モデラーな日々 とれいんスタッフブログ

月刊とれいんスタッフの,模型と格闘していたりしていなかったりする日々をお送りします.

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前回ご案内した鉄道写真展3会場のウチのひとつが始まりました。[リバーサルフィルムで撮る鉄道写真の魅力]写真展です。その展示の様子を今回はご覧ください。私は4点出展していますので、是非お越しくださいね。

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全45点の写真が飾られています。

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この写真展主幹である写真家 荒川好夫先生と談笑中のとれいん編集部前里さん

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荒川先生のオリジナルポジを加工して、しおりを作りました。会場でプレゼント中です。ご来場につきお一人様1枚づつですが、無くなり次第終了ですのでお早めに!!

最後に写真展をひとつ紹介。
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今年3月に惜しくも急逝された写真家真島満秀さんの写真展がCANON GALLERY S で開催されます。
場所 キヤノンギャラリー S
期間 2009年7月30日(木)~9月14日(月)
開館時間 10:00~17:30
休館 日曜・祝日
入場無料。

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今月は,とれいんの8月号と同時にレイル69号が出荷される.

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今回のレイルの表紙.仙山線といえば忘れられないのが,各種交流試作電気機関車.美しいED45 1の写真は久保 敏さんの撮影.定価:本体3,600円+税 7月21日ごろ発売!

今回のテーマは仙山線.話しの発端は,もう数年以上前に遡る.仙台や山形に在住の趣味人とお目にかかった時のことである.汽車好きが集まった時の例に漏れず,話しはあちこちに拡散したのだけれど,やっぱりなんとなく仙山線というのは,こちらも地元の皆さんも気になる存在であって,気がつけば仙山線の思い出や現状に話題が戻ってくるのだった.“仙山線の本を纏めましょう”というのは,同席していた人たちの,暗黙の結論となったのだった.
 しかし,ことはそう簡単には進まなかった.資料は少しずつ集積されている気配はあったものの,最後の“えいっ”というきっかけを,みんなで掴みかねていたのだった,
 一転して気運が高まったのは昨年の春,久保 敏さんからの提案があってから.
“実は,鴨宮物語に続いて,学生時代の実習の思い出を書いてみようと思うのだけれど”と.
 このお話を,仙台と山形の皆さんに伝え,“1冊の本というのはハードルが高いけれど,レイルの1冊としてなら”ということになったのが,昨年の春頃のことだったろうか.
 久保さんの回顧録をいただいて,それを仙台・山形に回送したのが今年の初め.
 地元側のまとめ役は,“奥羽本線福島・米沢間概史”の著者であり,レイル62号で“奥羽本線 福島-新庄間及び支線区の機関車小史”の筆者でもある,進藤義朗さん.
 2月に入ってすぐのころ,進藤さんから届いた原稿を読んでビックリ仰天.これまでの,どのレイルの原稿も及ばない大作だったのである.“これならば,やっぱり1冊の本に……”と思いはしたものの,周囲の気運は完全に“レイルで”でまとまっているような感じであり,もう動かしようがなかった.
 せっかくここまで進んだにもかかわらず,春には当方のスケジュールの関係で,動きが少し止まってしまった.
 毎年恒例の,とれいん誌向けのニュルンベルク・メッセ新製品情報まとめだけならともかく,今年の春は,近鉄やJR東日本や京成や東京都電や,そして昨年から持ち越しの相模鉄道や……と,注目に値する新車が相次いで登場したものだから,その取材スケジュール調整や実際の撮影,資料の手配など忙殺されてしまったから.
 で,気づけばもう4月.手許に集まった原稿や写真を,どのように美しく纏め上げるかを考える時間は,ほんの少ししか残されていなかったのである.
 そんな,さまざまな制約の中で,しかし一所懸命纏め上げたつもりの“仙山線物語”.皆さんの感想を,いつものレイル以上に楽しみにしている,今の僕である.

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陸前白沢と熊ヶ根の間に架かる,有名な第2広瀬川橋梁の上で,長い棒をもって測定に勤しむ若き日の久保さんのお仲間.列車の窓から下を覗いただけでも怖いのに…….

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山寺駅に到着せんとする9600の列車.立石寺への階段から捉えられたこの情景は,地元のベテランファン,柏木璋一さんの撮影.子供の頃から憧れの人だった.“いつの日にか柏木さんの写真で本を作りたい”という願いが,ようやく叶った.

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山寺と山形の間の電化完成祝賀列車.この写真は山形の国鉄OBである松木寿雄さんの撮影.仙山線といえば,ついつい派手な交流電化試験区間を思い浮かべるけれど,こちらも忘れてはならない,貴重な記録.

