モデラーな日々 とれいんスタッフブログ

月刊とれいんスタッフの,模型と格闘していたりしていなかったりする日々をお送りします.

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本日、JR東日本寝台特急「カシオペア」「北斗星」用の新型電気機関車EF510-500の報道公開がありました。場所は田端運転所構内で、同時に 現役牽引機関車のEF81と「北陸」「あけぼの」用の牽引機関車であるEF64-1000もヘッドマーク付きで並べての公開でした。
この5機関車の並びの実現は、我々報道関係は午後の公開でしたが、午前中は旅行の企画で一般向けの機関車撮影会があり、その後に報道向けという手順のようでした。
ここの所天気に恵まれていませんでしたが、今日はなんと青空広がる良い天気。まさにブルートレインの青い空です。
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左からEF510-501,EF81-99[カシオペア],EF81-97[北斗星],EF64-1032[あけぼの],EF64-1031[北陸]でした。EF510-501にヘッドマークが無いのが残念。(笑)

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公開の時に配られた資料。EF510-500のイラストに注目。カシオペアのカラーリングも公開しました。

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一線に並んだ大宮方の反対側の上野方。比較表を見るとそれぞれの車体の長さで、EF510は19460mm,EF81は18600mmとなっています。こう見るとやっぱりチョット長いんですね。

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最後はEF510側からドーン!!! かっちょいい!!

これはいち早くにお届けしたいと思い、いつもは土曜日担当の松本(ま)ですが、臨時運行いたしましたです。デハ。

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本日3月1日,JR東日本の大宮総合車両センターで,第1回目のC61 20復元作業報道公開が行なわれた.そこで,本誌3月号のMODELERS FILEでお約束した通り,その時の様子をさっそくお伝えする次第.
 なお,いつもより長いです.ご注意ください.

見学は,定められた順路に従ってテンダーから.台車もセットで運び込まれたのが,ほぼそのまま新幹線高架下に置かれていた.増炭板は搬出時に撤去されており,整備のポイントは炭庫・水タンク内への(おそらくは)重油タンクの新設や,ATS-Pや列車無線など保安関係機器搭載スペースの確保であり,その設計が進められているところなのだろう.

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テンダーは運び込まれた時のままのようだったが,背面のナンバープレートは取り外されていた.どうみても複製品であり書体も異なっていたから,正しい書体やサイズで復元されるのだろう

続いて車体C棟内で進められている,足廻りやキャブの整備状況見学.この建物は,かつての機関車職場に隣接している.JR東日本では機関車の検査業務を秋田の土崎工場…秋田総合車両センターに集約したので,大宮に機関車が入場することはほとんどなくなったので,以前は電車や客車専門の職場だったここに同居しているのだろう..そういえば天井走行クレーンが大型化されている.これなら重い機関車も吊り上げることが可能だ.
 ちなみに元の機関車職場はJR貨物の大宮車両所として,同社の電機やディーゼル機の検査だけを行なうようになっている.
 さて,今日のC棟には,D51 498も分解された状態で鎮座していた.シーズンオフを狙って施工中の,中間検査だそうである.まさか21世紀の大宮工場…総合車両センターで,2輛もの蒸機が同時に検査を受けている光景を目の当たりにできるとは,思いもよらぬことであった.

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中間検査を受けるD51 498.上下は分離せず,足回りは車輪を抜いてチェックや削正,軸受けの調整整備が行なわれる.シリンダーの傷の検査やクリアランス調整も重要な作業.天井クレーンは増強されていた.向うの床上にはC61のキャブが.その向うにはD51のテンダーが.まるで蒸気現役時代にタイムスリップしたような情景だった.

D51の左右には,抜かれた車輪や取り外された軸箱などの部品が整然と並べられ,奥にはテンダーが.その手前,機関車との間にはC61のキャブが鎮座している.その奥にはC61の車輪や先台車,従台車が置かれて整備を待っている.こんな情景,40年前までは日常だったけれど,今では夢のような…….
 C61のキャブ右側には,チョークでナンバープレートの輪郭が描かれていた.オリジナルの位置に移動するのだろうか.そういえば,腐蝕した外板を補うために施工された当て板は,どのぐらい修復されるのか,それも興味あるところ.

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普段ならまったく目にすることができない,先台車の台車枠.各部分の板厚が,モデラーの目には心細いほどに薄いのが判るだろう.16番はおろか,0番あたりでも,本当のスケールダウンは難しいのである.そのあたりをどう処理するか,これがモデラーにとって,永遠にセンスを問われ続けるところだろう.

