モデラーな日々 とれいんスタッフブログ

月刊とれいんスタッフの,模型と格闘していたりしていなかったりする日々をお送りします.

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ついこのまえJAMが終わった気でいたら、もう新年号です。ビックリするくらい、あっという間。歳を重ねるごとに時の経つのは早くなると言いますが本当に早い!早すぎる! 学生の頃はあんなに長く感じたのに・・・
 しかし、息子や甥っ子の“速巻きの朝顔観察ビデオ”がごとき成長っぷりを見ていると、むべなるかな。芸能界でもあんなに子供っぽかった広末涼子ちゃん、西原氏と工作室のテレビを見ながら「広末カワイイっすよね~」と言っていたら、もう・・・ねぇ。ほんの少し前まで小学生だった加護ちゃん、辻ちゃん、西原氏と「かわいいねぇ、俺は加護だな」「私は辻っすね」なんて話をしていたら、もう・・・ねぇ。本当に早いものです。

さて、相当に話は脱線しましたが、その新年号は“東急の大特集”です。本誌で東急の特集というのは初めてではないでしょうか?詳しい内容はココを見ていただければお分かりですが、もう1冊丸々東急といった内容です。東急ファンはもちろん見逃せない内容ですが、そうでない方も楽しめるような読み物的な記事、グラフ、グッズ紹介のページもありますのでご期待ください。ここのところ、新年特大号は発売当初、売り切れてしまうことが多く一部で苦情が出ています。もし、売り切れた場合は書店にご注文ください。ご予約いただければ、時間は掛かりますが、かなりの確率でお届けできると思います。諦めないでくださいね。

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表紙の校正紙。もうすぐ完成です。

実は当編集部には東急沿線住民がいません。私は東武沿線育ちの西武沿線在住ですし、前里氏は東京に越してからずーっと西武沿線、西原氏は京急沿線育ちの西武沿線民、平野君はチャキチャキの千葉っ子(?)、山中君は北海道育ちの西武沿線民、脇ボンは東海道沿線、松井氏は小田急育ちですが、やはり今は西武沿線住民です。

みな東急の電車は好きですが、沿線住民のように東急電車の雰囲気を肌で感じたり、日々使っているからこそ湧く愛着みたいなものは、どうしても持ち得ません。それは仕方のないことです。でも、せっかく編集するのですから、我々ももっと東急を好きにならなくては!編集中に東急への思いを強くし、テンションを上げてゆかないと、どうしても誌面に現れてくる(・・・と、私は思います)。

そんな時、私はテーマの模型を目の前に置くことにしています。その模型を見ながら編集作業をすると、とてもテンションがあがり、仕事の効率も良くなるのです。今回は2枚窓の湯たんぽ、青ガエル、ペコちゃんにしました。この頃の東急電車は本当にキュートな感じですね。子供の頃、目蒲線や大井町線で5000系や5200系が走り回っていたのを思いだし、とても懐かしく感じました。うん、今回も模型展示作戦成功です!

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編集作業をしているテーブルの目の前にコレクションを置くととても効率が上がります。私だけか?

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12月8日JR東日本が現在群馬県伊勢崎市の華蔵寺公園遊園地に展示保存している蒸気機関車C61 20を復元すると発表しました。
私は保存してある現物は見たことが無いし、現役時代も辛うじて生まれてはいましたが、物心付く頃は遠く宮崎にいたらしく見る機会も無かったのでよくわかりませんが、D51のボイラーにC57の足回りだそうで、車軸配列はハドソン型(C62?)という・・・きっとド迫力なんだろうなぁ。  
2011年春以降の予定だそうで、今から楽しみであります。現役をほとんど知らない私にとって復活蒸気は全て新鮮で、その仲間が増えると言うのはとても嬉しいのです。
蒸気機関車といえば、毎年何らかのSL走行の撮影に出かけているのですが、よく考えると今年はまったく出かけていませんでした。(汗)
あわてて2週間前になりますが、そう、前回のブログの原稿を投稿してすぐ秩父と水上へ行ってきました。なぜそちら方面かというと、その日は秩父のC58は門鉄デフタイプを装着していて、水上のD51は再復活以来の初対面だったからでした。
定番の撮影ポイントばかりですが、撮鉄報告としてその一部をご覧下さいマセ。

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秩父鉄道 波久礼~樋口 紅葉の山をバックに驀進!! いつもは比較的おとなしいのだけれど今回の煙はナカナカでした。紅葉もピークは過ぎているけれど何とか間に合いました。