ここでお目に掛けた情景は,本書の内容の,ほんの一部に過ぎない.7月21日ごろには書店や模型店の店頭に並ぶはずである.どうぞご覧いただきたい.店頭に見当たらない場合は,そのお店か,弊社あて,お申し込みいただければ幸い.もちろんサイバーとれいんでも扱うことになっている.(7月9日現在では未登録です.ちょっとお待ちください)

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ここ数年,米国型HOの機関車はDCCサウンドデコーダーを標準搭載した製品が主流となり,昔のように線路や車輛に大がかりな加工が必要なPFM方 式を使わずとも,誰でも手軽に走行中の効果音が楽しめるようになりました.また技術の進歩によりスピーカーやデコーダーが小型化され,最近ではサウンド DCC装備のNゲージも各社から発売されています.
 思い返せば幼い頃,やかましく唸りを上げるモケイを走らせながら“あ〜 ディーゼル音みたいだあ”とアバタもエクボだった頃が懐かしい… そこで,今回は懐かしい模型をほじくり返して,“賑やかな模型”ランキングをやってみます.
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●その1:リバロッシ製 UP SW1500(N)…小学生の頃,アメリカ出張に行った父が土産に買ってきてくれたもの.小さい車体中央に両軸カンモーターを抱き込み,ダイキャストのフレームを震わせながら良く走ってくれます.

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ヘッドライトはキャブ内で豆電球を光らせ,導光材で光らせているのですが,そのためか(?)キャブ窓は全てダイキャストのウエイトで目張りされていて,実物以上にゴツイ外観が強調されています.
 音はウルサイですが,当時のNゲージ小型車としてはかなり走りの良い方だと思います.

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● その2:アサーン製 D&RGW F7ディーゼル(HO)…とれいん6月号の“私を趣味人にした模型”でもちょっと書きましたが,中村精密のオールドタイマー4-4-0が私のHOゲージ1 号機でした.しかしオールドタイマーでは牽かせるものもほとんどない… そこで,銀座の天賞堂で小遣いをはたいて買ったのがこの模型.アサーンで米国型に入ったファンには定番ですね。
 ノーズ上面の塗り分けがぼやけていたので筆塗りで直したのですが,当時はバンブルビー塗装なんて良く知らなかったので,鼻先が側面近くまで真っ黒に塗られているのはご愛嬌.
 肝心の走りは,ごついダイキャストフレームにオープンコアのモーターを乗せ,焼結車輪の転がるガラガラ音がいかにも昔のアサーンです.ディーゼルの臨場感を出すためにわざとガラガラノイズが鳴るように出来ている,なんて話も聞きましたが,どうなんでしょうね.

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●その3:MDC(ROUNDHOUSE)製 GEボックスキャブ(HO)…数ある量産品HO製品の中でも,ラウンドハウスの組み立て式機関車のガラガラキング振りは伝説(?)といえましょう.さすがに例のバリだらけの蒸機キットまでは手を出したことがないのですが…
  このGEボックスキャブは短車体にもかかわらず,台車のシャフトに車体中央のギヤボックスからルーズカプリングで伝導するというかなりムチャな構造なの で,ちょっとでも台車が首を振るとモーターツールをこすりつけているようなすごい金切り声を上げます.さらにプラ製ギヤがシャフトから緩んできて段々走ら なくなってくるというオマケ付き.
 車体中央のギヤタワーを挟んで棒モーターの反対側にはダイキャスト製の怪しげなフライホイールが付くのです が,あまりの動力のヒドさに呆れて外してしまいました.なお,昔のウォルサーズHOカタログを見ている方ならご存知と思いますが,このボックスキャブ,前 後の端梁に紙ヤスリみたいなクリーニングヘッドを装備したレールクリーニングカー仕様もあったのです.自走すらままならないのに,レールクリーニングと は… 実にのどかな時代だったのですね.
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床上の棒モーターからプラ製のギヤタワーを介して,床下で両端台車のシャフトに伝動.この継手部分のルーズカプリングがものすごい騒音を発生する.

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横須賀線は明治22/1889年6月16日,大船〜横須賀間15.9kmが単線で開業してから今年で120周年を迎えました.(横須賀〜久里浜間延伸は昭和19年)
 沿線の各駅には記念の横断幕やフラッグが掲出され,横須賀線の一部の列車にはヘッドマークを取り付けて運行しています.
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歴史ある横須賀線の逗子駅に明治時代の面影を今に伝えるモニュメントがあります.
  1番ホームの中程にある「旧逗子跨線橋の柱」は平成19/2007年8月までは現役で使われていたもののうちの1本です.バリアフリー化工事で跨線橋の取 り壊しが決まりましたが,その柱の刻印から歴史的価値があることがわかり,市民らが保存を求めて署名活動を行うなどしてJR側に働きかけました.要請を受 けたJR東日本横浜支社が調査を交通博物館に依頼し,結果その価値が認められ,保存が決ったものです.

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逗子駅の横須賀寄り跨線橋下にひっそりと建っている,旧跨線橋のモニュメント.古い塗料やサビを落とし,黒い塗料を塗り直したもの.このモニュメントの除幕式は昨年2月に行われました.

