世の中はもう,すっかり日常の風景に戻ってしまった今週だが,ここではもうひとつだけ,東京のお正月らしい風景を紹介してみたい.
それはなにかといえば,山手線の原宿駅.もちろん,明治神宮の最寄り駅であって,初詣の人々が……というわけなのだが,きょうのお話しは,直接的には明治神宮のことではない.あくまでも“駅”のお話.
“余所者”にはわからない,その地域独特のホーム事情というのは,全国各地に散在している.京阪神間なら,例えばかつての神戸駅の山側や元町駅の海側の
ホームがそうだった.いつ通っても,子供の目には人影が見えたことがなくて,でも撤去される気配もない.ローカルなところでは,片町線の鴫野駅も,そう
だった.線路もないのに,ホームそのものも屋根の構造も,あたかもそこに線路が敷かれるべきだという風情を,子供心にも感じたものである.新大阪駅の在来
線には,ホームすら見えず,けれどもどう考えてもそこには線路が敷かれるべきであると主張しているスペースが,つい先日まで存在した.関西に住んでいる
と,いずれ事情がわかってくるのだけれど,旅人が初めて遭遇したときには,本当に不思議な光景だったと思う.
不思議なホームは,東京とその近郊にもたくさん存在する…あるいは,存在した.僕にとって,その筆頭は信濃町と千駄ヶ谷と原宿だった.信濃町は今では見られないが,千駄ヶ谷と原宿は健在.
原宿には不思議なホームが,なんとふたつもある.そのひとつは宮廷ホーム.その存在は,大阪育ちの僕でも,子供のころから知っていた.
これからお話しようとするのは,そうではなくて,島式の通常のホームの西側にあるホームのこと.まぁ,東京に住むようになって,山手線を日常的に使うよう
になったら,すぐにその存在理由は判明したわけだが.なにしろ改札口らしき出入口は,明治神宮の鬱蒼とした森の中に開いているのだから.
でも,遠くへ初詣に出掛ける習慣のなかった僕には,長らく縁のない存在だったわけである.それが,数年前に初めて正月に参拝した時,ほぼ30年目にして“実用”した次第.
それで,なんで今年の今,採り上げるのかといえば,それは,山手線の各駅に“ホームドア”が整備されつつあるから.
というのも,これまでは,臨時ホームを使う時にも,のどかにロープで仕切っているだけだったのが,ホームドアが出来上がれば,単なる“壁”になってしまうから,今の風景を記録しておきたいと思い立ったわけである.
ということで出掛けた正月の原宿駅.1月4日に新宿へ打ち合わせのために出掛けたおり,待ち合わせの前に少し立ち寄っただけではあるのだけれど.
深い森に吸い込まれてしまいそうな風情の,臨時改札.多くの乗客も,熟達した駅員さんたちによって,混乱なく誘導されていた.この日は穏やかな日和だったからいいようなものの,空っ風が吹くような正月など,本当に辛い仕事だろう.
ホームドアが完成すれば,こういう風景も見ることができなくなる.“時代”の流れでしょうがないとはいえ,風情が…というか,人々と鉄道との距離が,遠くなってしまうようで,そういう意味では,本当に残念なことと思う.
ポールこそ頑丈なステンレス製だけれど,実際に仕切っているのは2本のロープだけ.さらに時間を遡れば,もしかしたら,このロープすらなかったのではなかろうか.
恥ずかしながら,この臨時ホームの土台が古レール製というのは初めて気がついた.さらに,通常のホームの柱も,レールだった.普通の鋼材を上手く組み合わせているのが,気づかなかった理由であると,これはいいわけだけれど.