先週のここで“この夏も,実にいろいろなできごとがあった”と記した.
 その中には,関東地方では重大な影響を及ぼした,鬼怒川の決壊を招いた大雨という“事件”も,もちろんのこと,含まれている.
 この洪水では,関東地方の幾つもの鉄道で少なからぬ被害を被った.東武鉄道では橋桁が流失したり,土砂が流入したり流出したりした.野岩鉄道では東京電力の送電線が切れた影響で電気運転ができず,上三依塩原温泉口と会津高原尾瀬口の間で会津鉄道の気動車による代行運転が続いている.関東鉄道では常総線の多くの区間で本線が冠水,水没したばかりでなく,水海道の車輛基地が浸水するという事態に陥った.現在もなお,水海道と下妻の間はバス代行運転であり,11月3日に予定されていた水海道車両基地の公開も中止となった.
 千葉の小湊鐵道でも,月崎と上総中野の間でバス代行運転が実施されている.
 しかし明るい話題もあって,昨日の朝には,小湊鐵道の五井機関区構内で“小湊里山トロッコ号”の鉄道趣味誌向け報道公開が実施された.列車そのものの概要は,既にとれいん10月号のCoffee Cupでお伝えしているから,ご承知の方も多いだろう.
 僕にとっては,実際にはどんなプロポーションの機関車が完成して,ロッドやバルブギヤーをどのように再現しているのかという,構造的な面でも興味津々で,きのうの朝,久々に内房線の客となったのだった.

客 車は,前後が窓ガラス付の普通タイプで,五井方は形式からも判る通り運転台付き.機関車が先頭に立つのは上総中野方面行き列車だけで,五井方面行きは推進 運転となるわけである.“蒸機で推進運転?”と首を傾げる方がおられるかもしれないが,実はドイツあたりでは大都市近郊の通勤列車で制御客車からの遠隔操 作によって蒸気機関車での推進運転は日常的に行なわれていたから,なんらの不思議はないのである.

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列車の五井方先頭車クハ101.この車輛を含め,客車は全部2軸車.“快適な”ボギー車とはせず,あえて2軸車であるのが,潔い.スタイルも,なんとなく巧 く纏められていて,僕は悪くないと思う.小湊鐵道気動車の標準色も,なんだか妙にお似合いだ.2,3輛目が展望客車ハテ101とハテ102,機関車隣が緩 急車ハフ101.機関車とともに北陸重機製である

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片隅式の運転室(左)と,展望車室内(右).マスコンは独特の形の横軸式でブレーキ弁は通常の縦軸式.腰掛けは小湊鐵道で原型を作った木製.室内燈は電球色 のLED.天窓には強化ガラスを使っている.冷房はなく,雨天時用のガラスの入った窓枠も,あえて用意されていない.編成定員は144名.

さ て機関車だが,プロトタイプである小湊鉄道4号機のイメージを巧く模したデザインで,ボルボのディーゼルエンジンは罐胴内におさめられ,日立製のパワーシ フトトランスミッションを介して第1動輪と第3動輪にドライブシャフトがのびる.第2動輪はフランジレスであり,機関車形式の“DB”からも“動輪”は第 1軸と第3軸であることがわかる.輪心部には真鍮色のリングが見えるなど,安全確保のための複雑なシステムが組み込まれていることがうかがい知れる.
 ロッドとバルブギヤーは動輪のかいてんとシンクロして動作する.残念ながらラジアスロッドは上下しないようだが.一方ではドレンコックからは,演出のために空気を吹きださせることも可能.
  上回りでは,安全弁こそ実によく形態が再現されたダミーであるものの,蒸気ドーム左側の汽笛は,同社で保存されているB10形から移植した“本物”.エ アーで吹鳴するが,実に心地よい音色である.併せて電気機関車用のAW2空気笛も併設されており,必要に応じて使い分けるそうである.
 蒸気ドーム隣りの砂箱からのびる砂撒管はダミーであり,第2動輪前後にはパイプはない.しかし!第1動輪の前には,急勾配区間での空転防止のため,本物の砂撒管が設けられている.
 前照燈下にはカメラが取り付けられており,キャブ内のモニターで,前方視界を確認することができる.

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構内を前進するDB4.やや腰高ではあるものの,実によく“コッペル”のイメージを再現しているといえよう.

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キャブ内.こればかりは蒸気機関車の再現というわけにはいかず,眺めはディーゼル機関車そのもの.けれど,ダミーとはいえ目の前に見える安全弁やタービン発電機が雰囲気を盛り上げてくれる.
中央窓の左下に見えるのが前方視界確保用のモニター.

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実に清々しい青空の下,ボランティアたちが機関車や客車の整備をしている周囲に,訪れたファンが群がる保存鉄道風景…ではなく,ここは小湊鐵道五井機関区. 据え付けられているのは“小湊里山トロッコ”編成であり,整備するのは本物の小湊鉄道の人たち,群がるのは各出版社取材陣である.

こ の写真でもっとも注目すべきは,全開状態のサイドタンク側面.各機器の点検蓋となっているのである.煙室の中も,吐出管ではなく,発煙装置と発煙材のタン ク,コントローラーがおさめられている.この機関車の設計陣は,本当に“模型ごころ”豊かな人たちなのだろう.心から敬意を表する次第.

さ て,小湊鐵道では現在,路線の復旧作業に全力を挙げており,その完了には10月末頃まで掛かる見込みという.従って,運転ダイヤに準じた本線での試運転の 開始はその後のこと.計画では11月から営業運転を開始することになっているが,まずは無事の全線開通を祈りたい.晴れて上総の里山を走るこの列車の姿を 夢見ながら…….