“駅弁”である.ここの読者ならば,子供のころから今までに,一度も体験したことはない,というような方は,まずあるまい.

 定番の幕ノ内にはじまり,特産品を活かした,その地域ならではの特殊弁当の数々に思い出や思い入れのある方が,ほとんどだと思う.
  各地をめぐるようになった昭和40年代半ばの僕にとってはでも,駅弁とは“贅沢品”の範疇に入る食事であった.コンビニエンスストアなど影も形もなかった あの頃,早朝の駅売店で紙パックの牛乳といくつかの菓子パンを仕入れたら,それが夕方までの食べ物の全て,などということが少なくなかった.
 唯一,乗るたびに欠かすことなく買い求めていたのが,深夜の鳥取駅でのかにめし.もちろん冬から春にかけての季節限定.このことは,今年4月16日のここ,“吉田健一の“汽車旅の酒”を読んだ”でも触れた.
 今回の東日本鉄道文化財団旧新橋駅鉄道歴史展示室での企画展では,宇都宮が発祥とされる(近年は異説もあるそうだが)駅弁の歴史をはじめから説き起こし,“掛け紙”と呼ばれる包み紙や,切って離すことのできないお茶の容器…土瓶のバリエーションで,その文化を振り返り,考察されている.

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展 示室を入ってすぐに概要説明というのは定石として,その隣に掲げられた日本地図には圧倒される.なにを示しているのかといえば,日本全国明治 28/1896年から大正末までの期間に駅弁を販売していた駅なのだという.今となっては“え?この駅で駅弁”という駅名も少なくないが,当時の旅事情を 考察すれば,きっとその必然性が浮かび上がることだろう.

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この一角では,国府津の東華軒に残る古文書から,大正期の立売用弁当入れなどの図や心得書きを展示.ケース内には明治期の掛け紙がずらりと並ぶ.

この国府津駅も,今では駅弁の需要はなさそうだけれど,この駅が“箱根越え”への東の入口だった時代には,機関車交換などで長時間停車があった.そのあたりは,かつての企画展“特急“燕”とその時代展”で詳しく語られていたのを思い出す.平成21/2009年のことである…もう6年が経ったのだなぁと,ちょっと感慨にふけってみたりして…

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二 次元の掛け紙に比べ,三次元のお茶容器…汽車土瓶は,やはり展示映えがする.壁面に掲げられた写真は,汐留駅跡から出土した汽車土瓶の山.全国各地からの 旅の果てに棄てられ,埋まった土瓶たちである.手前は陶器製の弁当容器たち.中央奥のガラス瓶は大正の一時期,お茶の容器として使われたが,持ちづらくお 茶の色の見栄えが悪いなどで短期間で姿を消したのだという.

陶器の弁当容器や汽車土瓶たちは,汐留だけではなく,全国各地から発掘されている.単に処理が間に合わなかったのではなく,蒸気機関車の火床整理に活用されたのではないかという説が,図録で紹介されている.

さて,汽車そのもの展示が全然出てこないじゃないかとおっしゃる,そこのあなた.ちゃんと,貴重な写真が何枚も展示されているから,ご安心を.

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昭 和の駅弁風景.画面左は昭和31/1956年の風景らしいが,僕にいわせれば,まったくぜいたくな少年である.この少年が汽車好きだとすれば,いまでは超 ベテランの域に達しているわけだが.2枚めは昭和35/1960年の山陰本線だというから,キロ25だろうか…….3枚目は北海道でのキハ16にまとわり つく駅弁売りたち.そして奥が雪の高岡駅でお茶を売る人たち….背後のスチームが時代を物語る.

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こちらは明治大正期の3点.手前の1点は大正期の宇都宮駅.8620の横,線路上に駅弁売りが写っている.あとの2点は明治期で,上は大宮駅らしいが,下の1点がよくわからない.僕は初代大阪駅ではないかと思うのだけれど……

小 ぢんまりと,でも密度濃く仕上がった企画展……いや,ここの企画展は,いつも密度が濃くて,ついつい滞在時間が長くなってしまう.そしてその感激は,これ また丁寧に纏められた図録のおかげで,いつまでも手元に留め置くことができる.今回もその例外ではない.展示品が紹介されているだけでなく,各年代の時刻 表から作製したという弁当販売駅一覧は,貴重な労作.まさに圧巻.頒価は税込みで1,000円.観覧されたら,ぜひお求めを.

会 期 2015年12月8日(火)~2016年3月21日(月)
会 場 旧新橋停車場 鉄道歴史展示室
〒105-0021 東京都港区東新橋1-5-3 電話 03-3572-1872

開館時間 10時-17時(入館は閉館の15分前まで)
休館日 毎週月曜日(ただし祝祭日の場合は開館で翌日休館 年末年始は12月28日~1月4日まで休館 及び2月27~29日は臨時休館)
入場料 無料

注:展示室内は撮影禁止です.ここに掲載した写真は,事前に東日本鉄道文化財団の許可を得て撮影したものです.

※2015.12.25:一部語句修正