2020年春の答申から同年9月30j日付官報告示を経て国指定重要文化財となった“京都電気鉄道電車(京都市交通局二号電車) 明治四十四年、梅鉢鉄工所製”について,1冊丸ごと京都市電北野線”というレイルNo.116を刊行したのは同じ年の10月だった.
 そして12月24日付けのここで,そのレイルNo.116の紹介と企画裏話を披露しているのだけれど,その中で,“正直なところ,今だからいえることだが,不安がないわけではなかった”と記している.
 いや,今にして思えばこれは,かなり控えめな表現であって,“不安がイッパイ”というのが,本当の本音であった.
 編集作業の最後の最後まで“販売政策上の抑えとして,別のテーマをひとつかふたつ,合わせて掲載しようか”などという考えが,僕の頭の中で渦巻いていた.
 本を作るというのは,この仕事に何十年携わっていても,世に出してみなければ反応が解らないもの.お蔭様で“レイルとしては”まずまずの結果を得ることができたのは,本当に幸いなことであった.

今回の鉄道友の会島秀雄記念優秀著作賞受賞対象は,小野田滋,加藤幸弘,遠藤晃一,大菅 直の四方の共同執筆である“京都電気鉄道電車 京都市交通局2号電車について”である.
 僕自身は,その稿とともに,回りを取り巻く,いろんな方々の写真なども,実のところ一体のものではないかとも思っているけれど.
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堀川通りを北上中の6号電車.撮影は大西友三郎さん.N電…京都電気鉄道研究の泰斗として忘れることのできない方である.写真や資料は福田静二さんがしっかりと引き継いでおられる.写真:大西友三郎


その成果を得ることができたのは,無茶でわがままで厚かましい僕のお願いを,本当にやさしく受けとめてくださった皆さんのご協力とご厚意の賜物であること,いうまでもない.心から感謝しています.
 そして,それらの成果を評価してレイルNo.116をお求めくださった,大勢の読者の方々にも,もちろん,お礼を申し上げます.ありがとうございました.
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北野線廃止の最終日を待たずに引退したためか,2号電車の現役時代の写真探索には,本当に多くの人々の手を煩わせてしまった.No.116刊行時点では,田野城喬さんが探し出してくださった中村進一さん撮影の,昭和20年代か30年代前半撮影と思われるこの写真ともう1カット,大正時代の京極小学校前,昭和10年頃の杵屋栄二さん撮影写真の4点が確認できただけだった.中村さんは,昨年,残念ながら亡くなられたとのことである.写真:中村進一

“京都市電北野線…N電”は,その後も新たな人々とのご縁を,僕に与えてくれた.
 そのひとつが,京都市主催の展覧会とその企画への協力である.
 直接的には昨年の春に京都市交通局関係の簿冊…古文書…が京都市の有形文化財に指定されたことに始まったことである.
 その企画の中で,京都市文化財保護課のみなさんとのやりとりがあり,6月18日にスタートした展覧会は,COVID-19騒ぎの影響を受けて途中休館を挟みながら12月5日まで延長開催となった.
 結果として,会場となった歴史資料館としては最高の数字を記録したとのことで,とにかく喜ばしいことであった.僕にとっては,自分が撮影した写真を展示していただくという,具体的なお手伝いもできたのが,嬉しいことであった.
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“2号電車の現状”ということで展示していただいた,平安神宮での保存状態の写真.地元の方ならいつでも撮影できるだろうと思うのだが…….大正時代の2号電車と並べての展示というのが,なんとも晴れがましかった.

そしてこの有形文化財指定と展覧会,さらに,現役時代の2号電車の写真が新発見されたことから,レイルNo.119の第2テーマ“京都市電北野線廃止から60周年”へと繋がるわけである.時間的な制約から,一度は挫折しかけたのだけれど,“無理無茶”をお願いして執筆していただいたお蔭で,主電動機の取り替えと運用面から見た戦後のN電の魅力を記録に残すことができたのだった.
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この巻では,花上嘉成さんが,N電にまつわる思い出話と,堀川でのN電と染物屋さんの作業との取り合わせ風景を披露してくださった.写真:日比野浩一 所蔵:花上嘉成

ちなみのこの写真の撮影者である日比野浩一さんは,群馬県渋川市の伊香保温泉で復元保存されている,伊香保電車27号と組み合わせられているブリル台車を所有しておられた方である.その経緯はレイルNo.91で花上さんが詳しく解説してくださっている.あれから8年,27号電車には排障器などがつけ加えられたと聞くが,まだ見に行くことができていない.
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レイルNo.119では,岡崎の藤井 建さんから,N電が移籍した先である岡崎市内線の稿を頂戴することができた.写真は,その中に登場する,N104号電車の京都時代の姿である.掲載時点では撮影者や撮影日が不明だったが,その後,宮松慶夫さんからご連絡があり,撮影者は宮松金次郎,撮影場所は四条堀川,撮影日は昭和7年4月10日で,ほぼ間違いないだろうということが判明した.これも“ご縁”の一環だろう.所蔵:藤井 建

僕とN電との繋がりがまだ続きそうなお話も耳に入ってきていて,それにもお手伝いできれば,と思っていたところへの今回の受賞の報せであった.

世の中,ご縁というのはぐるりぐるりとめぐり回っていて,世の中,不思議な縁は数知れない.僕など,そのご縁の中で,ぷかぷかと浮かびながら生かしていただいているようなものと思う.

なにはともあれ,年明け早々,ありがたいお話であった.

これからも,さまざまな繋がりの中で,皆さんと一緒に楽しみながら,いろいろなことを記録し,お伝えしてゆきたいと,改めて思っているところである……あれ?なんだか前回の締めくくりと同じになってしまった.