そして最後でありハイライトでもあるのが,ボイラーと主台枠.なんと屋外で,上下合体した状態で見ることができたのだった.
 これは,もっとも大きなブロックであるこのふたつの部分全体に高圧スチームを吹きつけて塗装や錆を落とすという作業が,屋内では難しかった結果だろう.作業時は四方も天も覆って蒸気や熱気,塗料粉や錆などが飛散しないように配慮されていた.
 しかし,見せていただいたのは,それらの覆いを全部撤去した状態.折りしも曇天であり,これらの状態を撮影観察するのには絶好のコンディションだった.塗装が剥がされたおかげで,刻印をよく読み取れなかった右側クロスヘッドが,C61 24のものであることが確定できた.
 なお,ボイラーは,数日以内に大阪のサッパボイラ社に移送され,そこで秋までかかって整備を受けることになっている.

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やや後方から見た,ボイラーと主台枠.塗装などが全部落とされているので,主台枠も白っぽくなって,形状やディテールがよく判る.
なお,この写真だけは,いつもより大きいサイズでアップしています.クリックして驚かれませんように…….

主台枠とボイラーが接するのは,シリンダーブロックの他,罐胴部の3ヵ所の承け,そして火室前後の6ヵ所だけれど,シリンダーブロック部以外は,ボイラーが熱で膨張した時に長さ方向に逃げる工夫がなされているのがよくわかった.本当に貴重なシーンだった.仕事とはいえ,このような機会が与えられ,本当に嬉しい半日であった.

ということなので,今回は,ちょっと長くなってしまった.でも,まだまだ紹介したいカットがたくさん得られた.誌面でも,さらに順次紹介してく予定なのでお楽しみに.

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京成電鉄創立100年を記念して昨年登場したリバイバルカラーの3300系.青電,赤電,ファイアーオレンジの3色が活躍していますが,沿線に暮らしていながらなかなか写真が撮れません.
 なにしろ,常々実車を撮ってらっしゃる方々でさえ“共通運用だから待っていてもいつ来るか分からない”らしいので,能動的に“今日は来るまで待ち伏せてやる”と身構えないと捕まりません.
 下の写真は昨年7月に駅のホームで撮った“青電”ですが,この時は向かいの電車に大急ぎで飛び乗ったので,ドア横の100周年ロゴしか撮れませんでした.
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通りすがりに京成津田沼駅の引き上げ線にいるのは何度か目撃していたのですが,後からカメラを持って戻るともう居なかったり.
 というわけで(前置きが長くてすみません),先日の深夜に帰宅中,電留線に停まっているのを発見してようやく撮れたのが下の写真です.
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終電後で照明もない場所だったので多少ブレてますが,赤電と青電が仲良く並んでいると何だか嬉しくなります.唯一残った京成顔の3300系も,今や4連が数本残るのみとなりましたが,少しでも長く活躍する姿が見られると良いですね.
 さて翻って我が京成電車です.昨年12月号の“紙成模型塾”で作った750形はその後塗装まで行ったのですが,調合して塗ったにもかかわらず,何だか芋虫みたいな色になってしまいました.特集記事で正しい青電の色は… と色々語った手前,大いに不満の残るところです.さて,塗り直すべきか…
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西武池袋線沿線住人としては,事務所のある江古田のほかにも,観察し続けるべきポイントがいくつかある.その一つが石神井公園駅高架化.さる2月7日の始発から池袋方面行きが高架線に移動した.その直前情報は西原がすでにお伝えしているわけで(しかも2回にわたって!),なんとなく概要はつかんでいたつもり.
 でも気になっていたのが,その1回目の末尾にある“側壁は大部分がガラス張りで美しく、見晴らしも良いですが、その手前には無粋な鉄柱が・・・これに広告を取り付けるのでしょうが、そうすると全体の2/3程度は看板で視界が遮られてしまいます。残念ですが、背に腹は代えられないですね。”
という部分.
 せっかくのガラス張りなのに広告枠で塞いでしまうとは何ごとゾ.と,いうわけで,ちょっと見つけた仕事の合間に,開業後の西武鉄道池袋線石神井公園駅見学会を,たった一人で敢行してきた次第.
 その結果はといえば,写真でご覧の通り.懸念したほどには,ガラスは塞がれていなかった.ほっ.

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高架になった石神井公園駅の池袋方面ホーム北側のガラス壁.よく晴れて空気が澄んでいる日には北関東の山々を望むことができそうだ.

