東京では高輪地区の再開発工事が盛んに行なわれている.
 その高輪地区というのはなにか,といえば,田町電車区と品川客車区と東京機関区の跡地をまとめて再開発しようという企てで,その一環として高輪ゲートウェイ駅が開業した.そのための大規模な線路移設と仕上げ工事の模様は,昨年11月21日のここでお伝えした.
 その文中に
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そういえば今回の線路切り替えによって,明治時代の高輪付近鉄道風景として有名な,海面に築かれた築堤を行く線路が,姿を消したことになる.
 その築堤の途中に架かる鉄橋の名残りであり,低すぎるガードとして一部で有名な高輪橋架道橋も,新駅整備と周辺再開発の影響で姿を消すとか消さないとか…….
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と記している.確かに線路は失われたのだけれど,構造物が土の中に埋まっていたのだそうだ.そのことが12月7日にJR東日本から発表された.
スライド1
遺構が発掘されたポイントを示す地図.まさに高輪ゲートウェイ駅の真ん前である.写真:JR東日本
DSCN6230
線路切り替え前の,品川と田町の間.画面左手に見えるのが高輪ゲートウェイ駅の大屋根だから,まさにこのあたりの地面下から出土したということのようである.2019-8-1

僕の手許にある古い古い写真の中に,“芝金杉”とメモされたプリントがある.
2-007
機関車はテンダーとキャブの一部しか写ってない.おまけに逆光なので,客車の様子も,よく判らない.1輛目は小型の荷物車のようにもみえるが.テンダー機関車だということは,撮影年代は明治20年代のようにも思えるが,線路は単線なのか複線なのか…….所蔵:前里 孝

芝金杉が,金杉橋周辺のことだとすれば,今回の発掘場所からは離れている.けれど,改めて確認してみたら,実は汐留を出ですぐの辺りから品川の直前ぐらいまでずっと海上築堤だったとのこと.だとすれば,昨年切り替えが行なわれなかった区間…現在の浜松町駅から田町駅あたりの地中には,まだ遺構が眠っている可能性がある.
 そうならば,昨年11月に記した“海面に築かれた築堤を行く線路が,姿を消した”は,誤認識だったということになる.すみません.
写真2
今回リリースに添えられた写真のうちの“写真2”.単線を複線に改築したようには見えないが,かといって単線にしては少し幅が広いような気もする.写真:JR東日本

リリースの末尾には“一般の方を対象とした見学会を計画しています”という一節がある.ぜひとも参加して,この目でこの遺構を確かめてみたい.いつのことになるのだろうか.実現したら,“レイル”ででも,ずっと気になっている原宿駅のことも含めて,詳しくお伝えしたいと思っている.楽しみが,また,増えた.

※2020.12.14追記:JR東日本のウェブサイトで一般見学会の要領が発表された.トップページの画面を下のほうへスクロールしてゆくと[ニュースリリース]のセクションが現れる.それの12月10日の上から3番目に掲載されている.またはトップの[企業・IR…]をクリックし.[企業情報]の[ニュースリース]をクリックすることでも到達することができる.