1月に発刊のレイルNo.113.巻頭は道東に走っていた雄別鉄道の思い出グラフ.レイルでは初めての宮内明朗さん撮影のカラー写真は貴重である.
続いて,奥山道紀さん提供による,雄別鉄道とその関連車輛の形式図(竣功図表)がずらりと並ぶ.機関車はもちろんのこと,気動車や客車,そして貨車に至るまで80枚!取捨選択に頭を悩ませるよりは,全部お目にかけた方が,ずっと後世への記録として価値の高いものになるだろうという考えからの,というより,とにかく,僕自身が,“なにか寸法の入った絵図”が大好きだということの,結果である.その分,一部は縮尺が小さくなってしまったけれど,そこだけ,ご勘弁いただければ幸いである.
気動車の色にあわせて塗り分けられた木造客車.当時のファンはどのように感じていたのだろうか.半世紀以上を経た現在でも,奇抜に思えることは間違いないだろう.雄別炭山 昭和38/1963年9月28日 写真:宮内明朗
続くのは,石屋川周辺と兵庫駅を中心とする神戸市電.その昭和20年代の姿である.紹介してくださったのは高見彰彦さん.主に生地健三さんのアルバムから構成されているが,その撮影場所の現況も丹念に訪問し,文献も参照しながら,撮影場所の特定やの周辺の建物の素性などを解明されている.いつものことながら,鉄道趣味における歴史探訪の王道を行く楽しみ方といえよう.
昭和25/1950年頃の新開地交叉点.停まっているのは,日本版のバーニーセーフティーカーともいえる400形.背景の“千代田銀行”は,財閥解体で改名した三菱銀行のこと.扉に兵庫支店と記されているので,場所の特定そのものは難しくない例といえよう.写真:生地健三
同じ場所の現況.建物は2度の改築を経ているが,銀行としては三菱UFJ銀行兵庫支店として健在である.平成30/2018年3月20日 写真:高見彰彦
高見さんは,“神戸市電今昔風景”だけでなく,数少ない神戸市電の保存車から1155と1103の2輛にスポットライトをあてて,その様子も紹介されている.前者はせっかく修復されたのに台風で大きな被害を受け,その行く末が案じられた車輛.後者は広島電鉄から里帰りした車輛なのだが,つい最近になって,片側の前面を神戸時代の姿に復元したとのだという.このような例は,小田急のSE車こと3000形などに前例はあるものの,極めて珍しい保存方法といえるだろう.しかし僕は,高見さんと同じく,この方法は“あり”だと思う.
広島電鉄での最終期の姿をそのまま残した,北側の前面.平成31/2019年2月1日 写真:高見彰彦
神戸時代の姿が復元された南側の全面.方向幕の縮小と復元だけではなく,増設分の尾燈を撤去して車号板を元に位置に戻すなど,念が入っている.この整備の企画を担当した人の熱意と周囲の理解に,敬意を表したい.御崎公園 写真:高見彰彦
そして3番目は荒井友光作品集.3回目は名鉄電車である.戦争中の昭和16~18/1941~1943年に掛けて撮影されたもので,よく許可されたものだと思うとともに,フィルムをどのように入手されたのか,大いに気になるところである.
3550形3554.名古屋鉄道の書類では,昭和22/1947年にモ3554として竣功したことになっている電車である.電装品の不足により艤装がかなわず,とりあえず完成した車体を納入して輸送に就いたものという.乗務員扉の脇に見える検査標記の日付けが気になるところである.神宮前 昭和17/1942年 写真:荒井友光
すべての写真は,関係者の了解を得ての撮影だったのだろう.しかし,それでも周囲の状況が気になったのだろうか,手ぶれのほか,傾いてしまった写真も少なからず存在した.いつもならば垂直を取り直して割り付け作業するのだが,そうすると電車の一部が欠けてしまう…ではどうずればよいのか……名古屋レール・アーカイブスの皆さんと議論を重ねた末,一部は電車が傾いたまま掲載するということに落ち着いた.それによって,当時の雰囲気を身近に感じ取っていただくことができるかもしれない,というのも,この結論に至った,ひとつの理由である.実際に手に取って見ていただければ幸いである.
ということで,絶賛発売中のレイルNo.113である.電車ファンにも蒸機好きにも,そしてモデラーにも…鉄道がお好きならば,どなたにも楽しんでいただける1冊.どうぞお手許に!
そして続くNo.114は4月下旬に発売される.こちらもお楽しみに!
……という,今日のブログの執筆を準備していたら,とんでもないことに気づいてしまった.なんと,昨年10月に上梓したNo.112のご紹介が,まだ,だったのである.近いうちに,改めてぜひ!
