間もなく発売される,とれいん3月号のMODELERS FILE用写真撮影のため,1月は東京近郊の東北本線に何度か出掛けることになった.纏めて1日で済む撮影ではなかったので,他の用事と掛け持ちで,大宮駅北側と東十条駅南側にしばし佇むことになった.
大宮駅北側の橋は大成橋といい,知る人ぞ知る大宮工場…ではなく大宮総合車両センターウォッチの好ポイント.この日は事故でダイヤが乱れていたため,目的の列車がいつ来るのか,ちょっと見当がつかず,ちょっとヤキモキしたのだけれど,なんとか定刻に姿を見せた車輛を捉えることができた.
その列車の時刻まで,もちろん手をこまねいて待っていたわけではなく,やってくる列車にカメラを向けるのを,僕が忘れるわけがない.

最初は,初めて見る20フィートの私有コンテナU31A-585.所有はアクロストランスポート
アクロストランスポートとは,あまり耳に馴染みのない会社名だが,ファッションメーカーであるオンワードの子会社として,衣料関係ファッション商品輸送のために発足,昨年には大手運送会社センコーの子会社になった会社だという.平成13/2001年から,内部にハンガーラックを設け,内張りを絨毯張りとした特殊構造の20フィートコンテナを保有している.写真のU31A-585は近年になっての増備分らしい.同種の会社としては“Fashon Service Car”という文字を大書した浪速運送が永年の実績を持っている.

次は,EF81 134に牽かれて到着,構内入換機OM-2によって引き上げられる211系4輛.高崎方先頭車がクモハ211-3026というところから,高崎車両センターに配置されていたA26編成のようである.
かつて高崎線の主役だった211系も引退して久しいが,多くは各所に疎開留置されていて,昨年からは大宮総合車両センターで整備を受けつつあり,順次,古巣の高崎車両センターで現役復帰を果しつつある.いよいよ高崎の115系も最後が見えてきたようである.
そして2週間ほど後の東十条.駅南側の十条跨線橋では,思いもかけずEF81が牽く“カシオペア”に遭遇したりもしたが,僕にとっての収穫は,平成20/2008年にお目見えした,JFEスチールの12フィートコンテナU19A.Nゲージでも製品化されているから,モデラーにもおなじみの存在といえよう.積み荷は岡山県水島の西日本製鉄所倉敷地区で生産される特殊鋼.行先は全国各方面.所有は水島臨海通運.

四周に描かれたイルカが特徴.お堅いイメージの会社の優しいデザイン.妻板のイルカにはなかなかお目に掛かることができない.この日はU19A-916,947,953に出会うことができた.916以降950番代まで,全部で50個ほどあるようだ.
この十条跨線橋,いつもの土木学会がまとめて公開している“歴史的鋼橋集覧”によれば,昭和6/1931年に架橋されたものだが,元を辿れば旧日本鉄道で使われていた鉄道橋なのだそうだ.しかも,かつてここで話題にした,今は亡き新鶴見操車場に掛かっていた江ヶ崎跨線橋のものと同形とのこと.トラス橋そのものの製造年は歴史的鋼橋集覧に拠れば1895年で製造所は英国のCochrane(コクラン).

コンクリートの欄干が邪魔をして全貌を望むのは難しいが,自分の目の高さで古い錬鉄製ピン結合のポニーワーレントラスを細部まで観察できる現物は多くない.そういう意味で貴重な存在.

橋の下には東北本線と並行して道路がある.そこから見上げれば,下部構造も観察することが可能.ちなみに径間は99フィート(約30m)だそうである.画面左側に突き出している鋼材とその上の床板は,増設された歩道部分.
東十条ではもうひとつ,京浜東北線北行きホームの上屋の柱が輸入レールの見本市状態.残念ながら閉鎖されてしまった“古レールのページ”によれば,英国のBARROW STEEL,B V& CO LD,米国のCARNEGIE,ILLINOIS STEEL,MARYLAND,TENNESSEE,そしてUNIONが揃っていて,しかも古いものは1888年のBARROW,新しいものでもUNIONの1906年だという.仕向け先も鉄道作業局から日本鉄道,そして中国鉄道…….
今ではペンキの塗り重ねによって,大部分の銘がが判読不能となってしまっているが,いつでもどこでも読みやすいUNIONの他,何本かはCARNEGIEなども読み取ることができた.

