先週に続いて岡山で見つけたも.それは,題名の通り西大寺の鉄道の遺構.もっとも,その探索が目的の訪問ではなかったから,ほんの断片の紹介に過ぎないが.
この西大寺鉄道の遺構というのは,長い間,ほぼ全線にわたって多く存在していて,約12キロという適度な路線長もあいまって,廃線跡めぐりの恰好の題材となっていた.
それだけではなく,“バケット”つきの半流線形気動車キハ7や西大寺市駅,財田駅の本屋も,同鉄道の後身である両備ホールディングスによって,西大寺市内に保存されているし,客車と貨車も岡山市内の池田動物園に保存されている.今年の春には誕生100年を祝う企画展が西大寺で催されたし,両備ホールディングスでは特設サイトも公開している.
もっとも,廃止されてから相当の時間が過ぎてしまった現在では,失われつつある遺構が少なからずあるらしい.
そんな中,213系電車を撮るためにロケハンしていたところ,赤穂線の線路沿いに“不自然にカーブや勾配が緩い道”を見つけることができたのは,ラッキーであった.

赤穂線の線路上から見えた,“不自然にカーブや勾配の緩い道”.道路両脇が植込みとなっているのがますます異様.考え込むことなく西大寺鉄道の廃線跡であることが解った.

その怪しい道.これだけ整備されていたら,もう失われてしまうことはないだろう.前方に赤穂線が見える.
その場所は,赤穂線でいえば53キロポスト付近の,西大寺と大多羅の間.西大寺鉄道の駅でいえば広谷付近ということになる.この区間は,歩行者と自転車の専用道として整備されていたのだった.

広谷駅跡.駅前?には保育所がある.通う幼児たちは,かつて存在していた小さな汽車のことを教わるのだろうか.ここは牧野俊介さんの写真集“自転車に抜かれたコッペルたち”の表紙を飾った駅でもある.この写真は,牧野さんの写真の反対側,後楽園方面を望む風景である.
それにしても,ほとんど初めて訪問した赤穂線の沿線だったが,昔ながらの田園地帯も残ってはいるものの,宅地開発の勢いも強く,ちゃんと整備されているところ以外の廃線跡は,さらに消滅してしまいそうである.せめて記録保存されることを願いたいものである.

廃線跡の両脇に迫る住宅の群.道路として使われている区間を除けば,遠くない未来,多くは住宅に呑み込まれてしまいそうだ.
最後に,モデラーにとってもっとも手近に西大寺鉄道の廃線跡を観察できる,とっておきの方法をお教えしよう.それは,“とれいん”の広告をご覧いただいて,岡山模型店を訪問すること.なぜならば,お店のすぐ裏を西大寺鉄道が走っていたのだから!















