先週のここで,4月13日の早朝に伯備線で“サンライズ出雲”や”WEST EXPRESS銀河”を撮影したとお話した.撮影後は出雲へ遠征して“やくも”を撮ったとも記した.この行程では,列車ではなく自分で運転する自動車に頼らざるを得なかった.賢明な読者なら,既にお気づきのことだろう.
鉄路に依存しない移動ならば……ということで採ったのが,いくつかの山越えを伴うものの,“広瀬”とか“備後落合”とか,あるいは“三刀屋”など,鉄道に興味と関心を持つものにとって蠱惑的な地名が散りばめられたコースだった.いずれも,再訪がかなう可能性が低いとあれば,“全部寄り道”といいたいところだけれど,そんなことしていたら,本来の目的を見失ってしまう.
結局のところ,亀嵩川と斐伊川が合流する辺りで細い線路道と出会ったこともあって,小休止は木次となった.駅近くの駐車スペースに車を入れたら踏切の音が……あれれと駆けつけたけれど遅かりしで,列車の姿を見ることはできなかった.“では次”といかないところが木次線の悲しいところ.
そもそも僕にとっての木次線は,夜中に乗る路線だった.前回記した通り,山陰均一周遊券の南端が備後落合であり,米子を23時前に発車する広島行き“ちどり”に乗って,備後落合に2時ごろ着,折り返しの米子行き“ちどり”が3時前に到着して米子着が朝6時.実に効率のよい折り返しではないか.
でも,強行軍が何日も続くと,夜中に目が覚めるかどうか自信が……と思っていると,車掌さんが気配を察して“起こしたげるから”とありがたい言葉をかけてくださるのだった.
備後落合駅の様子はレイルNo.88では河田耕一さんが,No.92では宮田寛之さんと赤木幸茂さんが紹介してくださっている.その稿に登場する駐泊所や転車台は,見ているはずだが記憶はない.ないといえば,なんということか,出雲坂根のスイッチバックすら記憶がない.レイルNo.122のキハ42000・07形でお目に掛けた素晴らしい桜の風景は,なんとしてでも見たいとは思っているが.
さて2024年の木次駅.
駅本屋は,モダンな外装だが実は開業時に建築された建物を,何度もリニューアルして現在に至っている.左側の木次鉄道部事務所は後年の増築かも.
駅ホームから見た機関区.線区の規模の割には線路の数が多く,立派な建物である.なにしおう豪雪地帯だけに,冬季は全車輛を格納する目論見だったのだろう.
やはりレイルNo.122の32~33頁に見開きでご覧いただいた福田静二さん撮影写真の頃の面影が強く残っている.
振り返ったのがこの風景.これは,同じレイルNo.122の31頁,早川昭文さん撮影のレールバス,キハ02の写真と,何ら変わるところがない.
ホーム上の上屋は,ほぼそのまま.右に見える駅本屋裏側(と,いってよいのか?)の差し掛けや本屋根の梁が,今もなお新築時の構造を残していることが知れる.レールはだいぶ太くなっている.
木次といえば,保存されていたC56 108が解体される寸前まで事態が進んだという話題があった.地元の人々の強力な,熱意ある運動が功を奏して,解体は中止となり,1,000万円を費やしての整備が実施され,2013年11月3日にセレモニーを実施した上で,引き続いて雲南市木次体育館の前庭で保存されている.
現在はいえば,さらにこの機関車を木次駅前に移設しようという運動が継続されているのだという.確かに写真でご覧の通り,駅前広場は広い.実現することを願っている.
ちなみにこの活動の中心となっているのは,雲南市蒸気機関車C56108保存会で,日常の活動状況はブログで紹介されている.
体育館前での保存の様子.背景の建物が体育館.再整備から10年を経て,なおかつ露天での保存にもかかわらず,この美しさ.関係者の努力振りを窺うことができる.
この雲南市木次体育館は,木次駅から南へ約1km.久野川を渡ってすぐのところにある(島根県雲南市木次町新市409).
