今週のはじめ,レイルのNo.93が出来上がった.
 今回は,前回のNo.92と同様,三つのテーマを掲載している.

最初は,表紙にも登場する気多森林鉄道.静岡県の山間部に存在したこの森林鉄道は,これまで“気田森林鉄道”として,極めて限られたファンの間でだけ知られた鉄道だった.
 それを日の当たる場所へ引っ張り出してくださったのは星野真太郎さん.これまでにもレイル No.83で北沢産業網干専用鉄道の歴史を纏められ,武庫川沿いの専用鉄道や廃線跡めぐりをレイル No.82に寄せてくださったりしているので,おなじみの方も多いだろう.
 今回も,それらの稿と同様,あるいはそれ以上に綿密な資料調査と現地踏査によって,謎の多かったこの鉄道の存在を,みごとに浮かび上がらせてくださった.いわゆる“代燃車”に使われた木炭ガス発生装置の図面一式も貴重な発掘である.
 森林鉄道とナローのファンはもちろんのこと,鉄道の歴史調査の王道を行く活動の成果を,多くの人に見ていただきたいと思う.
 なお,今回“気多”と題されているのは,東京営林局百年史における記述に従った結果であるとのこと.


気多森林鉄道の遺構は,今もなお静岡の山中にひっそりと息づいている.そのハイライトは,仙郷橋と呼ばれるコンクリート製アーチ橋.この橋の上を,加藤や酒井,協三の機関車が原木を積んで渡っていた…….写真:星野真太郎

二番目は,河村かずふささんによる江ノ電.
 その,昭和30年代前半の姿が,いつもながらの軽妙な語り口と情緒溢れる数多くの写真で目の前に甦る.
 戦後の混乱が落ち着いて再び増加した観光客を運ぶために,200形で連結車を,300形で連節車を試みた結果,連節車の本格的投入に踏み切った頃の姿.車体を完全に新造した500形も登場した黄金期ともいえるだろうか.
  僕にとっての江ノ電は,昭和46/1971年の夏に趣味上の先輩であるHMさんに連れて行ってもらったのが最初.七里ヶ浜では丘の上に登って遠くに風切れ ないほど浮かぶヨットの帆を背景にした写真を,近所の写真屋さんで引き伸ばしてもらったら“空にゴミがたくさん写っていたからスポットで消しておきました よ”と言われた.その頃の高校生としては,“はいありがとうございます”としか言えなかった…….
 河村さんの写真からは半世紀以上.僕のヨット の帆の写真からでも40年以上を経過し,昭和40年代の廃線の危機を乗り越えた現在の風景を添えて“江ノ電今昔”も考えたのだけれど,今や河村さんの時代 の電車はほとんど姿を消してしまっている.ちょっと悩んでいたらDTP担当の脇が“100周年のころの写真なら撮影してますよ”というので,華を添えても らうことにした次第.彼女の趣味の本領でもある,駅の記念スタンプを交えたレポートも楽しんでいただければ幸い.

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60年前の七里ヶ浜と稲村ヶ崎の間,松林の向こうを走る元玉電の木造車117号.海岸道路は未舗装…舗装工事中かもしれない.昭和30/1955年5月5日 写真:河村かずふさ

締めくくりは,佐藤康二さんの撮影による,関東地方の蒸気機関車たち.蒸気機関車たちが,まだ栄光の時代の名残りを色濃く残しながら働いていた昭和40年代前半,その頃の少年,青年はどのように眺めていたのか.
 素直で繊細なカメラアイから生まれた作品を通して,“あの時代”を思い起こされる方は少なくないだろう.

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大宮機関区配置の9600形が貨物列車を牽いて向かってくる.のどかな,なんとものどかな,昭和43/1968年春の川越線風景.“あの頃”の関東近辺に生きていた蒸気機関車たちをフレッシュなカメラアイで捉えた作品群をお楽しみいただきたい.写真:佐藤康二

次のレイルは4月に刊行の予定で着々と準備進行中.今回と同様,硬軟取り混ぜた,バラエティ豊かな内容でお届けするつもり.どうぞご期待ください.