先週のここで,久し振りに阪急神戸線に乗ったことをお話した.梅田で乗って,降りたのは夙川.待ち合わせまでには少し間があった……正しくは,充分な余裕をもって,できれば周辺散策でもと思っての,予定の行動ではある…….
そこで,最初は降りたそのまま,ホームの先端で,安全に気をつけながら,電車がやってくるのを,待つ.なにか目当てというか,目星があったのではなく,本当の“でたとこ勝負”これが本来のカメラハイクであろう.変わり種に出逢えればラッキー,そうでなくて普通だという…….
最初にやってきたのは8000系8003編成の普通電車.思わず第3編成”と言いそうになるが,阪急では車号末尾が0から始まるから,第4編成ということになるのが,元来の沿線住民ではない身としては,いつまでも戸惑ってしまうことである.
続いては同じ8000系の特急.正面になにか付いていると思ったら…….
第1編成だった.懐かしい“H”マークとともに,貫通扉には“MEMORIAL 8000”のヘッドサイン.一瞬“もう廃車?”と早とちりしたが,そんなはずはない.ではなぜ?
2019年にデビュー30周年を記念した“Classic8000”の装飾が施されたのが最初で,リニューアル工事を終えた2021年に衣更えして“MEMORIAL8000”が誕生したものである.
今ではヘッドサインは外されたものの,“H”マークは健在のはすである.
続いて姿を見せたのは“さくら”のヘッドマークを取り付けた7000系7027編成.複数の編成に装着される,阪急恒例の行事である.
この次の特急を待って外へ出ることにする.が,その前に少し周囲を見回して…….
この夙川駅で気になる施設は,なんといっても甲陽線との分岐.甲陽線といえば,建設当初の目論見など興味深い歴史がある.僕自身との関わりといえば,甲子園に住んでいた頃,学校のクラブ活動で付き合いのあった大社中学校へ行くために何度か乗ったこと,高校の頃には,やはり沿線にあった夙川学院に勤務しておられた趣味界の大先輩の一人を訪問するために乗ったことが記憶に残っている.その頃走っていた電車は610系か800系か……写真を撮った記憶は,あまりない.それよりも当時は女子校だった夙川学院の校門を潜る時の“ドキドキ”を,忘れることができない.もう半世紀以上も前のことなのに.
画面中央奥に見える,ちょっとヒョロヒョロッとした線路が,甲陽線と本線との車輛のやり取りのための引き上げ線.平坦である引き上げ線に対して,本線は急な勾配であることがわかる
振り返って梅田方を見る.このような切り取り方をしてしまうと,ここが支線との分岐駅であることを感じることができない.でも実際には,柵の向う側を,さきほどの引き上げ線から続く急カーブの線路が通っている.架線が見えるのが,その証し.
というところで,改札の外へ出る.何十年ぶりだろうか,この駅で降りるのは.神戸線全通と同時,大正9/1920年に開業したこの駅,阪神・淡路大震災では駅前のビルが倒潰するなどの被害はあったものの駅そのものに壊滅的な被害はなく,3月1日には甲陽線が,4月初旬にはこの駅と岡本駅との間で運転が再開されている.
駅本屋.いつごろの建物なのか見当がつかないが,震災後の新築ではないと思う.かといって,最初の開業時のものでも,なさそうである.
一方で,振り返ったところに佇んでいたこの公衆トイレ.画面左の赤いレンズの燈具がついた非常ベルの左側,囲みの中にはレリーフ状の女の子が,でも,右側の非常ベルの横のレリーフは,ご婦人のようにも見える.
なにしろトイレだから,まじまじと観察するのも憚られて,真相は不明のままになってしまったが,なんとなく“阪神間モダニズム”を感じるのは,僕だけ?
というところでお昼.ご飯を食べるために,駅前の大通り,山手幹線への探検に旅立つ僕であった.
そこで,最初は降りたそのまま,ホームの先端で,安全に気をつけながら,電車がやってくるのを,待つ.なにか目当てというか,目星があったのではなく,本当の“でたとこ勝負”これが本来のカメラハイクであろう.変わり種に出逢えればラッキー,そうでなくて普通だという…….
最初にやってきたのは8000系8003編成の普通電車.思わず第3編成”と言いそうになるが,阪急では車号末尾が0から始まるから,第4編成ということになるのが,元来の沿線住民ではない身としては,いつまでも戸惑ってしまうことである.
続いては同じ8000系の特急.正面になにか付いていると思ったら…….
第1編成だった.懐かしい“H”マークとともに,貫通扉には“MEMORIAL 8000”のヘッドサイン.一瞬“もう廃車?”と早とちりしたが,そんなはずはない.ではなぜ?
2019年にデビュー30周年を記念した“Classic8000”の装飾が施されたのが最初で,リニューアル工事を終えた2021年に衣更えして“MEMORIAL8000”が誕生したものである.
今ではヘッドサインは外されたものの,“H”マークは健在のはすである.
続いて姿を見せたのは“さくら”のヘッドマークを取り付けた7000系7027編成.複数の編成に装着される,阪急恒例の行事である.
この次の特急を待って外へ出ることにする.が,その前に少し周囲を見回して…….
この夙川駅で気になる施設は,なんといっても甲陽線との分岐.甲陽線といえば,建設当初の目論見など興味深い歴史がある.僕自身との関わりといえば,甲子園に住んでいた頃,学校のクラブ活動で付き合いのあった大社中学校へ行くために何度か乗ったこと,高校の頃には,やはり沿線にあった夙川学院に勤務しておられた趣味界の大先輩の一人を訪問するために乗ったことが記憶に残っている.その頃走っていた電車は610系か800系か……写真を撮った記憶は,あまりない.それよりも当時は女子校だった夙川学院の校門を潜る時の“ドキドキ”を,忘れることができない.もう半世紀以上も前のことなのに.
画面中央奥に見える,ちょっとヒョロヒョロッとした線路が,甲陽線と本線との車輛のやり取りのための引き上げ線.平坦である引き上げ線に対して,本線は急な勾配であることがわかる
振り返って梅田方を見る.このような切り取り方をしてしまうと,ここが支線との分岐駅であることを感じることができない.でも実際には,柵の向う側を,さきほどの引き上げ線から続く急カーブの線路が通っている.架線が見えるのが,その証し.
というところで,改札の外へ出る.何十年ぶりだろうか,この駅で降りるのは.神戸線全通と同時,大正9/1920年に開業したこの駅,阪神・淡路大震災では駅前のビルが倒潰するなどの被害はあったものの駅そのものに壊滅的な被害はなく,3月1日には甲陽線が,4月初旬にはこの駅と岡本駅との間で運転が再開されている.
駅本屋.いつごろの建物なのか見当がつかないが,震災後の新築ではないと思う.かといって,最初の開業時のものでも,なさそうである.
一方で,振り返ったところに佇んでいたこの公衆トイレ.画面左の赤いレンズの燈具がついた非常ベルの左側,囲みの中にはレリーフ状の女の子が,でも,右側の非常ベルの横のレリーフは,ご婦人のようにも見える.
なにしろトイレだから,まじまじと観察するのも憚られて,真相は不明のままになってしまったが,なんとなく“阪神間モダニズム”を感じるのは,僕だけ?
というところでお昼.ご飯を食べるために,駅前の大通り,山手幹線への探検に旅立つ僕であった.
※2022.09.14:学校名修正