背面.前照燈は,かなり傷んではいるもののLP42系であることが判る.ちなみに機関車の向きは,東が前頭.
説明板も美しく保たれている.現在の雲南市ではなく“木次町”のままで残されているところが,とても,よいと思う.
ここから山陰本線の直江と出雲市の間の築堤までは斐伊川沿いに走って約20km.岡山からやってくる“やくも5号”まで,充分に時間がある.
ということで,さきほど木次駅前のショッピングセンターで求めた“出雲割子三段そば”で,行き交う電車や気動車を眺めつつの昼食とした.
ちなみに木次駅前ではこんなものも買っている.
酒造所の所在地は,現在の行政区分では安来市だが町名は広瀬.かつての能義郡広瀬町……午前中に気になっていた地名,即ち広瀬鉄道……一畑電鉄広瀬線の終点所在地である.
ヤマタノオロチ(八岐大蛇)伝説にもある通り,木次一帯は日本で初めて酒が醸造された(といわれている)地域であり,木次酒造という蔵が盛業中のはずなのだが,棚には見当たらなかった……
これでこの日の“寄り道”はおしまいなのだが,5月の末,家から少し離れたスーパーマーケットに出掛けた時,冷蔵ケースからなんとなく視線が…….
なんと“木次牛乳”なのだそうだ.低温殺菌を特徴とする“パスチャライズ牛乳”なのだそうで,値段もそれなり(ちょっと以上?)だし,保存期限も短い.でも,視線を感じた以上は確保するしかなかった.
持ち帰って観察してみたら,“広告欄”というのがあって,牛乳への注意や効用が説かれているのが,なんともユニークに思ったことである.味は,濃い.
そしてさらに今日のことである.
先日と同じスーパーマーケットで再びの視線.今度はミルクコーヒー……名前が“コーヒー牛乳”ではないところに惹かれた…….
ちなみに,島根県には木次牛乳のほか,安来出雲市と浜田にも牛乳メーカーがあるようだ.
なんだか,“各地牛乳をたく”になってしまいそう.同好の士はおられるのか?そのうち“地牛乳行脚”でも始まるのだろうか????
鉄路に依存しない移動ならば……ということで採ったのが,いくつかの山越えを伴うものの,“広瀬”とか“備後落合”とか,あるいは“三刀屋”など,鉄道に興味と関心を持つものにとって蠱惑的な地名が散りばめられたコースだった.いずれも,再訪がかなう可能性が低いとあれば,“全部寄り道”といいたいところだけれど,そんなことしていたら,本来の目的を見失ってしまう.
結局のところ,亀嵩川と斐伊川が合流する辺りで細い線路道と出会ったこともあって,小休止は木次となった.駅近くの駐車スペースに車を入れたら踏切の音が……あれれと駆けつけたけれど遅かりしで,列車の姿を見ることはできなかった.“では次”といかないところが木次線の悲しいところ.
そもそも僕にとっての木次線は,夜中に乗る路線だった.前回記した通り,山陰均一周遊券の南端が備後落合であり,米子を23時前に発車する広島行き“ちどり”に乗って,備後落合に2時ごろ着,折り返しの米子行き“ちどり”が3時前に到着して米子着が朝6時.実に効率のよい折り返しではないか.
でも,強行軍が何日も続くと,夜中に目が覚めるかどうか自信が……と思っていると,車掌さんが気配を察して“起こしたげるから”とありがたい言葉をかけてくださるのだった.
備後落合駅の様子はレイルNo.88では河田耕一さんが,No.92では宮田寛之さんと赤木幸茂さんが紹介してくださっている.その稿に登場する駐泊所や転車台は,見ているはずだが記憶はない.ないといえば,なんということか,出雲坂根のスイッチバックすら記憶がない.レイルNo.122のキハ42000・07形でお目に掛けた素晴らしい桜の風景は,なんとしてでも見たいとは思っているが.
さて2024年の木次駅.
