令和8年となりました.西暦2026年です.
1年前の今日は東急電車に乗って自由が丘と九品仏を訪ねた.さて今年は……同じ方角が続くよりは,まったく逆がよいのでは?と思いつつ地図を眺めていてひらめいたのが上野だった.
あちら方面へは,神田明神を詣でて友人Sさんと遭遇した記憶がある.その模様はこのブログに記したハズ……と検索してみたら,もう12年前,平成26年,2014年のことだったようである.
今日の東京都内は,12年前と同じように,極めて穏やかで風もなく,初詣にうってつけの日よりであった…….で,降り立ったのは鶯谷の駅.
改札を出る前に,ちょっとホームに留まって今年の初撮り.上野駅発車の常磐線E231系は,うまくタイミングが合わず,その少し後にやってきたE231系15輛上野行きが,実質的な初写真となった.
撮影してから確認した編成番号が101とある.常磐線に初めて投入されたE231系最初の編成……上野方先頭車がクハE230-43……である.なんとも幸先のよいスタートとなった.
この101編成,登場してから既に24年を経ているが,何年か前には機器更新を受けていて,まだまだこれからも活躍してくれそうである.
北口を出て目指したのは寛永寺.言問通りの寛永寺陸橋で山手線や京浜東北線,常磐線,東北本線を越してすぐにたたずむこの寺は,例年の越年TV番組で見聞きしていた“寛永寺の除夜の鐘”の賑わいからの想像とは違った,静かでこじんまりした佇まいが,ちょっと拍子抜けといえばいえた.もともとは現在の上野公園の大部分を占めていた境内が,幕末の動乱によって大縮小された……といえば,往年の権勢との落差を実感できるわけだが.
根本中堂.実にのどけき風情である.もっとも五重塔や鐘楼(時鐘堂)は別の区画にあるから,合わせればそれなりの規模になるわけだが.
お参りを済ませて次に目指したのは上野東照宮.この年末には,徳川慶喜家が墓じまいをすることとなり,以後の管理がこの上野東照宮に委ねられると報じられた.
その途上にあるのが,旧京成電鉄博物館動物園駅の入り口.
平成9/1997年に休止,平成16/2004年に廃止されたこの駅,御料地内に建設される駅舎として,品位を重んじた設計が求められて,このような姿となったという.
平成22/2010年には戦時中の金属供出によって失われた照明具のうち1燈が,のちさらにもう1燈が復元されて取り付けられ,現在に至っている.
さらに出入り口の扉も,14年前の1月に撮影した写真と比較してみれば,事務的な開き扉から,彫り物の装飾付きの銅製(?)開き扉に取り替えられている.ついでにいえば,駅舎の向かって右にあった郵便ポストは廃止されている.手前でカメラを構える影は,いうまでもなく,僕自身である.
ここで道を渡って東照宮への途上には上野動物園の入り口が.“パンダ行列”に備えたゲートが張り巡らされていたが,元日の今日はさすがに休園.人っ子一人いなかった.
そして辿り着いた上野東照宮.寛永寺と比べて格段の賑わいで,拝殿に至る前に退散することになった.
そして上野駅へ向かうことにしたのだが,そこは僕のこと.まっすぐではなく左へ大回りして…….
国立科学博物館の収蔵品であるD51 231を見るためである.冬の早い日暮れが迫り,ちょっと映画の照明のような演出効果が得られた.定期的に手入れされているように見受けられたのが,嬉しかった.
ついで(?)に科学博物館本館.このような青空背景の斜光線で撮影できるチャンスなど,狙っても得難いということでの1カット.クジラの標本じゃなくてオブジェは,いつみても壮観である.
……で,やっぱり駅へ直接向かうのではなく,両大師橋へ足を向けるのは,当然の行動だろう.
さらに低く長くなった影と,太い架線柱横ビームパイプに阻まれて,なかなか思うような写真は撮れなかったが,やってきたE531……そういえばこの電車も登場してから20年を過ぎた.その間の変遷たるや…….
締めくくりは,毎年恒例の“今年正月の酒”.去年のうちにかかわった各地のお酒を思案し続けたのだけれど,そのために費やすことのできる時間は限られていて…….近所の酒屋で見つけたのが,これ.

