モデラーな日々 とれいんスタッフブログ

月刊とれいんスタッフの,模型と格闘していたりしていなかったりする日々をお送りします.

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定刻通り7時35分に到着した日光1号(485系G58編成) 池袋駅

さて続きです。

21日は丸々予定がチャラになったので、徹夜の体にたっぷりと睡眠を与えてやりました。おかげで翌日の22日(月曜日)は元気いっぱい・・・のはずですが、やはり深夜は眠れなく微妙な体調での出発となりました(汗)

今日は自宅をゆっくり出発したので新宿ではなく、より近い池袋駅からの乗車となりました。日光1号に使用される車両はスペーシアではなくJR東日本の485系(小山車両センターG58編成)です。これは“あいづデスティネーションキャンペーン”にて2005年の臨時“あいづ”に使用された編成です。その後改造され、今は東武線乗り入れ特急“日光・きぬがわ”専用車となっています。息子はスペーシアが好きなので、できれば乗せてあげたかったのですが、この列車でなくては日帰り旅行でAMEXには乗れません。私的にはスペーシアはもう何度も乗っているので485系は嬉しいのです。その485系は下今市で下車、6050系に乗り換え鬼怒川温泉駅へ向かいます。

鬼怒川温泉駅で下車すると向かいには会津鉄道8500系が停車していました。うぉー!跨線橋を駆け上がり(駅構内は静かに歩きましょう)、誰よりも先に写真を撮ります。嫁には座席を確保するよう指示します。何枚か撮っていると、浅草発のスペーシアきぬ103号が到着しました。到着と同時にわらわらと乗客が8500系に乗り込んできました。私も8500系に乗るため、反対ホームからのツーショット写真は撮れませんでしたが、まぁ、そこは諦め車内に入ります。

ボディは一部錆が浮かび塗装も色あせていましたが、車内は割と綺麗でした。これを廃車にするとは正直もったいない・・・ ランニングコスト? 検査費用の問題? 交換部品調達が困難? 色々な理由が考えられますが、会津鉄道にも様々な事情があるのでしょう。すでに後釜となる気動車は完成したとのこと。そちらの方が金銭的に有利だったのは間違いなさそうです。しかし、ファンの目から見るともったいない・・・

発車して2駅、新藤原駅を出て野岩鉄道線内に入ると急に勾配がきつくなります。8500系は米国カミンズ製のエンジンを搭載しているためドルルルル・・・と独特のうなり声を上げ、登り始めます。録音ファンは録音しておいた方が良いでしょうね。もし良い音源があったら私にください(笑)

川治温泉を過ぎたあたりから、地面はうっすらと雪化粧をまといはじめました。前日の雪が残っていたのでしょう。男鹿高原を過ぎる頃には一面銀世界です。晴天と雪山のコントラストがあまりに綺麗だったので、息子に見てみろ!と指さすと、彼はすっかり寝入ってました。なんなんだか・・・

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(上写真)下今市で日光1号から6050系鬼怒川公園行きに乗り換え
(下写真)峠を越えた最初の駅、会津高原尾瀬口はすっかり雪景色。ここから会津鉄道になる

そのあと終点の喜多方駅に到着。早速、8500系の前に息子と嫁を立たせ記念撮影をしました。これで大きくなってから「ボクは8500系に乗ったことがない」とは言わせないぞ、と。さぁ、記念撮影が終わったら対向ホームからの撮影です。跨線橋を足早に目指すと

「あの〜、なんこうさんですよね?」

声を掛けてくださったのは誌面にも何度か登場している林 信之さんです。ああ〜、どうもこんにちは。林さんはこれから折り返しのAMEXに乗車するようでした。「何かの帰りですか?」とお話したいところですが・・・ 発車前に対向ホームから写真を撮らなくては! それじゃあと、足早に跨線橋へ向かいました。林さんも8500系のファンなのかもしれませんね。

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“8500系を前にして記念撮影する私”を撮影していた林さん。この日の晩には写真をメール添付で届けてくださいました。ありがとうございます。 喜多方駅 林 信之氏 撮影(掲載承諾済)