これだけの観察ではつまらないので,地上ホームの所沢方面行きの様子や,“廃線”となった,地上の池袋方面ホームや線路も観察し,撮影してきた.

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そのうちの1枚がこれ.架線はもちろんのこと,古レールの宝庫だった跨線橋もすっかり姿を消してしまった地上部分.古レールにはいろいろ貴重な銘が含まれていたと記憶するが,少しは保存されたのだろうか.

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これは地上ホームから大泉学園方面を見た場面.かつてはこの画面の右側に貨物側線があって,毎日のように旧型電機(英国製が多かったような気がする)が待機していて,バラスト列車を担任していたものだ.

さて,最初に記した,我が地元駅である江古田.こちらは1月9日から改札口が跨線橋上に移動した.こちらも跨線橋は解体の真っ盛り.階段はすべて跡形もない.当然ながらホーム上屋も新調されるのだろうから,古レールの運命やいかに,である.

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江古田駅の所沢方面行きホーム.画面上部左右に幕が掛けられているのが旧跨線橋.一際白い覆いの部分が階段のあったところ.ホーム上屋はまだ健在だが,ホーム本体が更新されつつあるのに注目.昨年12月20日ごろには,ホームの番線表示も変更された.

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立て続けに書きます(笑)。オークションで落札した椅子を取りに青梅まで行ってきました。

自宅の趣味&仕事部屋に置いてある自分用の椅子は嫁が結婚と同時に実家から持ち込んだもので、それを長年使っていました。これは木の風合いが良く出て見た目は良いのですが、いかんせん背もたれが直角にそそり立ち、座面は硬いため、長く座っているとお尻と腰が痛くなります。

〆切前、自宅に籠もることが多い私としては、これに代わる椅子を手に入れる事は急務でした。編集部で使っている椅子は業務用のものですが、体にフィットして疲れません。自宅でもこれが良いなぁ、と値段を調べたらびっくり・・・ 90年代前半のブラスの電機が買えるぐらいの値段がするんですね。微妙な例えですが・・・

そんなお金、プライベートで出せるわけありません。そこでオークションで中古の椅子を探していると、7~10万円程度の椅子が、数千円~1万円程で手に入ることが分かりました。これならなんとかなる! でも、椅子は大きいですからね。配送料がかかります。それで引き取りにいけるエリアに絞った結果が青梅の出品者だったのです。同じ多摩地区とはいえ、青梅は25km以上離れているので、ちょっと遠いのですが日曜の昼間なら1時間+αで着きそうです。

2月21日、朝11時の待ち合わせに間に合うべく車を走らせます。途中渋滞もなく、10時40分には青梅駅の手前1kmまで近づくことができました。すると突然、道路が封鎖されているではないですか! 警官に尋ねると「今日は青梅マラソンだよ。駅には近づけないから」とのこと。「ええ~、目的地は青梅駅のロータリーの近くなのにー」「ああ、残念だったね」「・・・・・・」

そんなやりとりをしながら仕方なく、青梅駅の北側の山道から駅に近づこうとしました。しかし、その道にも↓のような看板が・・・
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どうやらこの道の先も封鎖されているようです。なんでよりによって今日なのか・・・ 途方に暮れていると横に機関車らしきものが置いてあることに気がつきました。
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もしかして、ここが青梅鉄道公園?多摩地区に10年近く在住しながら、青梅鉄道公園にはまだ行ったことがなかった私(恥)。偶然にも遠回りで公園前に来てしまいました。
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「青梅鉄道公園といえば5軸動輪の巨大タンク機E10があるよなぁ」と思っていたら、いきなり目の前にありました! タンク機にしては確かに大きい。ボイラー径はC62といっしょですから当たり前です。梅の花もほころび良い感じだったので1カット撮りました。そうだ、青梅は梅の名所でもあるんです。歌川模型の店主、故・歌川勝吉氏も毎年青梅マラソンに参加していたとか。こんな陽気ならマラソンも良いかもな。でも、例年はもっと寒いよな。
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・・・などと思いながら、周囲を歩いていると、公園の向かいの石垣に御岳山ケーブルカーの案内がありました。ケーブルカーは一昨年、旧車体さよならイベントをやりましたね。こちらも行ってみたい気分にもなりましたが、「そうだ、今日は椅子を取りに行くんだった」

はっと我に返り、通行止めのポールのある場所まで行き、椅子は無事、受け取ることができました。その日は午後、実家(埼玉東部で青梅から60km先)に行く用事があったので、中に入ることはできませんでしたが、青梅鉄道公園が気になります。今度、時間を作ってじっくり園内を回ってみたいと思います。

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