4月の新刊レイルNo.138,メインテーマは3月21日に大規模リニューアルオープンした,青梅の鉄道公園だった.鉄道90周年記念事業の一環として企画されたこの鉄道公園,昭和37/1962年の開園だから,気がつけばもう65年目を迎えることになる.

その青梅鉄道公園,なにが新しくなったかというのは,3月5日付のこのブログでもレポートした.
 かいつまんでいえば,記念館が完全新築となり,収蔵車輛としてクハ201-1,ED60 1,そしてクモハ115-1030の3輛が加わった.今回撤去された車輛は,ない.そして全ての車輛に上屋が掛けられた…….ということだろう.運営面では,東日本鉄道文化財団が受託していたのを,JR東日本の直営となったことが変化である.

表紙は,地元の青梅駅にも定期運用で出入りしていたクハ201-1に決めていた.けれど,報道公開の時点では方向幕や特快の表示がなされていなかったので,特にお願いして開園前日の早朝に撮影させていただいた.ただ,この日は天候が…….でも,やっぱり幕が入っている方が,画面が引き締まる.なお,この日だけはイベントのため特別に“本物”が入れられていて,翌日からはレプリカが入れられている.
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写真は表紙の逆方向から撮影したカット.デザイン上はこちらがよいのだけれど,背景に写り込む車輛は,やっぱりD51よりはクモハ40の方が,青梅らしいだろうと考えて,こちらがボツになった.

さてレイルNo.138.新規保存車とかつての収蔵車輛,そして継続して展示されている車輛の紹介から始まるのは定石として,開園に至るまでのエピソードを纏めた報告,当時の鉄道建築協会会報から再録できたのが嬉しかった.東日本鉄道文化財団の方に存在を教えていただき,鉄道建築協会に再録のお許しをいただいての掲載だったが,かねて話には聞いていた,青梅線青梅駅から公園までの交通機関について,その報告にモノレールとアプト式軌道の地図が示されており,少なくとも構想があったことを確かめることができたのだった.

これには後日譚があって,読者の原田雅純さんから“その地図ですが,昭和37/1962年9月8日付の毎日小学生新聞に掲載されていたのを思い出したので,スクラップブックからコピーをお目に掛けます”と,送ってくださったのだった.
 それによれば……レイルに掲載した地図ではアプト式軌道が青梅駅からそのまま西へ向かって発しているのに対して,小学生新聞には,スイッチバックののちに登攀するように描かれているのである.構想が変更になったのか,それとも毎日新聞でトレースの際に間違えたのか…….

ただ,現地の様子を観察したところでは,いずれにしても青梅駅の高さから,“展望台”へのアプローチは,アプト式といえども,登れる勾配ではなさそうな気がする……

現地確認を目論んだのだけれど,雨模様だったためモノレール建設が予定されていたハイキングコース踏破はあきらめて,ぐるっと西へ回って展望台の西側に位置する道路トンネル……青梅坂トンネル……から展望台へと思ったのだけど,道を見つけることができなかった.
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青梅坂トンネルの北側入り口.青梅駅からはずいぶんと勾配を登った先にある.そしてこの写真の左手山上が展望台…….ケーブルカーなら大丈夫だとは思うけれど.

かねて,高橋卓郎さんには“転落!C51 5”の写真とレポートをいただきたいとお願いしていた.そうしたところ,“父親のアルバムから開園当時の写真が……”とのご連絡が.
 なお,C51の迫力ある衝撃の写真は,ぜひとも誌面でご覧ください.それだけではなく,その後の顛末まで,きちんとレポートされています.
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記念館屋上への階段から見た園内東側の機関車たち.2221も8620も,煙室扉から中を覗き込む子供の姿が…….写真:高橋志郎

これで開園時の姿は写真と文献ともに揃った.
 存外の苦労をすることになったのが,3輛の新メンバーの現役時の写真.
 クハ201-1は,デビュー時に三浦 衛さん撮影写真を拝借した記憶があったから,すぐにお願いした.高橋さんからも,地元ならではの作品を寄せてくださった.
 クモハ115-1030は,115系特集の時に自分で両毛線で真横を撮った.でも“普通の”列車写真がない.早川昭文さんが“高崎の115系の写真を撮りに行ってね”というおっしゃってた“ような気がする”のを頼りにお願いしてみたら“捜すのに苦労したけと,あったよ!”と,どんぴしゃりの写真を提供してくださった.
 難関がED60 1.大糸線の旧形国電を撮りに行ってた方なら……と目論んでいたのだけれど,“電車は撮ったけど”とか“貨物列車は買収電機だけ”とかいうお返事ばかり.提供していただいたのは,高橋さんと,なんと京都の福田静二さんだった.
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信濃大町に停車中のED60 1.高橋さんの写真には実は2カットあって,もう1枚には青い旧形国電が写っている.で,迷った末に,この写真にした.そのポイントは画面左端,“アルミナ専用”と記されたタキ6400形.車号がタキ1641xだから,昭和44/1969年の東急車輛製と知れる.レイルでは“お楽しみ”としてなにも書かなかったけれど,目ざとい読者は,ちゃんと気付いてくださった…….昭和52/1977年3月22日 写真:高橋卓郎


新収蔵車輛の歴史的意義については,鉄道技術者と趣味人の両方の角度から佐藤芳彦さんが説いてくださった.クハ201-1が軍畑の鉄橋を渡る写真とともに.

いつものことながら,大勢の皆さんからのご協力の賜物によって,青梅鉄道公園の全てをお届けできたのは幸いであった.
 で,本になってから気づいたのだが,開園直後と昭和40年代と現況の写真は収録したのだが,リニューアル直前の姿が見当たらないではないかと.

そこで補遺でもないが,今から8年前,平成30/2018年1月18日の様子を,2点だけ“手前味噌”して,今回の締めくくりとしよう.
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入り口.記念館は最終的には完全な3階建てに増築されていたことがわかる.画面左端の覆いの中身は,再塗装中のD51 452.
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C11 1とE10 2.リニューアル後は画面右側に線路が敷かれてクモハ115-1030が展示されている.また,2線を覆う上屋が新設された.配電盤の箱は撤去された.

青梅に集う13輛の歴史的価値高い車輛たちが,いつまでも美しく保存されることを願っている.

そして最後にドイツの01.No.137で,服部重敬さんによる01生誕100周年記念特別列車ツアーの模様をお伝えした.本当は,現役時代の姿も同じNo.137でお伝えすべきところ,満杯により今回送りとなったものである.メーカー写真や“ドイツの西尾克三郎”撮影になる形式写真,そして1970年代,東西ドイツでの現役の姿を密度高く掲載した.
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その中の1枚.幸運にも(?)出会うことができた,モーゼル線電化完成で引退する01のお別れ列車.誌面ではデザインの制約から,右側の塔のある建物……教会だろうか……を大幅にカットせざるを得なかったが,ここではノントリミングでお目に掛ける.写真の01 150は,のちに鉄道150年祭のパレードに参加,その後も動態保存機として活躍することになる.1972年 写真:平井憲太郎

と,記している今日は,もはや次のレイルNo.139の最終追い込み真っ盛り.7月下旬発売である.おたのしみに!


……ということで,長野行きの復路でのエピソードは,ちょっとお預け.往路のレポートで“たぶん”と書いておいて,よかった……という問題ではないが……