一通り撮影したら、お腹がすきました。喜多方ラーメンを食べることに。それほど遠くへ出掛ける時間はありません。駅からすぐのラーメン屋さんに入りました。味は醤油ベースのちぢれ麺です。喜多方ラーメンというと以前は江古田駅近くに“喜多方ラーメン 坂内・小法師”があり、よく通っていました。麺やチャーシューはあの味に良く似ていました。ところで、息子はおいしくても「おいしくない!」という悪いクセがあり、注意してもなかなか直らないのですが、このラーメン屋でも「おいしくない!」と言い出しました。さすがに気まずくなり、そそくさと店を出ました。

その後、土産物店に入り編集部向けにラーメンせんべいを購入し、その後は“煉瓦”という喫茶店に入りました。喫茶店は本物の煉瓦造りのお店で元々は米倉だったとのこと。ここのダッチコーヒーはお安い割においしかったです。東京なら浅草アンヂェラスのダッチコーヒーもお勧めです。

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喜多方駅前の喫茶店で休憩。ダッチコーヒーとは水で少しずつ抽出するコーヒーのこと。風味が熱で失われず濃厚な味となる

その後はあかべぇ塗装の“あいづライナー”に乗り郡山へ、そこから福島を目指しました。そこで、山形新幹線の開放と連結シーンを2本見て帰路に就きました。昨日の切符ではつばさの券を押さえていたのですが、今日の切符は昨日取ったため、つばさは満席でした。仕方なくMAXやまびこの2階席に座ることに。でも、こちらの方が眺めは良いですから、息子も満足したようです。

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E4MAXやまびことE3系1000番台つばさの開放シーン。できれば残り1本となった400系が見たかったのだが・・・ 福島駅

ここから2時間足らずで東京駅に着きました。新幹線を使うとなんとあっけのないことか。下車すると息子は帰ることを悟ったのでしょう。途端に帰りたくないと泣き叫び始めました。嫁は「うるさい!」と怒鳴るばかり。このままでは池袋駅に向かったら益々泣くなと思った私は、

「じゃあ、今から中央線で新宿行って、そこから渋谷で副都心線に乗ろうか?」

と話しました。副都心線は息子のツボです(笑)。メトロ10000系がめっぽう好きな息子は渋谷に行く行くと喜び出しました。その副都心線は西武線へと続いているのだよ、とはおくびにも出さずに・・・

副都心線のホームに入線するメトロ10000系を見て、息子は大興奮、車内でもずーっと窓の外を眺めていました。練馬に到着するころには、旅の疲れもあったのでしょう。すっかり、寝入ってました。寄りかかる息子をよそに私は別の野望がムラムラとこみ上げてきたのです。

「よ〜し、こりゃ今度は車で会津に行き“走り”を撮影しないとなぁ」

そして平野君を誘い、水曜日にふたたび会津を目指したのでした。
(つづく)

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喜多方駅 2010年3月22日撮影

いや〜、参りました。え?何が参ったって?それはですね・・・

巷では3連休だった3月21日(私は土曜出社したので単なる連休でしたが・・・)、会津鉄道のAIZUマウントエクスプレスに乗車するため4歳になったばかりの息子と嫌がる愚妻を連れ、早朝の新宿を目指しました。

なぜ今、AIZUマウントエクスプレスなのかというと、使用される会津鉄道8500系(旧名鉄8500系)が4月で引退するという話を耳にしたからです。数ヶ月前、編集部一耳が早い男、前里さんから

「なんこう君、会津8500系が4月に落ちるってよ」

なにー!あの名鉄の8500系が廃車? ロクに使い倒されもせず、会津鉄道に譲渡されたあの名車が廃車だって? 鬼怒川温泉駅では“我が”スペーシアとツーショットを演じるあの列車が? 耳を疑いましたが、ネットで検索するとその噂は間違いないようです。スタイルが私好みで名鉄の中でもお気に入りだった車輛だけに、会津鉄道へ渡った時は嬉しかったものです。特に2005年の急行“南会津”が廃止になったとき、代わってスペーシアに接続するため鬼怒川温泉まで乗り入れてきたのは感動しました。なにしろ名鉄の特急車が少しとはいえ東武鉄道の路線を走ったのです。このまま浅草まで乗り入れてくれないかな!

