国鉄最終期に奇跡の本線復活を果したEF55が,大宮の鉄道博物館入りすることになった.
この機関車については弊社の単行本“形式シリーズ 電気機関車 Vol.1(残念ながら絶版)”でその履歴や誕生してから最終期までの姿を克明に記録し
た.また本線復活に際しては,とれいんの昭和61/1986年6月号(通巻138号)で,メーカー写真などを一挙掲載するなど,大掛かりな特集を組んだ
(これも残念ながら売り切れ).
復活後は高崎をベースとして上越線や高崎線で団体臨時列車の牽引に使われたものの,電気機関車の割には転車台が必須であるなど,運用上の制約が多くて,ほとんど本線上で姿を見かけなかった時期もある.
平成21/2009年には正式に“引退”となり,車籍は残されたとはいえ,高崎車両センターで保管されるのみとなり,行く末が気になっていた.
そして今年1月26日,JR東日本と鉄道博物館の連名によるリリースで,博物館入りが公表されたのだった.
現車はその発表の直前,EF64に牽かれて高崎から大宮総合車両センターに移動していたわけで,なんとも手回しのよいことではあった.
大宮総合車両センターでは展示保存に向けて,お色直しに着手したわけだが,3月25日には,4月12日の11時から一般公開することが発表された.
東海道から高崎に転じた昭和20年代に通いつづけた線路のすぐそばで保存展示されることになったのは,実に有意義なことといえよう.
そして4月6日,博物館への収容に先駆けて大宮総合車両センターで報道関係者向けにお披露目するとの案内をいただいた.久し振りのご対面…10年振りぐら
いだろうか…であり,この機会を逃すと,青空の下でのEF55は当分拝むことができなさそうだということもあって,大宮へ駆けつけたのだった.3月12日
には企画展“ふたつのスタート”展観でお邪魔したばかりで,なんだか大宮づいているこの春である.

今までも,大宮でのEF55の報道公開といえばこの場所だった.元の大宮工場機関車職場前,現在ではJR貨物の大宮車両所建屋前…大宮総合車両センターの
“車体C棟”前である.これまでと違うのは,1エンドが南…上野方を向いていること.形式写真撮影のためには絶好のポジションでたたずんでいた.ただ1
点,パンタグラフが上がらなかったことを除けば.
パンタグラフが畳まれているのは実に残念なことではあるのだが,電車のバネ上昇式と違って,機関車の空気上昇式パンタグラフは上げるために空気圧が必要であり,作業が大掛かりになるから,博物館入り寸前ということを考えれば,やむを得ないことではあった.
鉄道博物館での保存展示に際して,どのような状態になるのかはまだ発表されていない.でも,EF58やED17,ED70などはパンタグラフが上げられて
いるから,このEF55も同じであることを願っている.たとえ架線がなくても,電気車ではパンタグラフが上がっていてこそだと,思うから.

2エンド側からみたEF55.改めて眺めてみれば,デッキやステップは,鉄の丸棒を,実に芸術的に曲げ加工して構成されている.運転室側窓の三辺には“埋め込み式”の水切りがある.またその側窓の横に折れ目があって車体が絞られているのが判る.

1エンド側の連結器.そのカバーは,新製以来,なんど外され,また塞がれたことだろう.今は開かれたままで,連結器も持ち上げられた状態で固定されているが,連結器の根元には回転軸があり,今でもストッパーを外せば下向けに収納できるようにはなっている.

運転室に入るのも復元直後以来だから29年振り.ATS-Pが追設された以外はほぼ当時のまま.中央の窓が下降式で開閉可能であることが判るだろう.天井には空襲時に受けた弾痕がそのまま“保存”されている.
ということで,“現役最終時点”の姿で保存されることになったこの機関車は,4月12日午前11時,C57 135に代わって博物館のマドンナとなる.