さまざまな出来事が続いて,気がついたらもう4月.僕の周囲では桜が満開から,樹によっては散り初め模様だが,みなさんの地元ではいかがだろうか.
さて,いつもなら発売後2ヵ月でご紹介する,最新レイルのエピソード.これも遅れてしまった…….
それで,既にうちの会社のウェブサイトなどで写真を見かけた方も多いと思うが,1月刊行のNo.137は,鮮やかな緑色の電車が表紙に登場した.
いわずとしれた,東急電鉄の“青ガエル”ことデハ5000系である.
東急から姿を消して各地で第二の人生を歩んでいた“青ガエル”も,その大部分は引退してしまった.保存車も,上田交通から里帰りしたトップナンバーは短縮改造されて渋谷駅前に……さらに再開発のあおりで遠く秋田の大館市へお嫁入してしまった…….で,なぜ今,“青ガエル”なのかといえば,それは4年前に遡る.2022年5月27日付のここで長野から横浜への,本当の里帰りを果たした元長野電鉄モハ2510.東急電鉄のデハ5015が横浜の総合車両製作所に到着した時の様子をレポートした.
その時の写真の1枚.雨降りしきる深更に総合車両製作所へ里帰りした長野電鉄モハ2510……東急電鉄デハ5015.この5000系開発で培ったノウハウは,横で到着を見守る新幹線0系電車にも存分に活かされている.2022-5-27
それから幾歳月……途中経過を観察したかったけれど叶わず,日本機械学会の機械遺産認定まで待たなければならなかった.その時には車体外観の整備は,完了していたわけである.時は2025年9月27日.10月2日のここでレポートした.
しかしそれまでの3年余,ただ手をこまねいて待っていたわけではない.それところか,最初の到着シーン取材の時から,総合車両製作所の皆さんには,“完成披露の折にはぜひ!”と,復元(総合車両製作所では“復原”)の記録を発表させていただきたいと,お願いしていたのであった.
レイルで車輛復元を採り上げるのは,これが初めてではない.古くはC57 1が国鉄最後の全般検査を施工した時……昭和61/1986年のNo.18で,NHK広島放送局によるレポートを掲載している.
近年では京急電鉄が川口市からデハ236を引き取って新本社の建物内に“京急ミュージアム”として展示保存された折にも,特にお願いしてNo.114 でレポートさせていただいた.この時には,途中経過の取材も実現したのだが,京急電鉄のみなさんが記録された写真に圧倒されて,僕の写真の出る幕はなかった.
途中,とはいえ,車体は完成し,下廻りもあとは台車を履かせれば……という状態まで進んでいたが.2019-6-4
完成お披露目は202年1月.京急ミュージアムオープン時だった.そこまでの動きと京急デハ230形の系譜を纏めて40頁に及ぶ稿を掲載したレイルNo.114を上梓したのは4月のこと.お披露目から3ヵ月というスピードだった.
しかし……
今回,復元過程を記録した写真と解説だけで約30頁を占めることになった.それに加えて三浦 衛さんによる“超軽量車体を有する私鉄高性能電車の嚆矢 東京急行電鉄5000系”が40頁近くを費やして展開された.さらにその稿の中には,松本電鉄向け両運転台化改造図面(車体組立)が折り込みとして収録されるという“豪華版”となった.
1,500Vへの昇圧前に,上田と別所温泉での入換作業を省略するために導入されたサハ改造のクハ290.俗称“平面ガエル”.僅か3年間の活躍だったから記録は少ない.三浦さんはこれもきっちりと録しておられた.余談だが背景に写っている東急インは,現在は移転しているが,デハ5001とデハ5201を長津田へ里帰りさせた時の密着取材に際して深夜の出発まで“昼寝”のひと時を過ごした思い出の建物である.昭和58/1983年11月20日 写真:三浦 衛
この,総合車両製作所の皆さんと三浦 衛さんの“青ガエル”に対する熱意に押され,負けじとばかりに(日本語が変),編集者である僕が加わることができる余地はないものか……と,考えたて無理をお願いしたのが,独自の撮影チャンス.2025年12月11日にデハ5015を撮影させていただけることになった.ただし条件は“屋内”.製造中の車輛が写り込むのは,絶対に避けなければならないから……“屋外での撮影が可能になりました”という連絡をいただいたのは,12月8日午後.無理無茶我儘をお聞き届けくださり,ありがとうございました.当日は雲一つない快晴.時間帯の関係でお顔には光が当たらないなかったけれど,美しく仕上げられた塗装面を輝かせるには絶好の条件となった.おかげさまでデリケートな色調の緑色も写し取ることができた.
