昨年の台風19号では,各地の鉄道が大きな被害を受けた.去る7月23日に全線での運転を再開した箱根登山鉄道や,この冬に新しい桁を掛けて運転再開を目指す上田電鉄も,そのうちのひとつである.
 JR東日本の水郡線も,橋桁が流され橋脚が傾くなどによって,10月13日から不通となった.
 水郡線といえば,昭和初期まで8700形が本線列車を牽いており,当時の趣味人に注目されたこともある.また40年代中頃までDD13が牽引する客車列車が運転されていて,冬季は古い暖房車ホヌ30が使われていたことが記憶に残るファンもおられることだろう.
 僕はといえば,昭和52年の暮れだったか翌年の初めだったか……日立電鉄に残っていた旧相模鉄道の電気式気動車を電車化したモハ13の採寸と撮影に行った時の往路,常磐線の水戸から常陸太田まで載ったのが最初だったと思う.
 その後はなかなか縁がなくて,次はずっと後の平成19年…2007年の2月,キハ100系の置き替え用として新型車キハ130系が投入された折り,片運転台のキハE131とキハE132を見せてもらうために常陸大子の水郡線営業所を訪問するまで,30年の時が流れることになる.
 それからさらに13年半が経った先月,久し振りに沿線に立ち寄ることができた.とはいえ,残念ながら主な目的は別にあり,沿線観察は何ヵ所かの“つまみ食い”に限られた.

それらの中で,僕の気持ちでは“真っ先”だったのが,袋田と常陸大子の間に架かる,第六久慈川橋梁である.
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左岸の上流から見た工事現場.これまでは6基の橋脚が立っていたのが,1基になる.桁は,下路トラスとなるようである.
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同じ左岸の下流側に架か道路橋から見た工事現場全景.JR東日本水戸支社が発表している完成予想図ではトラス桁は緑色に塗られることになっている.
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手前が真新しい橋台.右が旧来の橋台.水面からの高さを,これまでより大幅に確保していることが解る.古い橋台は,古いといっても昭和2/1927年の開業だからコンクリート製である.橋脚は石積みだったようだが.
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そして,唐突に途切れた線路.約1年の間に線路脇の枝や葉が覆いかぶさるように大進出した.

このブログのテーマにしようと思っていた矢先の11月20日,JR東日本水戸支社から,これまで2021年夏とされていた運転再開時期を,20201年3月末まで繰り上げると発表があった.喜ばしいことである.余談だが,水戸支社はこれまでhttp://www.jrmito.com/top.htmlという独自ドメインによるサイトを維持してきたが,12月10日には本社サイトに統合されるとのこと.ちょっと残念.

さて次は常陸大子.ここには営業所が置かれ,転車台や古いプレートガーダーを活用した跨線橋があった.その様子を見ようというわけである.
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改札口から見たホーム上屋と跨線橋.ホーム上屋は木と新しい鉄骨の折衷.跨線橋の骨は古レールである.そして桁はどこから転用されたのか下路式のポーナル桁が健在だった.
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18メートルと思しきバランスト型上路桁の転車台も見ることができた.帰宅後に見比べてみれば,塗装は更新されているけれど,Hゴム支持窓の近代的な牽引車も,13年前と同じであるように見える.本当に転向するためだけの転車台だから,使用頻度は高くなさそうである.
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最後にお目にかけるのは,前回見掛けた記憶が薄い,廃コンテナ利用の倉庫.JR化後に新製されたコンテナですら倉庫になっている現在,貴重なC10である.それも各表記までオリジナルのまま.梅田-汐留間専用という標記まで読み取ることができる!末長く活用して欲しいものである.

と,いうことで,今回は車輛が全く登場しないエントリとなった.たまにはこういうのも悪からじ…おたのしみいただけただろうか.