さてそのリュブリアナ.先日のプレスコンファレンス報告で“行きたい病が……”と記したときには,もちろん今回の行程は決まっていたのであり,あの表現は,当然のことながら演出であった.
 しかし,今回の訪問計画とコンファレンスとはまったく無関係に計画が同時進行していたのであった.そもそも日本のスロヴェニア観光局が“直営”となったのは,今年に入ってからとのことで,僕が,今回の旅の入り口としてリュブリアナを選んだのは,本当に偶然の,幸運に恵まれていたのだった.
 偶然の幸運といえば,そのスロヴェニアのリュブリアナに,本誌読者が住んでおられる,ということも大いにラッキーなことであり,しかもそれは,計画が本決まりになってから判明したのだった.

今 回のリュブリアナ滞在.計画段階から訪問したその日まで,全ての関係者に“本当に1晩だけなの?”と,呆れられ叱られたけれど,短すぎる滞在であること は,僕自身,充分に判っていたこと.訪問の結果として,“行きたい病”は治癒するどころか悪化するだろうことも当然のごとく予測されたことだったが.予想 を遥かに越えた“重篤”になるとは…….

イスタンブールからリュブリアナへの移動はもちろんトルコ航空の便.僅か2時間とはいえ国際線だから食事サービスもあり,客室乗務員は大忙し.その忙しい中にも笑顔を絶やさない,とてもメンバーだった.お陰で,旅の気分は上々.
 リュブリアナの空港から町までの移動手段は公共バス,私営バス,タクシーの3種類.お薦めは私営バスだったが,時計を見るとタクシーなら15時前後発着の国際特急に間に合いそう……というわけで約40ユーロを奮発.宿に荷物を置いて,すぐさま駅へ駆けつけた.

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EC“SAVA”. スロヴェニア国鉄の客車に加え,セルビア国鉄の食堂車が連結されているというので,できれば見たかった列車.おかげで充分に間に合った.しかしこの日は残 念なことに食堂の連結はなく,編成の前後に合計3輛の2等車が組み込まれていただけだった.牽引するのはオーストリア国鉄の最新鋭機1216形4パンタグ ラフのスロヴェニア国鉄向け同形機541形.

夕方,読者のMさんと待ち合わせ.その前に,駅の近くの旧機関区に開設 されている鉄道博物館へ行くことに.郊外の村で営業している模型店の店主と,そこで待ち合わせしているというのだ.この博物館,本来は翌日の朝に訪問する つもりだったのだが,地元の人に案内してもらえるのならいうことはない.

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大きなラウンドハウスの中に10輛ぐらい.屋外にはレストアを待っている何輛もの機関車や客貨車が.760mmゲージ…通称“ボスニア・ナローゲージ”の機 関車や客貨車も列車の姿で修復を待っていた.この728という機関車は,現役を引退後にスロヴェニアのマリボルの工場で使われていたため,この地で保存さ れることになったもの.客貨車はスロヴェニアの愛好者が蒐集し,保存したものである.

模型店では,開店に漕ぎ着け,軌道に乗 せるまでの苦労話やユーゴスラヴィア時代からスロヴェニアの鉄道趣味事情に花が咲き,気がつけば夜の9時.それからリュブリアナへ戻って遅い晩ご飯.いた だいたのは,パンでできたカップに入ったマッシュルームスープと,“リュブリアナステーキ”と称する七面鳥のカツ.付け合わせは,蕎麦……緬ではなくて蕎 麦がきのようなもの.お酒は,イタリア国境に近い村で産したというソーヴィニオン(白).日本人在住者が見たスロベニアの,一般的なことがらから鉄道など の事情まで,興味ぶかいお話をうかがううちに,日付は変ろうとしていたのだった.

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ターキーのカツ,リュブリアナ風.右側にみえるのが“ソロベニア風蕎麦がき”.リュブリアナステーキは,店によって出てくる料理にバリエーションがあって,“まだ定説はない”そうである.

そしてこの原稿は,リュブリアナからスロヴェニア第二の都会であるマリボルに向かうペンドリーノの車中で書いている.アップはヴィーンの宿から.

2011.05.07追記:現地訪問の時点では[リュブリアナ]と表記していたが,地元での発音聞き取りなどで検討した結果,[リュブリャーナ]と記すことにした.ご了解いただければ幸い.