“熱”,“愛”,その他もろもろの気持ちが怒涛の勢いで盛り上がって,そして70頁が出来上がった.
第二テーマは,舛本成行さんによる“木曽の森林鉄道 西野川森林軌道,鹿ノ瀬,末川森林軌道”.
広く知られた木曽森林鉄道の奥深くに展開した,これまで知られざる存在だった軌道群の状況を,携わった人々からの聞き取りなどによって詳らかにした労作である.
昭和31/1956年の“機械化される国有林”に掲載された.西野川線支線区内と思われる運材列車の写真.バックは木曽御岳.所蔵:舛本成行
そしてしんがりは服部重敬さんによる“ドイツの01形蒸気機関車 誕生100周年記念列車を追う”.統一ドイツ国鉄で開発された最初の制式急行列車用で直径2mの動輪を持つパシフィック機01形が誕生100周年を迎えたのを記念してドイツ各地で運転された記念列車を丹念に追いかけた記録.オリジナル01,3気筒バージョンともいえる01.10形,高性能ボイラーに載せ替えたグループの西独国鉄版,東独国鉄版である01.5……実際には01.5は不具合で不参加となったようだが,日本でいえばC59やC62がたくさん動態保存されていて日本中を駆け巡るような雰囲気……想像できるだろうか.
オリジナルの大形デフレクタを装着した01 066が牽く列車.メッチンゲン-ホッピンゲン 2025-10-3 写真:服部重敬
……本当は,服部さんの写真に寄せて,レイル編集部で所蔵する01形原形の写真や形式図,1970年代の現役時代のグラフも掲載すべくページを確保していたのだが,なにしろデハ5015の熱意による“膨張”によって,入り込む隙間がなくなってしまった.せっかく用意したのだからということで,今月刊行のNo.138でお目に掛けることにした.ドイツファンには見逃せない内容に間違いはない.そう,既に印刷しているのである.乞うご期待!
さて,いつもなら発売後2ヵ月でご紹介する,最新レイルのエピソード.これも遅れてしまった…….
それで,既にうちの会社のウェブサイトなどで写真を見かけた方も多いと思うが,1月刊行のNo.137は,鮮やかな緑色の電車が表紙に登場した.
いわずとしれた,東急電鉄の“青ガエル”ことデハ5000系である.
東急から姿を消して各地で第二の人生を歩んでいた“青ガエル”も,その大部分は引退してしまった.保存車も,上田交通から里帰りしたトップナンバーは短縮改造されて渋谷駅前に……さらに再開発のあおりで遠く秋田の大館市へお嫁入してしまった…….で,なぜ今,“青ガエル”なのかといえば,それは4年前に遡る.2022年5月27日付のここで長野から横浜への,本当の里帰りを果たした元長野電鉄モハ2510.東急電鉄のデハ5015が横浜の総合車両製作所に到着した時の様子をレポートした.
その時の写真の1枚.雨降りしきる深更に総合車両製作所へ里帰りした長野電鉄モハ2510……東急電鉄デハ5015.この5000系開発で培ったノウハウは,横で到着を見守る新幹線0系電車にも存分に活かされている.2022-5-27
それから幾歳月……途中経過を観察したかったけれど叶わず,日本機械学会の機械遺産認定まで待たなければならなかった.その時には車体外観の整備は,完了していたわけである.時は2025年9月27日.10月2日のここでレポートした.
しかしそれまでの3年余,ただ手をこまねいて待っていたわけではない.それところか,最初の到着シーン取材の時から,総合車両製作所の皆さんには,“完成披露の折にはぜひ!”と,復元(総合車両製作所では“復原”)の記録を発表させていただきたいと,お願いしていたのであった.
レイルで車輛復元を採り上げるのは,これが初めてではない.古くはC57 1が国鉄最後の全般検査を施工した時……昭和61/1986年のNo.18で,NHK広島放送局によるレポートを掲載している.