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秩父鉄道 白久~三峰口  有名な大カーブです。いつもはインカーブ側に立つのですが、今回はアウト側から。一部の紅葉もギリギリ入ってよい感じになりました。今回のこのヘッドマークはスッキリしていてカッコイイですね。

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JR上越線 群馬総社~八木原  久しぶりの再会で感動の瞬間でした。ここは晴れると逆光ですが、幸いして煙を紅葉とともに良い感じに光らせてくれました。

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JR上越線 津久田~岩本  定番中の定番ポイントです。SLの下り列車の時間帯ではこの辺りでは順光になる数少ない場所です。ただ、背景にはお墓と高圧鉄塔があり、通常の電車には不向きなので、SL列車専用の場所という感じですね。今回はうまく煙で隠せました。

以上です。
今回SLネタなのでテンションゲージも驀煙にしました!!!(笑)
もう12月なのでSL列車もオフシーズン的ですが、真岡も大井川もあるのでまたどこか出かけてみようかな? そうそうまだ[ばんえつ物語のC57 180によるクリスマストレイン]もありましたね。行ってみるかな??雪降ってくれると良いのですが・・・。
あ! タイヤ替えなきゃ!!!

デハ。

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前回は日本に数少ない3フィートナローの廃線跡をご案内したが,今回は日本最大のナロー路線の廃線跡,ではなく写真と車輛研究を纏めた新刊が出ます,というお知らせ.
 具体的には,25年にわたって刊行を続けてきた湯口 徹さんの[私鉄紀行]の最終刊,レイルの番号でいえば71号と72号である.
 昭和59/1984年に東北編の“奥の細道”が出て以来,なんと25年もかかってしまったことになるが,とにかく北海道から九州まで,非電化で旅客営業を行なっている私鉄の各線を網羅した文献としては,他に例を見ない大巻となったこのシリーズ.僕が纏めを担当するようになったのは平成12/2000年の“丹波の煙 伊勢の径”と題した近畿地方編から.その3年後に“北陸道 点と線”として北陸編をまとめ,さらに7年を経て,ようやくゴールに到達したわけである.
 この間に世の中の情勢や環境は大きく変化した.いわゆる神戸の大地震は,湯口さんのお仕事上も毎日の生活にも大きな影響があったのは間違いない.そして,“北陸道”の後書きに登場し,その後増殖を続けつつある“鎌鼬(かまいたち)”は,湯口さんの意気を喪失させる重大な事件だった.そんなこんなの要因があって,“次から次へと…”というわけには参らなかったのである.

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本日,見本が出来あがってきた“黒潮と小さな汽車の通い道”と題するレイル71号の表紙.写真はいわずと知れた静岡鉄道駿遠線の,俗称“蒙古の戦車”.

“まえがき”の文中に《編集部の度々(などというものではなかった)のご督促》などと書かれてしまったが,これは恥ずかしながら事実であって,お目にかかるたび,電話でお話しするごとに,“東海編はいつになりますか”と申し上げ続けてきた.“まえがきの表現,もう少しなんとか……”とお願いを校正の時にしてみたのだが,遂に修正していただけなかった.それほどに僕の“催促”は身に堪えられたのだろうか.大先輩に対して申し訳ない次第だけれど,ただひたすら,早く世に出したいという願望の顕れであると,ここで釈明しておこう.

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71号の本文写真から,やはり“蒙古の戦車”DB609が牽く列車.

意外なことに,駿遠線の車輛が詳細に語られるのは,湯口さんによれば今回が初めてのことだそうだ.あれだけの大私鉄でありながらと思うが,湯口さんの原稿を読むほどに“それも無理はないわなぁ,と思うようになった.変遷流転改造が著しく,よほどの執念がなければ,全貌を語ることは無理なのだった.そのすべてを,間もなくお読みいただけることになる.12月20日過ぎの発売をお楽しみに.

駿遠線以外では,大井川鉄道の井川線,遠州鉄道の奥山線,東濃鉄道の笠原線を収録している.東濃鉄道は,湯口さんらしからず,たった一度の訪問に終わったそうで,最後ままで“いれるの,止めますか?”と問われ続けたが,“それでは画龍点睛を欠きます”とお願いして,入れていただいた.機関車を大井川鉄道井川線から譲り受けているという繋がりもあるし.地域的には題名の“黒潮”とは全く無関係だが,多治見付近を流れる土岐川の水は庄内川を経て伊勢湾に流れ込み,やがては黒潮に溶け込んで…….

