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観光電車の先輩,900系“きらら”(左)と並んだ“ひえい”732号車
以下12点 修学院車庫 2018-3-7 全写真撮影:山賀 一俊


京阪電鉄の接続駅である出町柳駅を起点に,八瀬比叡山口駅までの5.6kmを走る叡山本線と,その途中の宝ヶ池駅から8.8km先の鞍馬へ向かう鞍馬線の2路線からなる叡山電鉄(以下,叡電).同社が所属する京阪グループでは,京都市中心街から八瀬,比叡山を介して坂本,びわ湖に至る観光ルートの活性化を図る施策に力を注いでいる.京都側の足となる叡電では,その切り札として900系(デオ900形2輛編成×2本)による展望列車“きらら”以来20年ぶりとなる観光用車輛“ひえい”を2018年3月21日(水)にデビューさせることとなった.現車はこのほど完成.営業運転開始に先立つ報道公開が3月7日(水),修学院車庫にて催された.ここではその様子をお届けする.
 叡電の二つの終着点,比叡山と鞍馬山の持つ荘厳かつ神聖な空気感や深淵な歴史,木漏れ日や静寂な空間から感じる大地の気やパワーなど,“神秘的な雰囲気”や “時空を超えたダイナミズム”といったイメージを“楕円”というモチーフに置き換え,車体内外の至るところに表現されたというそのデザインは,大胆のひとことに尽きる.前面はゴールドで塗装された板金のオーナメントが天地一杯に配され,遠巻きにも見ても存在感を放つまた,700系初のスカートが新設された.一方シックなダークグリーンに塗装された側面に,乗務員扉以外すべての窓も縦長の楕円になっている.中央立ち席の大窓をアクセントとし,その左右に配される窓下のストライプは比叡山の山霧をイメージしたとのこと.HIEIのロゴマークは大地から放出される気のパワーと灯火を抽象化した比叡山の山霧をイメージしたSpiritual Energy(スピリチュアル・エナジー)の意が込められているという.前尾燈はLEDが導入された今ドキの仕様で,行先表示は和文のメイン表示の下にローマ字,中国語,ハングル文字が入れ替わり立ち替わり表示される.

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楕円をダイナミックに顔で表現.FRPではなく板金による手の込んだもの.衝突安全性も考慮した構造で,700系列初のスカートも装着

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前照燈はLED.その下はSpiritual Energyの意が込められたHIEIロゴマーク

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尾燈も特徴的に点燈.行先表示は和文のほか,サブとしてローマ字,中国語,ハングルが入れ替わるように表示される

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サイドビューは乗務員扉以外,すべて刷新された.比叡山の山霧をイメージしたという腰部のストライプが窓下左右に伸びる

客室も袖仕切りのつかみ棒などに楕円をイメージさせる曲線デザインが取り入れられるが,色調は全体的に落ち着きのあるシックな印象である.座席はバケットシートだが,ゆったり感がありソフトな座り心地が乗客から喜ばれることだろう.照明には叡電の車輛では初めてLEDダウンライトを採用し、非日常感の演出に一役買っている.また,八瀬比叡山口駅方の出入口付近に車椅子・ベビーカースペースを1ヶ所を設けるなど、バリアフリー対策も充実している.中央立ち席の大窓部には,腰掛け替わりのクッション入りパッドも配され,立ち客にも優しい.

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窓という窓はすべて楕円になった客室.袖仕切り部分のつかみ棒も楕円をイメージしたデザインを採用した.座席はバケットだが,座り心地はソフトで上質だ

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客窓のピラー部が座席のヘッドレストになっている巧みな設計

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これはドアではなく,車体内外の特徴である中央立ち席部分を客室側から見たところ.子供も大人も開放感あふれる車外の景色を楽しめ,かつ腰掛け替わりのクッションも装備

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乗務員室間仕切と,広々とした出入口部分を見る

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車椅子・ベビーカースペース部分.格納式シートも備わるツーウェイ仕様となっている

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運転台廻りの機器は基本的に種車のまま

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改造は川崎重工業が担当.こんなところにもロゴマークがお出まし

 “ひえい”は新造ではなく,1988年に武庫川車両工業で製造された単行用電車700系デオ730形732を種車に,川崎重工業で大規模なリニューアル工事による生まれ変わりである.改造前の同車は2013年9月21日~2017年5月17日の間,車体片面をパトカー,もう片面を機動隊用大型輸送車のデザインを模した“PATRAIN(パトレイン)”として運行されていたのは記憶に新しい.新造後30年による延命のための車体更新を兼ねた改造だが,構体で流用されたのは台枠と骨組み,乗務員扉部開口部の外板を残して全て一新され,なおかつ前頭部は丸ごと切断して衝突安全性に優れた新前面に換装するなど,足廻りと乗務員室機器,屋上のクーラーキセなど以外(ただしパンタグラフは菱形から下枠交差型式PT48Eに,台車は京阪1810系由来FS310から空気バネ式KW31に交換),改造前の面影はほとんど残っていない.
 山と水と光の廻廊~京都市中心部から比叡山・びわ湖へ続く観光ルートの引き立て役としてはもちろん,普通運賃のみで乗車できるため,沿線民の日常の足としても末永く愛される車輛となることだろう.

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700系在来車の離合.右は種車732と同型のデオ730形731号車で,叡山本線開業90周年記念として開業当時のデナ1型をイメージしたダークグリーン塗装の“ノスタルジック731”として運行中 
一乗寺-修学院