11月14日,JR東日本尾久車両センターの一般公開に行ってみた.
かつて尾久客車区と呼ばれていた頃,初めて…昭和46/1971年春だったと思う…車窓から構内を垣間見たときには,新旧取り混ぜた客車がぎっしりと“詰め込まれ”ていて,その合間にキハ81の先頭車が“紛れて”いた.
それから幾歳月.品川客車区の廃止に際して九州・山陰夜行特急の客車も移管されたりしたものの,現車は引き続いて品川をベースに運用されていたため,構内
は徐々に隙間が拡がっていくことになる.僕にとっては,この区間の東北本線列車を使う機会が少なくて,半年とか場合によっては1年近くも構内を眺めること
なく過ごすことが多いものだから,余計に前回の印象との落差が大きいのかもしれない.
この客車区の一般公開は,毎年秋の恒例行事となっていて,例えば昨年10月号の“北斗星特集”でも,一部の車輛写真は公開行事の際に撮影された写真を提供していただいたりしている.
僕も,一度は行ってみたいと思いつつ,なかなかチャンスがなくて……でも今年ばかりは.なぜならば,次回開催時期の来年秋には“カシオペア”ですら通常の運転を終えているわけで.
僕にとっての最大のお目当ては,もちろん,これ.手前のE259系“N'EX”がいなければ…などと思うのは,一部のひねくれものだけかもしれないが.
この日,“カシオペア”編成は,札幌で上野へ向け発車するための整備中.でも,非常用の電源車であるカヤ27 501は,ちゃんと展示されていた.

実は,この客車をじっくり眺めるのは初めてのこと.改造落成時の報道公開では,なぜだか都合がつかなくて,その後もこの車輛が充当されている姿にも遭遇することがなかったから.妻板の銘板の数が,この客車の来歴の複雑さを物語っている.
この日は生憎の雨模様で,来場者の数はそれほど多くなく,主催者側には残念の一言だったと思うが,ゆっくり車輛を観察したい,僕のような来場者にとっては,或る意味好ましい環境であった.

高崎のオハニ36 11.じっくりと眺めるのは久し振り.妻板の列車無線アンテナは,車掌と指令との連絡用で,北斗星用オハネフも同様.
個
人が自由に車輛基地を訪問して車輛観察や撮影が可能だったのは,もうずっと昔のこと.だから,このような一般公開は,モデラーにとっても,車輛と親密につ
きあうことができる恰好のチャンス.実際,僕と同じ思いの何人もの来場者が,床下機器や台車の細部写真を熱心に撮影されていた.
この旧形客車のすぐ横では,電車線技術センターの高所作業車がゴンドラに来場者を乗せるデモンストレーションを実施しており,“屋根上が撮影できる!”と思ったのだけれど,“お子様に限ります”とのことで,がっかり.
機関車展示はEF510-509とEF65 501,EF65 1118,DD51 842,そしてEF81 81.EF81 81は,1エンド側が日章旗で,2エンド側には“ゆうづる”のヘッドマークを掲げて転車台上を回転させるいう凝った演出だった.

転車台上のEF81 81.日章旗の交点には菊のご紋章ならぬJRマークが.これはこれで,サマになっていた.
名残惜しくも会場をあとにして向かったのは田端駅.田端運転所の機関車留置線の様子を眺めるのが目的.JR貨物の機関車滞泊が隅田川に移った今では,滞泊機関車の数が激減しているのは承知の上で.

田端へ向かう途上で見つけた建物.尾久車両センターの敷地内で現役.壁面は近代化されているが,妻の形が,時代を物語る.もとは煉瓦造りだったのか……尾久客車区の歴史から繙いてみる必要がありそうだ.どなたか,来歴をご存知ないだろうか.
ということで,天候にもかかわらず,楽しい土曜の午後だった.次に,こんな楽しみができるのは,いつのことになるだろうか…….え?お前はいつだって仕事じゃなくて楽しんでるだろうって?それは…….