続いて,奥山道紀さん提供による,雄別鉄道とその関連車輛の形式図(竣功図表)がずらりと並ぶ.機関車はもちろんのこと,気動車や客車,そして貨車に至るまで80枚!取捨選択に頭を悩ませるよりは,全部お目にかけた方が,ずっと後世への記録として価値の高いものになるだろうという考えからの,というより,とにかく,僕自身が,“なにか寸法の入った絵図”が大好きだということの,結果である.その分,一部は縮尺が小さくなってしまったけれど,そこだけ,ご勘弁いただければ幸いである.
気動車の色にあわせて塗り分けられた木造客車.当時のファンはどのように感じていたのだろうか.半世紀以上を経た現在でも,奇抜に思えることは間違いないだろう.雄別炭山 昭和38/1963年9月28日 写真:宮内明朗
続くのは,石屋川周辺と兵庫駅を中心とする神戸市電.その昭和20年代の姿である.紹介してくださったのは高見彰彦さん.主に生地健三さんのアルバムから構成されているが,その撮影場所の現況も丹念に訪問し,文献も参照しながら,撮影場所の特定やの周辺の建物の素性などを解明されている.いつものことながら,鉄道趣味における歴史探訪の王道を行く楽しみ方といえよう.
昭和25/1950年頃の新開地交叉点.停まっているのは,日本版のバーニーセーフティーカーともいえる400形.背景の“千代田銀行”は,財閥解体で改名した三菱銀行のこと.扉に兵庫支店と記されているので,場所の特定そのものは難しくない例といえよう.写真:生地健三
同じ場所の現況.建物は2度の改築を経ているが,銀行としては三菱UFJ銀行兵庫支店として健在である.平成30/2018年3月20日 写真:高見彰彦
高見さんは,“神戸市電今昔風景”だけでなく,数少ない神戸市電の保存車から1155と1103の2輛にスポットライトをあてて,その様子も紹介されている.前者はせっかく修復されたのに台風で大きな被害を受け,その行く末が案じられた車輛.後者は広島電鉄から里帰りした車輛なのだが,つい最近になって,片側の前面を神戸時代の姿に復元したとのだという.このような例は,小田急のSE車こと3000形などに前例はあるものの,極めて珍しい保存方法といえるだろう.しかし僕は,高見さんと同じく,この方法は“あり”だと思う.
広島電鉄での最終期の姿をそのまま残した,北側の前面.平成31/2019年2月1日 写真:高見彰彦
神戸時代の姿が復元された南側の全面.方向幕の縮小と復元だけではなく,増設分の尾燈を撤去して車号板を元に位置に戻すなど,念が入っている.この整備の企画を担当した人の熱意と周囲の理解に,敬意を表したい.御崎公園 写真:高見彰彦
そして3番目は荒井友光作品集.3回目は名鉄電車である.戦争中の昭和16~18/1941~1943年に掛けて撮影されたもので,よく許可されたものだと思うとともに,フィルムをどのように入手されたのか,大いに気になるところである.
3550形3554.名古屋鉄道の書類では,昭和22/1947年にモ3554として竣功したことになっている電車である.電装品の不足により艤装がかなわず,とりあえず完成した車体を納入して輸送に就いたものという.乗務員扉の脇に見える検査標記の日付けが気になるところである.神宮前 昭和17/1942年 写真:荒井友光
すべての写真は,関係者の了解を得ての撮影だったのだろう.しかし,それでも周囲の状況が気になったのだろうか,手ぶれのほか,傾いてしまった写真も少なからず存在した.いつもならば垂直を取り直して割り付け作業するのだが,そうすると電車の一部が欠けてしまう…ではどうずればよいのか……名古屋レール・アーカイブスの皆さんと議論を重ねた末,一部は電車が傾いたまま掲載するということに落ち着いた.それによって,当時の雰囲気を身近に感じ取っていただくことができるかもしれない,というのも,この結論に至った,ひとつの理由である.実際に手に取って見ていただければ幸いである.
ということで,絶賛発売中のレイルNo.113である.電車ファンにも蒸機好きにも,そしてモデラーにも…鉄道がお好きならば,どなたにも楽しんでいただける1冊.どうぞお手許に!
そして続くNo.114は4月下旬に発売される.こちらもお楽しみに!
……という,今日のブログの執筆を準備していたら,とんでもないことに気づいてしまった.なんと,昨年10月に上梓したNo.112のご紹介が,まだ,だったのである.近いうちに,改めてぜひ!
※2020.04.03:レイルNo.112紹介へのリンク追加