まぁ、その夢は実現しませんでしたが、塗色変更も施されず、ほぼ名鉄特急時代のままである8500系と東武特急が並ぶというのは不思議な感覚でした。たぶん多くの東武・名鉄ファンが感じたのではないでしょうか? この頃、当時アルバイトだった汲田君(名鉄ファン)が持っているエンドウの名鉄8500系と私の持っている同じくエンドウの東武100系スペーシアを運転会で並べて、お互い悦に入ったものでした。いずれも白ベースにダークブラウンや黒の帯、その隣には暖色系のストライプを巻くなど、カラーコンセプトも似ています。東武・野岩・会津鉄道いずれにもすぐ馴染んだ良い車輛でした。

すぐに出掛けたいのですが、年明けスケジュールであることと、抱えている仕事の関係で遠出する都合が付きません。悶々とした日々、このまま廃車を迎えるまで出掛けなくて良いのか? そんなある日、息子が鉄道ビデオを見ながら

「こまちとつばさが見たい〜」

と、言い出したのです。まぁ、その程度ならと日曜日に東京駅へチビ鉄道ファンを連れ出掛けました。入場券を購入して1時間半ほど、あらゆる新幹線を見せてあげました。

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E2系新幹線(右)とE4系新幹線MAX(左)。カメラを持ってこなかったので携帯で撮影した。やはり電車があると撮影したくなる・・・ 東京駅 2010年3月7日撮影

そして帰り道、さぞや満足したかと思いきや息子がポツリと

「切り離しが見られなかったね・・・」

切り離し?そんなもん、つばさでさえ福島まで出掛けなければ見られません。遠すぎます。諦めなさいと諫めて、その時は帰路に就いたのですが、後日嫁から切り離しが見たいと大変だとのこと。そんなこと言ったってなぁ・・・ いや待てよ。これはAMEX(AIZUマウントエクスプレス)に乗るチャンスじゃないか?行きは新宿から日光1号に乗り、福島で開結シーンを見せて新幹線で帰れば日帰り旅行にAMEXを組み込めるではないか! 嫁には

「仕方ない。それじゃあ福島まで行こうか」
「行ってらっしゃい」
「え、いや子供が動き回ったら危ないだろ。母親も一緒に決まっているじゃあないか」

面倒くさがる嫁は端から2人で行ってこいモード。冗談じゃありません。それじゃあ、集中してAMEXを駅撮りできないじゃあないですか。言葉は悪いですが、子供は嫁に押しつけないと“鉄”できません。渋々了承した嫁と都合を合わせ3月21日に出掛けることになりました。

そして3月21日、日頃の生活習慣で夜明けにならないとなかなか寝付けない私・・・ 昨晩から続く強風で雨戸とシャッターが揺れます。午前3時頃からでしょうか、もう尋常じゃない風が吹き始め、恐怖感さえ覚えるようになりました。大丈夫か?今日は出掛ける日だぞ・・・ ベランダでは鉢植えがガシャーンと倒れる音、怖い。そんな状態で心臓をバクバクさせていると目覚まし時計が・・・ 時間は4時50分、起床時間です。

朝風呂に入り、朝食を摂ります。ニュースを見るとすでに京葉線が運休決定、ほかにも様々な路線が始発から運休や遅れを生じているそうです。なんでよりによって今日なんだか・・・ こりゃ日光1号も運休するかもしれないな。そんな不安を胸に抱きながら新宿駅を目指します。

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池袋に向かう際にひばりヶ丘から乗車した“北辰の梟”ヘッドマーク付き快速急行(西武4000系) 池袋駅 2010年3月21日撮影

