7月に刊行のレイルNo.135では,長らく西濃鉄道で働き,昭和45/1970年に大井川鉄道へ譲られた2100形2109をのお話を採り上げた.さらに日本工業大学への移管を控えた平成5/1993年の夏に実施の確認試運転兼回送の模様を“手前味噌”の写真と思い出で綴ってみた.
 その大井川鉄道……今は大井川鐵道である.いろいろな車輛をさまざまな鉄道会社から譲り受けてきた.当時の親会社である名古屋鉄道はもちろんのこと,小田急電鉄西武鉄道京阪電鉄南海電鉄近鉄……岳南電鉄も忘れてはいけない.客車は国鉄から調達してきた.
 そんな大井川鐵道が,7月18日に“JR西日本から12系客車を譲り受けました”と発表した.
 そして将にその日,JR西日本の宮原操を5輛の12系客車が東へ向けて旅立ったのだった.
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この日の17時過ぎ,幸運にも来住憲司さんは東海道本線の篠原でその姿をキャッチされた,牽引機はなんとEF66 130! 貫通扉の内側にはC11  217のロゴがプリントされたTシャツが……. 写真:来住憲司

編成はスハフ12 155,オハ12 341,オハ12 345,オハ12 346,スハフ12 129
 列車はそのまま順調に東海道を東へ向かい,西浜松へ到着したのは日付が変わるころだったらしい.
 以前なら列車はそのままさらに東へ向かい,金谷駅の渡り線からそのまま大井川鐵道の新金谷へ運び込むことができたわけだが,そんな話は今は昔.西浜松からトレーラーに載せられ,陸路で新金谷駅構外へ到着したのは7月20日から22日にかけてのことだった.
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ボルボの3軸トレーラーに牽かれて到着したオハ12 346.側扉脇の車体裾には“近ミハ”の所属表記が残されている.2025-7-20 写真:大井川鐵道

今回譲渡されたうちスハフ12 129,オハ12 345,オハ12 341の3輛がJR西日本の下関総合車両所で検査整備を受けたことが,とれいん誌の2025年4月号6月号の“いちぶんのいち情報室”で松永美砂男さんからレポートされている.
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そのうちの1輛であるオハ12 346.富士重工 昭和53年の銘板の上には“日本国有鉄道”が生きている.2025-7-20 写真:大井川鐵道
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スハフ12 129.車体も床下も台車も,みんなピカピカ.連結面側(1-2位側の尾燈もちゃんと整備されている.2025-7-22 写真:大井川鐵道
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オハフ12 129の客室.腰掛の表地は貼り替えられているが,天井や内壁はよく原形を保っている.写真:大井川鐵道

そして迎えた報道公開の日.
 鳥塚社長からは,導入に当たっては現在の親会社であるエクリプス日高株式会社からの資金援助を受けたこと,客車の整備は8月中には終えるのが目標で,10月から11月にかけての観光シーズンには営業運転に投入したいこと,3輛を夏季のトーマス号冷房車として機関車の後ろに連結,2輛を蒸機列車(会見では黒いSLと表現.C10 8のこと)の客車として使用の予定,冷房が必要でない季節には蒸機列車もトーマスも旧形客車で運転し,12系は例えばED31 4が牽く観光列車として活用する……などが語られた.

そしてようやく緒につきかけている全線での運転再開に向けての動きに合わせて,先年譲り受けたC56 135の整備を進め,JR北海道から譲り受けた“はまなす”の整備に着手し……とのことであった.

一方で元やまぐち号用の12系客車を売却,元西武鉄道の電車を改造した展望車が引退,オハ35も2輛が解体され……と,大井川鐵道の車輛も,時代とともに変化している.
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先ごろ塗装変更された元西武のED31 4も出演してのお披露目となった.夏以外はこの編成での観光列車が走ることになる.写真:大井川鐵道


ということで,しばらくご無沙汰の大井川鐵道,12系が走り始めるころにじっくりと楽しんでみたいと思う,今週の僕であった.