中央本線国立の駅に降り立つのは何年ぶりだろうか.記憶をたどってみれば,どうやら2016年夏以来のことのようである.用件は“脱線しにくい台車”の取材だった.
 成果はブログではなく同年9月号のCoffee Cupに《“脱線しにくい台車”への興味》と題してレポートしている.
 “技術フォーラム”という催しは,鉄道総合技術研究所が毎年開催している成果発表の機会であり,過去にもなんどか訪問して……るはずなのだが,どうやら2010年8月26日付けのここで“鉄道総研 技術フォーラム2010”と題して記しているのが,唯一のようである.意外にも.
 その時にも数々の興味深い展示があったのだが,今読み返してみると,なんだか尻切れトンボのようなレポートになっている.なんで?と思い出してみたら,展示の多くは撮影がかなわなくて,文字だけでは実像を伝えきれないとして,あきらめてしまった結果だったのだろうか.
 今回は,燃料電池電車R291系や高速車両試験台の公開も行なわれるとのことで,かつてにも増して魅力的.そこで,広報担当の皆さんや,実際に研究を担当している方々のご協力とご理解を得て,趣味的にも興味深い,いくつかの展示の撮影を,この取材のためにご許可いただいた.ありがたいことである.

最初は,なんといっても燃料電池電車.完成して走行風景が公開されたのは2006年9月29日のことだった.当時のメインカメラはまだニコンF4で,サブで持っていったコンパクトデジカメではクローズアップしか撮影していない.
 以来13年.車内に鎮座していた燃料電池や電力変換装置はほとんどすべてが床下に移動し,跡地には腰掛が取り付けられた.
 台車は変更されていないが,変換裝置も燃料電池も小型軽量化の上で性能も向上した.動力軸は1台車2軸から2台車4軸に増えて編成出力は460kWから690kWになった.
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R291系の外観.手前がクヤR291-1で奥がクモヤR290-1.クヤの床下には燃料電池モジュールと高圧水素タンクを取り付けている.

今回の更新を担当したのは京王重機整備で,機能面のみならず台車なども整備してかつては色が異なっていた台車も塗り直したそうである.車体のストライプ類も真新しい.
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クモヤR291の電力変換装置.補助電源装置も一体に組み込む方式.燃料電池チョッパ装置とともに東洋電機製造製である.他にリチウムイオン蓄電池もクモヤに取り付けている.
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普通の電車のような風景になった客室.
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運転台で新しいのは右手に設けられた燃料電池や電力変換装置のための操作パネル.

二番目に興味津々だった高速車両試験台.はるか昔には大井の石炭試験所にあった…などというのは,もちろん文献と写真でしか知らない.国立へ移転してからの初代も,1990年に完成した,最高時速500kmまでの試験を実施することが可能だという新しい試験台も,そのつもりでじっくりと観察するチャンスは,これまで残念ながら得られていなかったのだ.
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試験台の全景と,載せられた新幹線サイズの車輛.コンパクトデジカメのパノラマ機能を使って撮影したものである.
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駆動装置とその周辺.車輛の第二は“HITACHI”のプレートが見える.画面右手の大きな箱はフライホイール装置.

さて,興味と関心は車輛だけではない.燃料電池電車のすぐそばに,なんとも見慣れない線路があった.
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継目板がない! しかもこれまでには考えられない,遊間.特許出願中だというのは,当然のことだろう.

地域鉄道に適したロングレール軌道構造…なのだそうだ.列車に乗っていて聞こえてくるレールの継目を通過する音は,旅情を掻き立てるものだけれど,保線の人々には苦労の種である.それを解消するためにはロングレール化がもっとも効果的な手段である.けれど非常なコストがかかる.それを解決するために考案されたシステムの一部が,これ.最大13cmの遊間を持つ継目を,これまでの伸縮継目の替わりとすることが可能なのだそうだ.四角い大きな板でレールの左右動を抑え込むことで乗り心地を確保し,騒音も低減できるとのこと.模型のレイアウトでギャップを切った部分のレールがリアリティに欠けるという指摘は,過去のものになるかもしれない.
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なんという間隔の広い枕木.かつての簡易線規格でもこれほど広くはない.訊ねたら,約1mあるそうだ.

併せて道床のバラストにセメントを添加して横方向への抵抗力を増すことによって,安定性は確保できるのだそうだ.
 東京近辺でいえば八高線北部から中部にかけての列車密度と重量ならば適用できるようである.
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軌道といえば,災害により被害を受けた盛土や擁壁を,いかに効率よく復旧するか,という研究も進められている.大きな土嚢を積んで刈り復旧して,それから土嚢を撤去しながら本復旧というのは二度手間である,だから,かご枠を積んで仮復旧し,本復旧に際しては,かご枠を埋めこんでしまうことで復旧完了までの時間と費用を大幅に減らすことができるとのこと.

最近の盛土や擁壁の復旧というか補強工事では,コンクリートの型枠による補強やモルタルの吹きつけが多いように思う.確かに工期の面でも費用の点からも,それらが一番なのかもしれないが,どうも趣味的には美しくない.ということで石積み壁の補強用として開発されたというネットも展示されていた.
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これがそのネット.目の粗いのはピッチ50mm,細かいのは40mmとある.なにより色が派手ではないから自然の径間に融け込みやすいし,鋼線ではなくポリエステルだから錆びることはない.既に各地で使われはじめているというが,もっと普及してくれれば…….

まだまだある.例えば,コンクリート製信号機柱の製造年代を推定する方法,などという展示もあった.もちろん歴史研究のためではない.柱の老化度から取り替えの必要性を判断する手掛りとして,である.けれど,この展示で知ったのは,信号機の柱にコンクリートが使われはじめたのが昭和10年代であること,1/100のテーパがある柱は1958年以前の製造であること,それ以降は1/75であること…….実物の観察とともに,模型レイアウトの年代設定に役立つのではないだろうか…….

時間が経つの早い.あっという間に,帰らなければならない時刻がやってきた.多くの,見ることができなかった分野を残したまま.

この催し,写真撮影はできないけれど,鉄道の技術に興味と関心のある人ならだれでも参加可能である.明日(30日)も9時半から17時まで…設備の公開は10時から16時30分まで行なわれている.興味と関心のある方は,どうぞ!

所在地は東京都国分寺市光町二丁目8番地38.国立駅北口から徒歩約7分である