発車20分前の7時10分には新宿駅に到着しましたが、構内は遅れや運休を知らせるアナウンスでひっきりなしに流れていました。乗車ホームの隣では始発のN'EX(E259系)1号が停車しています。おいおい、これ5時55分発だぞ、まだ発車していないのか。

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7時30分にやっと出発した成田エクスプレス1号(E259系)は定刻5時55分発。乗客の多くは飛行機に乗れなかったのではないか・・・ 新宿駅 2010年3月21日撮影

かなり不安になってきました。発車時刻の7時30分になっても入場する気配がないので、駅員に尋ねてみると

「日光1号の回送はまだ東大宮を出ていません。このままお待ちいただくか、浅草からスペーシアをご利用ください」

帰ろう!これでは接続時間の短いAMEXに乗ることはできません。さっさとみどりの窓口で払い戻しました。嫁は諦めようといいます。しかし、息子と、そして何より私が諦めきれません。その窓口で明日の切符が取れないか相談しました。するとギリギリですが空きがあるようです。嫁は大変不満そうにしていましたが、見て見ぬふりをし(汗)、早速買い換え翌日に賭けることにしました。
(つづく)

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かねてJR貨物の事業計画の項目に含まれ,今月号の“いちぶんのいち情報室”で完成予想図をお目に掛けた,JR貨物のハイブリッド機関車HD300の試作機がお披露目された.
 場所は東芝の府中事業所.EF15やEF58をはじめ,かずかずの機関車を送り出した伝統ある機関車製作工場である.ここでの取材撮影は,やはりJR貨物のEH200以来だろうか.
 あいにくの空模様だったにもかかわらず,鉄道趣味月刊誌各社をはじめ,多くの新聞,TV,通信社が集まってのお披露目会だった.

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建屋から姿を現わしたHD300-901.“ディーゼル機関車”を想像していると走行時の静かさには拍子抜け静かさ.

シルエットはDE10のそれを踏襲しているとはいうものの,軸配置は一般的な2軸ボギーの4動軸.長い方のボンネットには定格出力1,350PSのDML61ZBならぬ,リチウムイオン蓄電池と主変換装置がおさめられ,短い方はSGではなく発電装置が収納されているという.
 ハイブリッド動力車は世界各国で開発が進められているけれど,蓄電池にリチウムイオンを採用している例はまだまだ少なく,機関車では恐らく世界初ではないだろうか.今回のHD300には,鉄道総研で研究開発中の“ハイトラム”と同じGSユアサ製を採用しているという.

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この機関車について解説する,JR貨物の総括執行役員技術開発部長,小田和裕さん.長らく鉄道総研で数々の技術開発に携わってこられたベテラン.数年前にJR貨物に移籍されたという.

今回のお披露目ではまだボンネットの中身を見せていただくことはできなかったが,キャブについては特に公開していただいた.運転席はDD13やDE10と同じで,両方のエンドに独立した横向きの運転席を持ち,効率的な入換作業を実施できる配置.もちろん現代の技術は最大限に採り入れられて,運転席から機関車の直前を監視できるモニターや運転士の異常を感知して列車を停止することができる装置などが組み込まれているという.今日はまだ完成していない部分があったが,それでも操作性がよさそうだということは写真からも感じていただけることだろう.

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2エンド側の運転席.まだ一部機器のカバーなどが取りつけられていなかった.運転室はもちろん空調付き.DE10に比べて広々としていて視界も広い.

この機関車の特徴は,単にハイブリッドを採用したということではなく,次世代への対応が可能なように,蓄電池にしてもほかのモジュールにしても,できるだけ技術の発達に伴っていろいろなシステムを搭載できるような汎用性を持たせた設計となっていることがある.また,主電動機に,現在の鉄道車輛の主流である非同期誘導電動機ではなく,永久磁石を採用した,熱損失の少ない同期電動機を採用したことも特筆されるだろう.これから約1年間,東京の大井機関区をベースにして,南松本などの高地や札幌ターミナルなどの極寒地での試験を行なうという.心から成功を祈りたい.

