歳を重ねるにつれ,時間の経つのが早くなって……とは,巷でよく聞こえてくる“繰り言”である.いや,僕も,年々歳々,同感することが増えてきた.
 なんでも,子供のころには,時間の経過の中に詰め込まれるべき“イベント”が少ないから,時間の経過速度は遅く感じるので,いろいろ経験値を積むほどに,一定の時間の中で,思い出すべき“イベント”が増えてくるから時間の消費が早いのだと,まことしやかな説を,どこかで読んだことがあるような,気がする.

では,時計の針を,ほぼ365日前に巻き戻してみれば,山手線渋谷駅の改良工事現場を訪問し,四日市までDF200-201のラッピング披露会へ出掛け,東急と相鉄の新横浜線試運転観察に勤しみ.2月は東武のC11を追いつつJR東海HC85系の記事を纏め,下旬には久し振りの福井へ福井鉄道F2000形“FUKURAM Liner”の取材に出掛けている.これが,実質的な,2024年1月号の取材の始まりであった.
 4月には東武鉄道“SPACIA X”の試運転が始まり,北海道では737系電車が公開された.
 5月と6月は遠出こそなかったものの“SPACIA X”の取材と記事纏めに奔走,7月はD51 498を追った.8月は26日に宇都宮ライトレールが開業,伊豆箱根鉄道大雄山線へも通った.9月は再びの福井と富山巡り.10月は南武線浜川崎支線詣で,11月は2度の宇都宮通い.
 そして本格的な取材の締めくくりは,とれいん2024年1月号.約80頁分の入稿を終えた直後,12月16日に成田の成田ゆめ牧場での“糸魚川のドコービル”撮影となった.1月発売のレイルNo.129のメインテーマである“蘇った糸魚川のドコービル”のためである.
 そういえば,これまで挙げてきた“お出掛け”の中には,レイルのことはまったく含まれていない.もともと“レイル”は最新のことを採り上げるのではないから,撮影取材に奔走することは,ほとんどないわけだが.
 それでも今年刊行した4冊では,1月のNo.125で東京豊洲に保存された西武鉄道4号機関車を取材している.4月のNo.126では福井へ出掛けたのに合わせて越美北線を再訪した.7月のNo.127は夏の盛りの暖房車で,10月のNo.128での福岡の鉄道とともに,新規取材はなし.
 そうそう,今年は恒例の4冊の“レイル”のほか,春先からは中川 彰さんの“旧形国電ぶらり探訪 1962~1973”のまとめ作業が続いた.

こうやって列挙してみれば,なんだか,12月7日付の“中央本線・三鷹の跨線橋”の一節“よくもまぁ,そんな暇があったものだと感心してしまう.”が,思い出ではなく,現実だった1年であったようである.もちろん,これだけの数の題材を企画して取材して執筆して割付して仕上げることができたのは,大勢の,周りのみなさんのおかげである.心から感謝している.ありがとうございます.

さて,これまで記してきた撮影取材の中で,たったひとつ,まだ完成していない題材がある.それが“糸魚川のドコービル”である.
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かつて,糸魚川の東洋活性白土工場内で車庫に押し込められていた姿をご覧になった方には,こうやって自力で走り回る日が来るとは,想像もできなかったに違いない.

ここに至るまでの,長い,苦難の道程は,1月発売のNo.129で高橋卓郎さんが存分に語ってくださっている.そして日本におけるドコービル系機関車研究の集大成が,宮田寛之さんから披露される.1月下旬の発売をお楽しみに!

と,珍しく前宣伝したところで,10月刊行のNo.128についてのご紹介.

テーマは“福岡の鉄道”.

ヒギンズさんのモノクロ写真を核に,高見彰彦さんの“福岡県の鉄道瞥見”,蔵重信隆さんの“北九州・筑豊再訪記”の3本だてとなった.

ヒギンズさんの写真は,西鉄の北九州市内線と福岡市内線が多くを占め,残念ながら本線の写真は,それほどの分量ではない.けれど,半流線形の軽量高速電車200形はしっかりと捉えられているし,福島線,そして福岡築港貨物線の貨物電車どいう貴重な路線や車輛も見逃しなく記録しておられる.
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個人的に大好きな西鉄電車のひとつ……と思っていたら,予想以上にファンは多いらしく,あちこちから“よくぞ表紙にしてくれた”というお声をいただいた,西鉄久留米駅での3輛編成.昭和34/1959年1月18日 写真:J.W.HIGGINS
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複雑な変遷を経て“福島線”となった区間の204号電車.木造2軸単車の電装品を活用して誕生した3扉ボギー車.本来は大牟田市内線用だったのが,実際には多くが福岡市内線で使われ,その後,福島線にやってきたという.奇しくも大牟田駅西口広場に保存されている電車そのものである.福島 昭和32/1957年4月30日 写真:J.W.HIGGINS

二番手は高見さん.石炭全盛期を知らない世代の高見さんが,今なお残る栄華のよすがを駅舎に探り,古い写真を蒐集,分析した.
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二代目の小倉駅である.現在の西小倉駅付近に位置していた.木造ながら風雅なデザインの駅本屋と,奥にテルハの塔屋が見える.御召列車運転に際しての記念写真だろうと,高見さんは推定している.所蔵:戸高裕介

そしてしんがりが蔵重信隆さん.昭和40年代前半に煙を求めて筑豊に通った蔵重さんが,半世紀を経た北九州を観察した成果は,高見さんの研究とは趣きの違う記録となった.
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若戸大橋を背景にC55が走る.鹿児島本線は電化が完了していたとはいえ,筑豊地区を縦横に走る路線網が非電化であり,昭和40年代末まで煙が絶えることはなかった.八幡-枝光 昭和46/1971年1月 写真:蔵重信隆

新旧取り混ぜての福岡の鉄道.僕自身は門司や小倉,折尾の付近を,ほんの少しだけ訪問したのが3年前.完成した新しい折尾駅の様子は,蔵重さんのレポートで体験することができた.

ヒギンズさんの写真はまだ中九州と南九州がある.引き続いて吉富 実さんとお仲間が解説を執筆中.乞うご期待!


というところで,今年最後のブログを締めくくることとしよう.
 読んでくださっている皆さんにも,数え切れないできごとがあっただろう,令和5年.これまでを振り返りつつ,新しい年に向かってくださいますよう!