とれいん1月号の“BOOKS”でご紹介した新刊である.
 出版元は東京堂出版. 明治23/1890年の創業で,文学書から歴史書,民俗,宗教,実用……と,手広く,そして手堅く書籍を刊行している出版社である.15年ほど前からは鉄 道趣味書も手がけており,10年前には,広田尚敬さんのデジタル写真撮影術“デジタルカメラを生かす鉄道写真”なるタイトルも発行されている.その関連書 籍としては,“鉄道フォーラム”を主宰する伊藤博康さんの筆による,“トレインビューホテル”流行のきっかけともなった“鉄道ファンのためのトレインビューホテル”もあったりして,ジャンルはさまざま.

しかし,それにしても今回のタイトルは異色である.いや,タイトルだけならそれほど不思議でもないし,これまでにも,全体あるいは地域ごとに日本が関与した鉄道を考察した出版物や論はあった.

この書では,台湾に始まり北上を続けて樺太まで…そして最後には一気に再南下して南洋諸島へ.
 日本が“実質的に統治”した地域に建設,そして運営された鉄道について述べているのだけれども,驚かされたのは,その内容が鉄道本体に留まっていないこと.
 とりわけ,僕が,この本ではじめて得た知識は“通貨”と“時差”.
  前者は,いわれてみればなるほどと思うところも少なくない.軍政下にあっては世界的に軍が発行する“軍票”がその時のその地域での通貨の代用となる,とい うのは,ずっと以前から知ってはいた.ただ,具体的な運用についての説明を読んだのは,初めて.もちろん,経済関係の歴史書を繙けば,専門的にしっかりと 解説されているのだろうけれど,いつもお話している通り,“なんでもかんでも鉄道を軸に廻り続けている”僕にとっては,なかなか手を拡げることができるも のではなかった.

そして,恥ずかしながら,全く初めて知ったのが,時差.それも,常識的な1時間単位ではなくて32分とか26分とか,どこ でどのように計算すれば,こんな数値が出てくるの?と思う半端さ……多分,経度15度単位で1時間という原則を無視して1度単位で設定したのだろう…….


前里-20160122
大日本帝国の海外鉄道 表紙.満鐵の委嘱画家によって描かれた,大正時代の長春駅の情景.四六判 344頁 ISBN978-4-490-20911-2 定価:本体2,000円+税

著 者の小牟田哲彦さんは昭和50/1975年のお生まれだというから,これらの鉄道について,“日本時代”はもとより,日本時代の面影を残していた時代,に 触れるチャンスも少なかったはずである.それなのにといってよいのかどうか,判らないけれども,実に緻密に調査しておられることに感服するとともに,その 文字遣いに,とても感心したことである.
 例えば現在,“満洲”は,日本では,よくて“満州”,多くは“中国東北部”と記される.満洲というの は,そもそも民族名に端を発する,固有名詞なのだから,少なくとも歴史的記述においてまで,違う字や言葉を充てるのはおかしいわけである.さらに小牟田さ んは,“読み”についても出来る限り調査の上で,それぞれの時代での読み方を示されている.これも,後学の者にとっては,とても助かることである.

この本では,“鉄道を軸にして諸方面に関心を拡げ…”という,僕の趣味の楽しみ方が,見事に展開されている.展開の手法などについての意見や気持ちは,まったくさておいて,文句なく,おすすめの一冊.