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主契約者は東芝であり,大部分は東芝製だが,台車はほかのJR貨物の機関車と同様,川崎重工が一括生産して東芝に納入,本体に組み付けられている,形式はFDT102とFDT102A.その他,電動空気圧縮機はJR貨物からの支給品扱いでドイツのクノール製を装着.

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またまた臨時運行です。
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前回にこのブログでお伝えした西武鉄道多摩川線用の白い電車のその後ですが、本日3月22日、武蔵境駅10:54発から運行開始しました。この電車のデザイ ンですが、多摩川線沿線の春夏秋冬をイメージしたラッピング車両の春版となります。また絵のデザインは沿線である府中市の小学校から「春」をテーマに募集 し、そのデザイン346枚の中から8枚の作品が選ばれました。先頭車両2両にその8作品が4枚づつ貼られて約4年間掲載予定との事。今後は6月頃に夏、9 月に秋、12月に冬が登場予定です。

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10:30から武蔵境駅ホームにて掲載された児童8人に感謝状と記念品の授与が行われました。
西武鉄道鳥居武徳車両部長から作品掲載の経緯等の話があり、金杉和秋鉄道本部副部長から感謝状を一人一人読み上げて送られていました。沢山のカメラに圧倒されたのでしょうか慣れない舞台だからでしょうか緊張している子供たちが印象的でした。

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白い電車を捕らえるため沿線に出かけましたが、もちろん黄色い電車もゲットします。
丁度同じような黄色い菜の花が沿線に色づいていました。

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このブログの読者ならすでにご存じ荒川好夫さんの写真展がはじまった.
 テーマは冬の北海道.とりわけ,函館本線で急行“ニセコ”を牽引していたC62ということで,実は僕は現役時代の北海道のC62,だけではなくて,冬の北海道の蒸機を知らないものだから,早く疑似体験したくて,初日に駆けつけてしまった次第.

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会場入り口.同じフロアに3つの写真展スペースがあるが,そのうちのスペース1が荒川さんの写真展会場.

順路に従って作品を見て廻りはじめてすぐ,40年の時間を越えた熱気に圧倒されてしまった.しばしのち,その衝撃から立ち直って1枚ずつの作品に近づいてみて,今度はモノクロネガから再現された豊かな階調にうならされた.引き伸ばしは専門のラボに託したそうだが,条件は,冬の北海道の寒さを再現すること,蒸気機関車の黒が潰れないこと,煙や蒸気の階調はすべて再現すること…….
 そんな難しい要求にもかかわらず,焼き直しはほんの数点だったそうだ.職人技は,まだ生きているのだった.

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新雪の日,スノウプロウがたくさんの雪を跳ね飛ばしているシーンを撮りたくて,探し求めたポイント.針葉樹の隙間に音もなく顔を出した瞬間!今みたいに1秒あたり何コマも撮れる時代ではない.しかもブローニー.“一発勝負”ということで思い入れがあるんですよ,と,荒川さん.

当時,鉄道ジャーナル社の“雪の行路”と題したムービーと連動した取材で,延べ3週間にわたって北海道に居続け,集中的に取材したというこれらの写真,ライフワーク的に集大成された写真群とは全く異なった“勢い”があって,時空を越えて見るものに迫ってくる.
 会場の57点,すべてからそのオーラが発せられている.結果,このスペース1は3月25日までの1週間,昭和46/1971年1月から2月の北海道にワープしているようである.その感覚を,ぜひとも多くの方に味わっていただきたく,特に登板日を変更してもらって記した次第.

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平日にもかかわらず多くの観覧者で賑わう会場.ちなみにスペース2ではサハラ砂漠の,スペース3では水をテーマとした写真展が開催されている.どちらも別の意味で魅せられる.併せてご覧になることをお薦めしたい.

会場は富士フイルムフォトサロン スペース1.元の防衛庁敷地が再開発された“ミッドタウン”の中である.

※ここに掲載した写真は事前に許可を頂いて撮影したものです.

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