4月12日のここで, 古い教会を紹介した大阪の古い目抜き通り堺筋.その西側には,やはり南北に走る繁華街,千日前筋があって,さらに西側に戎橋筋がある.どちらもブロックに よって名前が変わり,戎橋筋は東西に流れる道頓堀川を境にして北側が心斎橋筋となる.その道頓堀川に架かる橋が戎橋で,たもとには,関西圏以外の人でもご 存じだろう,“グリコのおじさん”の大ネオン看板と,足が動く大カニの看板があって…戎橋からは,悪童どもが時折ダイビングして物議を醸すという,なんと も賑やかな一角である.その戎橋筋…心斎橋筋のすぐ西側の大通りが御堂筋.昭和30年代,大阪の小学生なら“はばよんじゅうよんめーとるのみどうすじには いちょうのきがならび”と覚えさせられたはずである.
またもや昔話になるが,僕が小学校のころには,心斎橋へ出かけるというのは大いなる “ハレ”であり,それは多くても学期ごとに一度程度.成績がよかったときには大丸かそごうの近所にあった食堂で“ランチ”にありつくことができた.それが 僕の勉強に対する励みだったわけだけれど,現代からみれば本当につつましやかな,けれど,当時は,それが空にのぼるような体験だったわけである.
さてその大丸とそごうは,大阪では三越など足下にも及ばない格があり,なにかのはずみで,大丸でオモチャでも買ってもらおうものなら,幾晩でも抱いて寝たくなるほどに嬉しかった.
その二大百貨店もそごうは面影もなく,大丸だけが昔と変らない……昔よりも一段ときらびやかになった気もする……装飾たっぷりの構えで偉容を誇っている.

御堂筋から見た道頓堀川と戎橋.川岸が整備されて遊歩道になっているとは,今回初めて知った.
その戎橋筋を南に進めばナンバに達するわけだが,その直前,チケット屋と用品店の間に,古風な装飾の照明器具で挟まれた“精華小學校”という表札をみつけた.
鉄の門は堅く閉ざされていて中に入ることはできない.それにしても,なんとも小学校の玄関としては異様なシチュエーションである.いったい校舎や校庭はどうなっているのか.ためらうことなく裏に回ってみることにした.

商店街の真ん中にある小学校,というのは珍しくないけれど,玄関のシチュエーションとしては異例といっていいだろう風景.
そうしたら目に入って来たのは,おそらくは昭和一桁の建築だろう,モダンな鉄筋コンクリートの校舎.しかし人の気配はない.目の前の商店の人に尋ねてみたら“廃校になりましてな,跡地をどうするかで,もめてますねん.今は宙ぶらりん状態ですわ.”.

過剰な装飾を排した全体の造形の中に,円弧を描いた窓で洒落っ気を演出した,昭和初期のモダンデザインを感じさせる精華小学校の校舎.中に踏み込みたい,強い誘惑にかられる建物である.

校舎の一翼には低層の建物があって,玄関先には“大阪市立精華幼稚園”の文字が見えた.建築様式から見て,本校舎と同時期に建てられたものに違いない.

反対側の翼には講堂とおぼしき建物が.同じ昭和初期の建築でも,僕が通っていた典型的な木造校舎を思い起こせば,なんとも贅沢である.
知ってしまった以上,この建物と敷地がどうなるのか,僕は注目し続けることになるのだろう.