リュブリアナの宿は,セントラルホテルだった.このホテル,ウニオン・ホテルというグループの一員.全部同じ通り沿いにあり,もっとも格式の高いグランドホテル・ウニオン・エクスクルーシブが,駅からもっとも遠く,市街地中心部に近い場所にある.
 レセプションの第一声は“地震は大丈夫だった?”.親身で,なおかつさっぱりしたサービスと,モダンで明るい部屋は,駅に便利,ということに加えて,僕の“お気に入り”条件にぴったり当てはまる.
 さて夜が明けてみれば,前日以上の好天気.朝から雲一つない.今日の予定は,朝一番から市内めぐり.その後に鉄道博物館の再訪(というか,昨夕の訪問は予定外だったのだ).そして昼前のペンドリーノでヴィーンへ移動……

リュブリアナの市内は,スロヴェニア観光局の ご厚意により,日本人ガイドが案内してくださることになった.初めての町を,ただあてもなく散歩するというのも悪くはない…大好きなのだけれど,専門の方 に案内してしてもらえるのなら,それに越したことはない.今回も,ほとんど予備知識のなかったこの町についての多くのことが,僅か2時間で頭の中に濃縮さ れて詰め込まれたのだった.

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町の中の広場を使った市場では,イースター前の装飾品や“イースターエッグ”,イースター縁の野菜,そしてそれらを入れる籠などが賑やかに並んでいた.

現 在,リュブリアナ市内の交通はバス.実際には主な部分は歩くか自転車で充分に事足りてしまう.そういえば,数年前からフランスのパリで始まった“自転車の シェアリングシステム(定められた自転車置き場から目的地まで乗っていって,そこの置き場へ返す)がこの町でも始まっていて,何ヵ所かでその置き場を見か けた.
 しかし実は1901年から1958年までの57年間,この町には市電が走っていたのだ.総延長は21キロだというから,町の大きさの割に は大きな規模だったわけである.で,どのあたりを走っていたのかと思っていたら,観光名所にもなっている“三本橋”も渡っていたし,リスボン市電も顔負け の細い路地にまで,線路が敷かれていたのだという.このあたりはNさんからの受け売り.Nさん,ありがとうございました.大いに助かりました.

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市電の線路跡の一つ.電車が走っている頃に来たかった…….画面右側の写真店の看板には,電車健在のころの風景が何枚か掲げられていた.

Nさんと別れた後,駅の北西の機関庫跡にある鉄道博物館へ.前日は話しを聞くのに夢中で撮影できなかった機関車たちにカメラを向け,ショップで絵葉書や機関車の絵柄のTシャツを買い求め……駅に着いたのはもう11時半近くだった.

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718号機.ユーゴスラヴィアの時代に動態復元された,1861年の南鉄道機関車工場製.ユーゴスラヴィアの鉄道100年を記念して1949年(!)に復元され,1996年にレストアを受けた,外側台枠3動軸の機関車.

僕 が乗るべき列車は,既にリュブリアナ駅のホームに横づけされていた.3輛編成のペンドリーノ.この国のFANの間ではあまり評判がよくないらしいが,実際 には山勝ちのこの国の鉄路には最適の車輛だと思うのだが.実際,右に左に身をくねらせて走るマリボルまでの2時間余は,僕にとっては,とても快適な旅だっ た.

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リュブリアナ駅で発車待ちのペンドリーノ.マリボルまでの沿線風景は,僕にこの国への再訪を誓わせるのに,充分過ぎるものだった.次は,レンタカーでもして,ペンドリーノはもちろんのこと,海上コンテナを満載した長大貨物列車の数々も,撮影したいものである.

2011.05.07追記:現地訪問の時点では[リュブリアナ]と表記していたが,地元での発音聞き取りなどで検討した結果,[リュブリャーナ]と記すことにした.ご了解いただければ幸い.