今日,とれいん6月号が出来上がって全国に向けて発送された(書店での標準発売日は21日です).その中に本線を走りはじめたC61 20の記事を掲載している.
4月25日に高崎崎で行なわれた報道公開の模様と,4月21日から始まった本線試運転での勇姿なのだが,僕自身は,報道公開に行くことができなかったもの
だから,悔し紛れに5月5日,他の用事にかこつけて,水上での一般公開のための回送列車を狙ってみた.“回送とはいえ盛んに試運転されているのだから無火
ではなく自力だろう”という予想は大当たりで,DD51の助けを借りながらも,元気よく本線を走る姿を拝むことができたのだった.
そして用事を終えた帰り道,吾妻線(未だに長野原線と言ってしまうのは……)に立ち寄った.その名前からずっと興味を持っていた祖母島(うばしま)の駅の周辺を探索してみたのだが,駅のすぐそばに,不思議な構造物を発見してしまったのだった.

立派な築堤に,大きな石造りのアーチ橋.長野原線の旧線路敷だよといわれても,まったく違和感がない.けれど現在の吾妻線の線路との繋がりは見られない.線路敷きは画面の左側.

立派なアーチ橋の全景.上に線路が敷かれていたら,とても素敵な被写体.
アーチ橋の下には川というか用水路というか,とにかく水の流れがある.そして,その流れの先には吾妻線の橋梁があり,その名前は“祖母島避溢橋”.新京阪嵐山線のトラフガーダー橋と同じ,洪水に備えた橋梁なのである.

祖母島避溢橋.向こう側に石造りのアーチが見える.こちらの桁はPC桁だけれど,最初はきっと,鋼桁だったのだろう.
ということで,実際には線路跡ではなくて,治水か治山のための築堤とアーチ橋なのだろう.けれど,残念なことに,今の僕の知識では,なんのためにいつごろ築かれたものなのか,さっぱり見当をつけられないでいる.
手掛りはといえば築堤上に建てられた杭に,“金井発”と記されていることと,一部判読不明ながら“尾瀬林……”という会社名らしい文字と,電話番号らしい数字が記されていること.

築堤上から西側(吾妻線でいえば長野原方)を見る.斜面を含め,とてもよく手入れされているところから,今もなおなんらかの目的のために役立っているのは間違いないと思うのだが……