とれいん11月号とほぼ同時に,レイルNo.92が出来上がった.
 今回の表紙と冒頭グラフとして,中国山地を行く芸備線を採り上げてみた.ちょうど1年前のNo.88で河田耕一さんの写真による三次と備後落合の“駅の今昔”を掲載したところ,それに触発された宮田寛之さんと赤木幸茂さんが,昭和30年代の写真を寄せてくださったお蔭である.
 同じ駅でも,時が変われば印象は異なるし,それぞれの“目”によっても,捉え方は大きく違ってくる.今回のグラフではそれを実証することができたわけである.
 実は僕は芸備線には,これまでほとんど縁がなかった.高校生だった昭和40年代半ばに,山陰均一周遊券の南西端である備後落合の駅で“夜行ちどり”の折り返しのために,ホーム待合室にはなんどか滞在したが,とにかく全てが暗いという印象しか残っていない.
 その後は訪問する機会もなく,ただ平成の始め頃,広島から大阪へ自分の運転する乗用車で移動する必要があった折に,できるだけ線路に沿って走ろうと思い立って国道や県道から線路を眺めたに過ぎない.
 だからこそ,河田さんを含むみなさんの写真には心惹かれるものが大きく,実際には見ることができなかった情景を,誌面で仮想体験する,読者と同じ立場での編集作業となったのである.
  今回目新しいのは,駅名標のバラエティ.“駅の今昔”と同じNo.88に掲載の“高梁川をめぐる鉄道”の著者である西 和之さんが,やはり河田さんの写真 に触発されてバラエティ豊かな駅名標の写真を見せてくださったのだった.寸法入りの図面も貴重な資料.この辺りの標識類は,とりわけ模型製作を志すファン には寸法が欲しいところだが,国鉄時代の図面は,現在のJR各社にはほとんど残っていないようで,あるいは“時既に遅し”なのかもしれない.けれども,で きる範囲で発掘し,記録に留めておきたいと考えているので,ぜひともみなさんのご協力を仰ぎたいところである…….

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昭和50年代の備後落合駅名標.既に木製ではなく鋼製であり,しかも少なくとも一度は更新されていることが,うっすらと浮き出て見える古い駅名標記からうかがい知ることができる.木製時代の駅名標は本文中,宮田さんの写真に写り込んでいる.写真:西 和之

西武鉄道は,僕にとっては沿線住民となってから数十年が経ち,極めて身近な鉄道のひとつではあるけれど,社史が発行されていないので,歴史を繙くことが難しい.
  たまたま近所にお住まいであり,かかりつけのお医者さん…今流にはホームドクターというのだろうか…も同じであるというご縁もあって,かねて“いずれは思 い出話やこぼれ話をレイルの誌面で記録したい”という,元西武鉄道常務取締役の長谷部和夫さんのお申し出を,実現することができた.これまで知られること のなかったエピソードが,次々と登場する興味深い一編となった.
 写真は,やはり西武鉄道OBである園田正雄さんご撮影の記録に加えて,長谷部さんの学校時代からのご友人であり,古くからのOJゲージャーでもある平塚 襄さんからも,アルバムと秘蔵コレクションを公開していただいた.

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連合軍専用車となって白帯を纏った,元武蔵野鉄道のクハ1231形(旧5855かも).平塚さんの印象では,全室の白帯車は数が少なかったようだ.桜台-江古田 昭和26/1951年頃 写真:平塚 襄

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昭和33/1958年の池袋駅.画面右から西武鉄道旧本社,西武百貨店,西武線線路,貨物扱所を経て山手貨物,山手線,そして東武東上線までを見渡す.西口にはまだこじんまりした東横百貨店があるだけ.写真:園田正雄

最後は熊本の電車.河村かずふささんの筆とカメラというからには,市電も熊本電鉄も古い電車が出てくるのかと思えば,市電には最新の9700形が登場するし,熊本電鉄は元都営地下鉄三田線の6000形が,訪問の目的だったという.
 でも,誌面上では,河村さんのカメラアイと筆の力によって,“わずか”20年前の情景なのに,ノスタルジックな雰囲気が全編に溢れる作品に仕上がっているているのだ.
 そのマジック,とくと堪能していただきたいと思う.
…でも,冷静にいえば“20年前のできごとは既に大切な歴史の一齣です”だと思う….

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ふだんなら避けて通りたい商店の派手な看板だけれと,今回はよい添景になっている.なにしろその店先をステンレス製の高床電車が駆け抜けて行くのだから.写真:河村かずふさ

締めくくりは,米本義之さんが昭和12/1937年に撮影された熊本市電風景.僅か6枚だけだけれど,昭和初期の熊本市街地の雰囲気が,間近に感じられる写真である.

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熊本駅前だろうか.土産物店の前を行く64号.各種名産品の看板の一角に三井三池の坑夫募集のたれ幕が…….写真:米本義之

ということで,次のレイルは新年1月の発行予定.今回とは全く趣きの異なるテーマでお届けする予定.これからもレイルをご愛顧賜りますよう.