いや,惹かれたのは“塩釜”という蔵の所在地.ほぼ10年振りに訪れた仙台,そして,かの大地震の直前に味わった塩釜の魚を偲んで…….年末からは仙石線にE131系が動き始めたから,今年も訪れることができるだろう,という期待を込めての選択であった.味はもちろん,浦霞というブランドにふさわしいものであった.
1年前の今日は東急電車に乗って自由が丘と九品仏を訪ねた.さて今年は……同じ方角が続くよりは,まったく逆がよいのでは?と思いつつ地図を眺めていてひらめいたのが上野だった.
あちら方面へは,神田明神を詣でて友人Sさんと遭遇した記憶がある.その模様はこのブログに記したハズ……と検索してみたら,もう12年前,平成26年,2014年のことだったようである.
今日の東京都内は,12年前と同じように,極めて穏やかで風もなく,初詣にうってつけの日よりであった…….で,降り立ったのは鶯谷の駅.
改札を出る前に,ちょっとホームに留まって今年の初撮り.上野駅発車の常磐線E231系は,うまくタイミングが合わず,その少し後にやってきたE231系15輛上野行きが,実質的な初写真となった.
撮影してから確認した編成番号が101とある.常磐線に初めて投入されたE231系最初の編成……上野方先頭車がクハE230-43……である.なんとも幸先のよいスタートとなった.
この101編成,登場してから既に24年を経ているが,何年か前には機器更新を受けていて,まだまだこれからも活躍してくれそうである.
北口を出て目指したのは寛永寺.言問通りの寛永寺陸橋で山手線や京浜東北線,常磐線,東北本線を越してすぐにたたずむこの寺は,例年の越年TV番組で見聞きしていた“寛永寺の除夜の鐘”の賑わいからの想像とは違った,静かでこじんまりした佇まいが,ちょっと拍子抜けといえばいえた.もともとは現在の上野公園の大部分を占めていた境内が,幕末の動乱によって大縮小された……といえば,往年の権勢との落差を実感できるわけだが.
根本中堂.実にのどけき風情である.もっとも五重塔や鐘楼(時鐘堂)は別の区画にあるから,合わせればそれなりの規模になるわけだが.
お参りを済ませて次に目指したのは上野東照宮.この年末には,徳川慶喜家が墓じまいをすることとなり,以後の管理がこの上野東照宮に委ねられると報じられた.
その途上にあるのが,旧京成電鉄博物館動物園駅の入り口.
平成9/1997年に休止,平成16/2004年に廃止されたこの駅,御料地内に建設される駅舎として,品位を重んじた設計が求められて,このような姿となったという.
平成22/2010年には戦時中の金属供出によって失われた照明具のうち1燈が,のちさらにもう1燈が復元されて取り付けられ,現在に至っている.
さらに出入り口の扉も,14年前の1月に撮影した写真と比較してみれば,事務的な開き扉から,彫り物の装飾付きの銅製(?)開き扉に取り替えられている.ついでにいえば,駅舎の向かって右にあった郵便ポストは廃止されている.手前でカメラを構える影は,いうまでもなく,僕自身である.
ここで道を渡って東照宮への途上には上野動物園の入り口が.“パンダ行列”に備えたゲートが張り巡らされていたが,元日の今日はさすがに休園.人っ子一人いなかった.
そして辿り着いた上野東照宮.寛永寺と比べて格段の賑わいで,拝殿に至る前に退散することになった.
そして上野駅へ向かうことにしたのだが,そこは僕のこと.まっすぐではなく左へ大回りして…….
国立科学博物館の収蔵品であるD51 231を見るためである.冬の早い日暮れが迫り,ちょっと映画の照明のような演出効果が得られた.定期的に手入れされているように見受けられたのが,嬉しかった.
ついで(?)に科学博物館本館.このような青空背景の斜光線で撮影できるチャンスなど,狙っても得難いということでの1カット.クジラの標本じゃなくてオブジェは,いつみても壮観である.
……で,やっぱり駅へ直接向かうのではなく,両大師橋へ足を向けるのは,当然の行動だろう.
さらに低く長くなった影と,太い架線柱横ビームパイプに阻まれて,なかなか思うような写真は撮れなかったが,やってきたE531……そういえばこの電車も登場してから20年を過ぎた.その間の変遷たるや…….
締めくくりは,毎年恒例の“今年正月の酒”.去年のうちにかかわった各地のお酒を思案し続けたのだけれど,そのために費やすことのできる時間は限られていて…….近所の酒屋で見つけたのが,これ.