駅本屋は,モダンな外装だが実は開業時に建築された建物を,何度もリニューアルして現在に至っている.左側の木次鉄道部事務所は後年の増築かも.
駅ホームから見た機関区.線区の規模の割には線路の数が多く,立派な建物である.なにしおう豪雪地帯だけに,冬季は全車輛を格納する目論見だったのだろう.
やはりレイルNo.122の32~33頁に見開きでご覧いただいた福田静二さん撮影写真の頃の面影が強く残っている.
振り返ったのがこの風景.これは,同じレイルNo.122の31頁,早川昭文さん撮影のレールバス,キハ02の写真と,何ら変わるところがない.
ホーム上の上屋は,ほぼそのまま.右に見える駅本屋裏側(と,いってよいのか?)の差し掛けや本屋根の梁が,今もなお新築時の構造を残していることが知れる.レールはだいぶ太くなっている.
木次といえば,保存されていたC56 108が解体される寸前まで事態が進んだという話題があった.地元の人々の強力な,熱意ある運動が功を奏して,解体は中止となり,1,000万円を費やしての整備が実施され,2013年11月3日にセレモニーを実施した上で,引き続いて雲南市木次体育館の前庭で保存されている.
現在はいえば,さらにこの機関車を木次駅前に移設しようという運動が継続されているのだという.確かに写真でご覧の通り,駅前広場は広い.実現することを願っている.
ちなみにこの活動の中心となっているのは,雲南市蒸気機関車C56108保存会で,日常の活動状況はブログで紹介されている.
体育館前での保存の様子.背景の建物が体育館.再整備から10年を経て,なおかつ露天での保存にもかかわらず,この美しさ.関係者の努力振りを窺うことができる.
この雲南市木次体育館は,木次駅から南へ約1km.久野川を渡ってすぐのところにある(島根県雲南市木次町新市409).
背面.前照燈は,かなり傷んではいるもののLP42系であることが判る.ちなみに機関車の向きは,東が前頭.
説明板も美しく保たれている.現在の雲南市ではなく“木次町”のままで残されているところが,とても,よいと思う.
ここから山陰本線の直江と出雲市の間の築堤までは斐伊川沿いに走って約20km.岡山からやってくる“やくも5号”まで,充分に時間がある.
ということで,さきほど木次駅前のショッピングセンターで求めた“出雲割子三段そば”で,行き交う電車や気動車を眺めつつの昼食とした.
ちなみに木次駅前ではこんなものも買っている.
吉田酒造の“月山”.
酒造所の所在地は,現在の行政区分では安来市だが町名は広瀬.かつての能義郡広瀬町……午前中に気になっていた地名,即ち広瀬鉄道……一畑電鉄広瀬線の終点所在地である.
ヤマタノオロチ(八岐大蛇)伝説にもある通り,木次一帯は日本で初めて酒が醸造された(といわれている)地域であり,木次酒造という蔵が盛業中のはずなのだが,棚には見当たらなかった……
これでこの日の“寄り道”はおしまいなのだが,5月の末,家から少し離れたスーパーマーケットに出掛けた時,冷蔵ケースからなんとなく視線が…….
なんと“木次牛乳”なのだそうだ.低温殺菌を特徴とする“パスチャライズ牛乳”なのだそうで,値段もそれなり(ちょっと以上?)だし,保存期限も短い.でも,視線を感じた以上は確保するしかなかった.
持ち帰って観察してみたら,“広告欄”というのがあって,牛乳への注意や効用が説かれているのが,なんともユニークに思ったことである.味は,濃い.
そしてさらに今日のことである.
先日と同じスーパーマーケットで再びの視線.今度はミルクコーヒー……名前が“コーヒー牛乳”ではないところに惹かれた…….
ちなみに,島根県には木次牛乳のほか,
なんだか,“各地牛乳をたく”になってしまいそう.同好の士はおられるのか?そのうち“地牛乳行脚”でも始まるのだろうか????









