・五十嵐 弘幸
 44 必読! 誰も教えない基礎・応用テクをプロモデラーが伝授
   Nキット上達への道 /解説:P.S.
   第10回:グリーンマックス 東急7000系編-(4)
 46 工作に役立つアイテムを紹介 ツールセレクション
   第40回 エアブラシ用アクセサリーその2 /山中 洋
 48 台鉄ナビ
   文:邱 浚嘉
   翻訳:黃 昱嘉
 68 Coffee Cup /前里 孝
   東武鉄道 新特急車"SPACIA X"への期待
 70 輝け!日本の運転会
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 72 新車登場
 94 E.NUKINAのB級コレクター道 /貫名 英一
   第134回:ユングフラウと模型店
 95 子連れ鉄日記 /写真・文:山本 晃司
   第100回:連載100回を振り返って
 96 伝言板
118 BOOKS
119 甲種・特大 運行計画 2022年9月
120 各種募集のご案内
122 新車登場INDEX
124 いちぶんのいち情報室
128 月刊とれいんバックナンバーのご案内・とれいんスケール呼称早見表
129 Combo Caboose・掲載広告索引

2022年8月20日(土)発売
定価:1,694円(本体1,540円)
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