ホーム下に埋まっていた部分を堀りかえすと,
「鉄道作業局 新橋工場製造 明治三十二年」という文字があらわれ,明治32年(駅開業から10年後)に逗子駅に建設された可能性が高いことがわかりました.

跨線橋脇にある解説によれば「柱は鋳鉄製で,新橋工場で製作されたこ線橋の柱としては,現時点で日本最古のものであり,建設時から撤去まで同一の駅で使用され続けたこ線橋としても日本最古のもの」ということです.

108 年間もの間,横須賀線の長い歴史とともに日本の近代化を支え続けた跨線橋が残されたことはとても喜ばしいことです.これも,保存を呼びかけた市民の方,と それに前向きに応えた横浜支社の力があって実現したことです.保存のために動いてくれた方々に感謝したいと思います.

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新跨線橋より横須賀方面を見る

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新しくなった跨線橋

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今年新しく作られた横浜支社のスタンプにもちゃんと旧跨線橋支柱が描かれています.左のディーゼル機関車は,東急車輛で製造された新型車輛が甲種輸送のため,逗子駅の構内に姿を現したところと思われます.

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今年に入ってから,なぜかあちこちで撮影の機会が多い.
ある時ある友人に“まるでカメラマンみたいだぁ”と冗談めかして言ったら,まったく通じずに“仕事でしょ”と,あしらわれてしまった.
 さてその撮影の目的はさまざま.確かに仕事ではあるのだから,目的以外の列車や出来事については,撮りたくてもちょうどその時刻を移動に充てなければならなかったりで,涙を飲むことになる.そこまでいかなくても,待ち構えているポジションからは,とても絵にならないようなことも少なくない.
 それでもできるだけ記録しようと努力しているのが貨物列車.ごく一部を除けば地味な存在であるし,ましてや,牽引機はともかくとして,後ろに続く荷物については,顧みられることが少ないから.
 そうやって記録していて気づかされるのは,いわゆる車扱いの列車が,この10年間でほぼ全滅してしまったことである.
 例えば,かつては大宗貨物のひとつであったセメントが,ほぞ全滅してしまった.今もなお走っているのは三岐鉄道からの四日市港行きだけではなかろうか.
 大宗貨物といえば,紙もそうである.10年ほど前までは東京都内でもというか,飯田町に紙の流通センターがあって,お壕端をワム80000の紙列車が頻繁に往来していたものである.こちらは鉄道輸送がなくなったわけではなく,多くはコンテナに置き換えられただけで鉄道輸送そのものは健在なのだが.もっとも,飯田町はコンテナ化に地上施設が対応できずに消滅し,今ではJR貨物の本社社屋と化している.今でもワム80000で紙を輸送してるのは,新潟県の北越製紙と愛知県春日井市の王子製紙,そして吉原の日本大昭和製紙……正確には岳南鉄道の比奈が最寄り……ぐらいになってしまった.
 化成品もこの数年で急速にコンテナ化された.実質的には,先日の春のダイヤ改正でほぼ全滅したともいわれている.
 もちろん,コンテナ列車にもそれなりの楽しみはあって,機関車の後ろに続くコンテナ車に積まれたコンテナを観察するのも,今では習慣となった.コンテナ車も,今では主力となったコキ106に加え,コキ107も増えつつあるし,数の少ないコキ200が組み込まれていたりすると,嬉しくなってしまう.コンテナそのものも,いずれは色や形やレタリングの違いを眺めていると飽きないものである.
 とはいえ,やっぱり車扱いの列車が目の前に現われたら,ポジションも構わずにシャッターを切ってしまうことになる.今回の最後にお目に掛けるのも,そのひとつ.関東地方の一部ファンには“安中貨物”と呼ばれて親しまれている常磐線と高崎線の列車である.
 車扱いの存続は,石油輸送を除いてあきらめるとして,せめてコンテナ化されでも鉄道貨物輸送が存続し,拡充されることを願いたい.

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E259の屋根上を撮るべく待ち構えていた陸橋で出会った,ポリカーボネート専用のタンクコンテナ.航送用コンテナは,国鉄…JR貨物形式がつかないことが多いので分類が難しく,ちょっと苦手.

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こちらは同じような枠付のISO規格コンテナでも,ちゃんと(?)UT10C-5108という,お馴染みの形式がつけられている.荷物は液化塩化ビニル.載っているのは最新鋭のコキ107.

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EF81 85が牽く“安中貨物”.続く貨車は,今や貴重品となった,石油以外のタンク車タキ15600.通過時刻を間違えて覚えていて慌てて撮ったものだから,ポジションも露出もひどい写真となった.露出はデジタル補正でなんとか…….

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編成の後尾には,JR貨物ではもう新製しないからといわれて東邦亜鉛が自前で用意することになったとされているトキ25000の私有版が連なっていた.

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