レイルがNo.88に達した.人間の年齢でいえば米寿…….“目出度い”と,お祝いの言葉をかけてくださった読者もあった.とても嬉しい.これも,皆さんからの温かいご支援あってのこと.これからもよろしくお願いします.

さて今回は各種各様の乗り合わせで構成してみた.
  最初は西 和之さんから寄せられた“高梁川をめぐる鉄道”高梁川に関連する鉄道といえば,真っ先に思い浮かぶのが伯備線.この区間の伯備線は,新見以北の ような厳しい山越えはないものの,高梁川と絡み合いながら建設されているので,何度も何度も,数え切れないほどの鉄橋が存在する.橋桁そのものは上路式プ レートガーダーがほとんどだけれど,右に左にカーブしながら川を渡っているので,橋梁全体としての見た目はにぎやかである.
 そんな橋梁…鉄橋を中心とした伯備線南部の観察を軸にして,芸備線や山陽本線にも話は及び,山陽本線では河川改修と橋梁との重要な関係も解き明かされている.
 そして,全国的にはほとんど知られていない未成線もふたつ,採り上げられた.
 これらの研究は,著者の,地元に対する愛着による成果といえよう.地味ではあるが,大切な歴史の記録として,じっくりと味わっていただきたいと思う.
  僕自身にとっての伯備線は,鳥取県との県境,上石見と生山の間を2度ほど歩きとおしただけで,布原も蒸機時代には訪れたことがない.倉敷と新見の間に至っ ては,今に至るも降りたことすらない.けれど,まだ中学生だった昭和43/1968年の春,米子から倉敷まで,初めて伯備線を乗り通した際には,高梁川の 自然な流れや流域の田園風景,農家などに,大いに感動した.この区間の車窓風景を,当時としては破格の駒数で残しているほどに.だからこそ,西さんの稿が 嬉しかった.

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今回の稿に添えられた写真に,蒸機時代はない.著者の年齢から考えて当然のことなのだが,別の見方をするならば,蒸機が去ってからのDD51や181系“や くも”が主力だった時代の,貴重な記録の集積である.第8高梁川橋梁を渡るDD51の普通貨物列車.昭和56/1981年11月3日 写真:西 和之

二番目は,河田耕一さんの備後落合と三次.奇しくも中国地方の鉄道が続くことになった.
 No.86で関西本線島ヶ原駅の情景を掲載させていただいたわけだが,ことのほか喜んでくださり,“備後落合と三次の,今と昔の未発表写真がありますよ”と声を掛けてくださったのだった.
  備後落合は,かつて山陰周遊券を駆使してC57やDD54を追っていた頃,広島行きの夜行“ちどり”に松江から乗って,周遊範囲の境界であるこの駅で降 り,ホームの待合室で松江行きを待った,いわば“休憩所”としてしか知らない.周囲はもちろん深夜の真っ暗闇.だから,駐泊所がどうのとか,C56がどう のとかは,全く知らない.
 河田さんの写真の主体は,もちろんストラクチャー.急行“筑紫”の迂回運転に遭遇するというチャンスに恵まれながら も,撮影されているのは前補機と本務とナハ10系が写った1カットだけ.後補機のカットは,なかった.今なら考えられないことだろうが,昭和30年代,ス トラクチャーとシーナリーに興味をもっての旅の途上とあれば,無理からぬところではあるだろうか.
 とはいえ三次機関区の情景では珍しいナンバープレートを装着した8621なども撮影しておられて,機関車ファンにも喜んでもらえそうな稿となった.
 機関車ファンからは“備後落合の庫の前でC56を撮ってるよ”とか“三次には8620のラストナンバーがいてね,撮影した記憶があるからネガを探してみよう”などというお申し出もいただいている.近いうちにお目に掛けることができるだろう.

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駐泊所からみた往年の備後落合駅.発着する列車の本数は激減しているものの,風景としては驚くほど変化していないようだ.その実際は,本文でお確かめいただきたい.昭和35/1960年 写真:河田耕一

三番目は早川昭文さんとお仲間による“富士山を巡る鉄道”.今回の“高梁川…”は,早川さんがNo.82でまとめてくださった“武庫川をめぐる鉄道風景”を見たのが切っ掛けだったとは,西さんの弁.
  富士山は,なんといっても日本を象徴する風景のひとつ.世界文化遺産に選定されたのにちなんで,早川さん主導でまとめてくださったものである.“冨士と鉄 道”の定番撮影地である,沼津西方の東海道新幹線からぐるっと巡って京王線まで,よくもまぁ,マメに訪問されたものである.眺めるだけならともかく,綺麗 に晴れ渡った富士山と空と鉄道とをモノするためには,恐らくはなんども現地に足を運ばれているに違いない.まったく敬服する次第.

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日本を代表する鉄道風景のひとつが,これ.今回掲載の写真は,被写体が700系でもN700系でも300系でもなく,500系というのが,ミソ.N700系 はきらいじゃないのだが,500系の恰好よさは,いまでもなお,群を抜いていると思う.平成21/1009年12月12日 写真:早川昭文

そして“締め”は新澤仁志さんの“図面に見るC12”.No.86で の“C12の形態観察”に刺激されて,鉄道省/国鉄作成の印刷図面集から外観に関わる変更点を洗い出されたわけである.8620や9600に始まる鉄道院 /鉄道省/国鉄の制式機の趣味的観察は,まだまだ完成の域に達していない.現役機が存在しなくなって幾歳月.図面や書類に基づく研究と,写真や保存機によ る検証は,まだまだこれから,との思いを強くした次第.

KATOと思われる小型内燃機から制式蒸機C12,新幹線500系,旧型国電から関東大手私鉄の新型車まで登場する,バラエティ豊かなレイルNo.88,気が向かれたら,ぜひお手元に.