古レールで作られた構造物は,素材の歴史的価値もさりながら,その造形の妙に大きく惹かれる.画面左側の南行きホームは,すべて通常のH形鋼だった.
このところチャンスを得られなかった諸々の観察を,少しばかり果たすことができて,ちょっと幸せだった,今年1月の下旬であった.
大宮駅北側の橋は大成橋といい,知る人ぞ知る大宮工場…ではなく大宮総合車両センターウォッチの好ポイント.この日は事故でダイヤが乱れていたため,目的の列車がいつ来るのか,ちょっと見当がつかず,ちょっとヤキモキしたのだけれど,なんとか定刻に姿を見せた車輛を捉えることができた.
その列車の時刻まで,もちろん手をこまねいて待っていたわけではなく,やってくる列車にカメラを向けるのを,僕が忘れるわけがない.

最初は,初めて見る20フィートの私有コンテナU31A-585.所有はアクロストランスポート
アクロストランスポートとは,あまり耳に馴染みのない会社名だが,ファッションメーカーであるオンワードの子会社として,衣料関係ファッション商品輸送のために発足,昨年には大手運送会社センコーの子会社になった会社だという.平成13/2001年から,内部にハンガーラックを設け,内張りを絨毯張りとした特殊構造の20フィートコンテナを保有している.写真のU31A-585は近年になっての増備分らしい.同種の会社としては“Fashon Service Car”という文字を大書した浪速運送が永年の実績を持っている.

次は,EF81 134に牽かれて到着,構内入換機OM-2によって引き上げられる211系4輛.高崎方先頭車がクモハ211-3026というところから,高崎車両センターに配置されていたA26編成のようである.
かつて高崎線の主役だった211系も引退して久しいが,多くは各所に疎開留置されていて,昨年からは大宮総合車両センターで整備を受けつつあり,順次,古巣の高崎車両センターで現役復帰を果しつつある.いよいよ高崎の115系も最後が見えてきたようである.
そして2週間ほど後の東十条.駅南側の十条跨線橋では,思いもかけずEF81が牽く“カシオペア”に遭遇したりもしたが,僕にとっての収穫は,平成20/2008年にお目見えした,JFEスチールの12フィートコンテナU19A.Nゲージでも製品化されているから,モデラーにもおなじみの存在といえよう.積み荷は岡山県水島の西日本製鉄所倉敷地区で生産される特殊鋼.行先は全国各方面.所有は水島臨海通運.

四周に描かれたイルカが特徴.お堅いイメージの会社の優しいデザイン.妻板のイルカにはなかなかお目に掛かることができない.この日はU19A-916,947,953に出会うことができた.916以降950番代まで,全部で50個ほどあるようだ.
この十条跨線橋,いつもの土木学会がまとめて公開している“歴史的鋼橋集覧”によれば,昭和6/1931年に架橋されたものだが,元を辿れば旧日本鉄道で使われていた鉄道橋なのだそうだ.しかも,かつてここで話題にした,今は亡き新鶴見操車場に掛かっていた江ヶ崎跨線橋のものと同形とのこと.トラス橋そのものの製造年は歴史的鋼橋集覧に拠れば1895年で製造所は英国のCochrane(コクラン).

コンクリートの欄干が邪魔をして全貌を望むのは難しいが,自分の目の高さで古い錬鉄製ピン結合のポニーワーレントラスを細部まで観察できる現物は多くない.そういう意味で貴重な存在.

橋の下には東北本線と並行して道路がある.そこから見上げれば,下部構造も観察することが可能.ちなみに径間は99フィート(約30m)だそうである.画面左側に突き出している鋼材とその上の床板は,増設された歩道部分.
東十条ではもうひとつ,京浜東北線北行きホームの上屋の柱が輸入レールの見本市状態.残念ながら閉鎖されてしまった“古レールのページ”によれば,英国のBARROW STEEL,B V& CO LD,米国のCARNEGIE,ILLINOIS STEEL,MARYLAND,TENNESSEE,そしてUNIONが揃っていて,しかも古いものは1888年のBARROW,新しいものでもUNIONの1906年だという.仕向け先も鉄道作業局から日本鉄道,そして中国鉄道…….
今ではペンキの塗り重ねによって,大部分の銘がが判読不能となってしまっているが,いつでもどこでも読みやすいUNIONの他,何本かはCARNEGIEなども読み取ることができた.

古レールで作られた構造物は,素材の歴史的価値もさりながら,その造形の妙に大きく惹かれる.画面左側の南行きホームは,すべて通常のH形鋼だった.
このところチャンスを得られなかった諸々の観察を,少しばかり果たすことができて,ちょっと幸せだった,今年1月の下旬であった.