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遠州鉄道奥山線 奥山駅の風情.この路線がどのように成立して,相当な輸送量があったにも関らずあっさりと廃止されてしまったのはなぜか.湯口さんの原稿を読んで,初めて信実を知った.

駿遠線が上巻と下巻に分断されてしまっているのだが,全体のボリュームのバランスを見極めた結果であるとご理解いただければ幸いである.

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下巻の表紙の最終校正状態.“のどか”とはちょっとイメージの異なるラッシュアワーの情景を,あえて表紙にした

上巻下巻とも定価は本体3,800円+税(=3,990円).どうぞよろしくお願いします.

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暮れの慌ただしい時期,皆様いかがお過ごしでしょうか.編集部は目下新年号の追い込みで昼も夜もない戦闘状態ですが,つかの間の息抜きでもしないと窒息死 しかねないので,(ムリヤリですが)私の米国型プラ貨車のストックのなかから,お手軽なキットをひとつ引っぱりだしてみました.
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写真はウォルサーズ−プロト2000で数年前に発売された52'6"ミルゴンドラ.側面は魚腹型に中央が垂れ下がり,妻面が差込み式(Drop End)になっていて,長尺物を積む時には取り外しできるのが特徴.実車は1940年,イリー鉄道向けに製造されたのを皮切りに大量産され,戦後のゴンド ラカーの典型的スタイルとなりました.
 製品は“TIME-SAVER-KIT!”と箱に謳っているくらいですから,組立てる箇所も少なく楽なもの.床下のブレーキ配管などは組立済みとなっていて,カプラー・台車をネジ止めして床板・妻板・手摺りを接着すれば完成です.
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私はゴンドラカー好きというのもありますが,この製品は塗装済の積み荷が付属しているのが面白くて食指をそそられたというのもあります.積み荷は何種類かあ り,写真のニッケルプレートでは巨大な歯車が二個付属していますが,他にもガーダー橋の側面らしきものや換気ダクトなどがあります.
 さっそく組 み上がったところで積み荷を載せて机上に置いていたら,“これってゴミが載ってるの?”(確かにこのタイプのゴンドラカーはスクラップを載せている写真を 良く見ますが…)とか,“そのカラシレンコン載せてる貨車は何なんだ”とか,周囲からの散々なお言葉.確かにこの積み荷,ちょっと塗装が錆色過ぎますけど ね…
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前回に引き続き,2007年の旅を振り返ってみたいと思います.
2007年1月1日(月)のルートは
東京6:04のやまびこ41号で盛岡→大館(花輪線)→青森(583系かもしか)→上野(寝台特急あけぼの)です.

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7:00頃,新幹線の中から初日の出を拝む.車内では歓声があがって,みんな写真を撮っていました.やまびこ41号はほぼ満席に近い状態.この時は窓際の席が取れなかったので.あいているデッキまで移動してなんとか撮影しました.
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盛岡からは,余命いくばくもない,国鉄型気動車で大館まで.車体のキズが痛々しい・・・(撮影:盛岡)
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この年は雪が少なくて,松尾八幡平でもごらんのとおりです.
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大館駅で名物駅弁「とりめし」(出来たてで,暖かかった!)を食べたあと,583系の「かもしか」で青森まで.(撮影:青森)

青 森では約3時間の待ち時間があったので,青函連絡船を見に行ったり,駅で列車の撮影をしていました.ちょうど,函館からのスーパー白鳥が到着したのです が,デッキまで人でぎゅうぎゅう詰めです!ほとんどが「正月パス」利用者だと思いますが,この切符が多くの人に浸透していることを物語っていました.

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正月パスの2日目ルールを利用して,寝台特急に乗車して東京まで帰ります.
  あけぼの号に連結されているゴロンとシートは正月パスのみで利用でき,別途追加料金がかからないので,とってもオトクです.だた,指定席はとりにくく,前 日まで何度かみどりの窓口に通いましたが,上段しかとれませんでした.でも元日,大館駅のみどりの窓口で下段が空いているか見てもらったところ,空いてい たので,寝台を変えてもらいました.直前まであきらめないことが大切ですね.
 今回の行程は国鉄型車輛ばかり乗り継ぐ,花輪線がキハ110系に換わってしまった今となってはとても貴重なルートでした.

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