近年では京急電鉄が川口市からデハ236を引き取って新本社の建物内に“京急ミュージアム”として展示保存された折にも,特にお願いしてNo.114 でレポートさせていただいた.この時には,途中経過の取材も実現したのだが,京急電鉄のみなさんが記録された写真に圧倒されて,僕の写真の出る幕はなかった.
途中,とはいえ,車体は完成し,下廻りもあとは台車を履かせれば……という状態まで進んでいたが.2019-6-4
完成お披露目は202年1月.京急ミュージアムオープン時だった.そこまでの動きと京急デハ230形の系譜を纏めて40頁に及ぶ稿を掲載したレイルNo.114を上梓したのは4月のこと.お披露目から3ヵ月というスピードだった.
しかし……
今回,復元過程を記録した写真と解説だけで約30頁を占めることになった.それに加えて三浦 衛さんによる“超軽量車体を有する私鉄高性能電車の嚆矢 東京急行電鉄5000系”が40頁近くを費やして展開された.さらにその稿の中には,松本電鉄向け両運転台化改造図面(車体組立)が折り込みとして収録されるという“豪華版”となった.
1,500Vへの昇圧前に,上田と別所温泉での入換作業を省略するために導入されたサハ改造のクハ290.俗称“平面ガエル”.僅か3年間の活躍だったから記録は少ない.三浦さんはこれもきっちりと録しておられた.余談だが背景に写っている東急インは,現在は移転しているが,デハ5001とデハ5201を長津田へ里帰りさせた時の密着取材に際して深夜の出発まで“昼寝”のひと時を過ごした思い出の建物である.昭和58/1983年11月20日 写真:三浦 衛
この,総合車両製作所の皆さんと三浦 衛さんの“青ガエル”に対する熱意に押され,負けじとばかりに(日本語が変),編集者である僕が加わることができる余地はないものか……と,考えたて無理をお願いしたのが,独自の撮影チャンス.2025年12月11日にデハ5015を撮影させていただけることになった.ただし条件は“屋内”.製造中の車輛が写り込むのは,絶対に避けなければならないから……“屋外での撮影が可能になりました”という連絡をいただいたのは,12月8日午後.無理無茶我儘をお聞き届けくださり,ありがとうございました.当日は雲一つない快晴.時間帯の関係でお顔には光が当たらないなかったけれど,美しく仕上げられた塗装面を輝かせるには絶好の条件となった.おかげさまでデリケートな色調の緑色も写し取ることができた.
“熱”,“愛”,その他もろもろの気持ちが怒涛の勢いで盛り上がって,そして70頁が出来上がった.
第二テーマは,舛本成行さんによる“木曽の森林鉄道 西野川森林軌道,鹿ノ瀬,末川森林軌道”.
広く知られた木曽森林鉄道の奥深くに展開した,これまで知られざる存在だった軌道群の状況を,携わった人々からの聞き取りなどによって詳らかにした労作である.
昭和31/1956年の“機械化される国有林”に掲載された.西野川線支線区内と思われる運材列車の写真.バックは木曽御岳.所蔵:舛本成行
そしてしんがりは服部重敬さんによる“ドイツの01形蒸気機関車 誕生100周年記念列車を追う”.統一ドイツ国鉄で開発された最初の制式急行列車用で直径2mの動輪を持つパシフィック機01形が誕生100周年を迎えたのを記念してドイツ各地で運転された記念列車を丹念に追いかけた記録.オリジナル01,3気筒バージョンともいえる01.10形,高性能ボイラーに載せ替えたグループの西独国鉄版,東独国鉄版である01.5……実際には01.5は不具合で不参加となったようだが,日本でいえばC59やC62がたくさん動態保存されていて日本中を駆け巡るような雰囲気……想像できるだろうか.
オリジナルの大形デフレクタを装着した01 066が牽く列車.メッチンゲン-ホッピンゲン 2025-10-3 写真:服部重敬
……本当は,服部さんの写真に寄せて,レイル編集部で所蔵する01形原形の写真や形式図,1970年代の現役時代のグラフも掲載すべくページを確保していたのだが,なにしろデハ5015の熱意による“膨張”によって,入り込む隙間がなくなってしまった.せっかく用意したのだからということで,今月刊行のNo.138でお目に掛けることにした.ドイツファンには見逃せない内容に間違いはない.そう,既に印刷しているのである.乞うご期待!





