6月22日の午後,東京有楽町の東京国際フォーラムで,JR西日本の定例社長会見が催された.鉄道趣味の月刊誌への声掛けは,正直なところ珍しいことなので,おっとり刀で参加してきた.
 そのテーマは,最近の営業及び輸送動向に始まり,決済サービスを進化させる取り組みへ,そして新幹線500系と923形T5編成の引退について.

5月と6月の営業と輸送の概況は,概ね前年と同様であるという.ご同慶の至り.
 決済サービスの進化とは,りそなホールディングとの提携による,決済方法の多様化にとどまらず,JRが預金などの金融部門へ進出する……という理解でよいのだろうか.

そして話題は500系と923形へと進んだ.間近に迫っているとは理解しているものの,さていつのことなのか……みなさん関心をもっておられたことと思う.それがいよいよ明らかになったわけである.

500系は令和9/2027年1月13日に定期運用から離れる.
923形T5編成は令和9/2027年1月に検測運転が終了する.


既に22日のうちにTVやインターネットニュースサイトで速報されてご承知の方も少ないとは思う.そこでここでは,特に500系についての社長会見でのやりとりや思い出などを少し…….

500系が“のぞみ”で活躍していた頃は,できるだけ500系充当列車に乗るようにしていた.だんだんとそれは難しくなってゆき,山陽新幹線での限定運用になってからは,新大阪駅でちらりと眺めるだけという日が続いた.久し振りに乗ったのは一畑電鉄……一畑電車の取材帰りで岡山から乗った“こだま”が500系だった.2024年9月のこと,その後,昨年の11月には新山口で遭遇した.
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“のぞみ”103号が新山口へ到着する寸前,小郡機関区(違うけど)に滞泊中のDE10や気動車群を眺めていたら,ホームに入ったとたん,あの流麗なノーズが目に飛び込んできた.あとで調べたら“こだま”948号だったらしい.2026-11-15

新山口といえば,未だに小郡の方がピンとくるという,とても失礼な僕の頭の中なのだが,機関区では山口線のD51や宇部小野田のC58を撮影させてもらった.そしてなにより,500系開発用試験車WIN350の高速度試験取材のことが記憶に残る.
 WIN350の試験運転は,営業運転終了後に小郡と新下関を往復するという行程.平成6/1994年12月17日のことだった.
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小郡駅12番ホームに停車中の試験列車.新下関方から進入してきて折り返し待ち.画面左端に照明に浮かび上がる“ウィングラフ”が見える.1994-12-17

当時のJR西日本広報室からお誘いをいただいて現地へ赴いてみたら,なんと参加者は僕ひとり!おかげで運転室や各機器が設置されている車内など,存分に観察することができた.しかも予定では試験開始までと,運転終了後の始発までの間は小郡駅の待合室で始発電車を待つことになっていたのだけれど,格別の計らいによって試験担当のみなさんと一緒に駅前のホテルの一室で,WIN350について開発や試験に関するこぼれ話を,たっぷり聞かせていただくことができたのだった.その時のチームのリーダーは,試験実施部長の仲津英治さん.僕の手許には次長の岩本謙吾さんの名刺もコレクションされている.
 さまざな話題で盛り上がったなかで,ひときわ頭に残っているのが翼型パンタグラフの話し.製造コスト的には解決すべき課題があるものの,空気抵抗を減らし,騒音を抑止する効果と架線への追随性,適正な揚力などを追求していったら,あのような形になったのだと.

現在,京都鉄道博物館で展示されている500系量産車のパンタグラフには,騒音抑制のためにフクロウの羽根にあるギザギザがある.その結果として騒音を30%も抑制することができたというのは,のちに聞いた話.
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そのパンタグラフ.筒体の形は鳥の翼そのもの.この写真からはギザギザがあるようには見えないが.まだ開発途上だったのだろうか.1994-12-17 新下関

この時点,5号車(東京方から2輛目)のパンタグラフは通常の下枠交差タイプだったから,まだまだ開発途上だったのだろうか.
 そして小郡駅前の宿の一室での,おにぎりを頬張りながらJR西日本独自の新幹線車両開発への情熱など,さまざまな話のなかで,仲津さんだったと覚えているのだけれど,
“あれ,ウィングラフって呼ぼうと思ってるんです”
“だって,本来の意味でのパンタグラフじゃないですよね.まぁ,シングルアームパンタだって菱形ではありませんが……さらに異端ですから”
 これは!と膝を打った僕.その後の普及を大いに楽しみにしていたのだが,残念ながら普及しなかった.そればかりか,8輛編成化されたときに,当たり前の下枠交差タイプに取り替えられてしまった.
 37年を経て,記憶も断片化してしまったので再度お話を伺いたい……思い立ったのだけれど,残念なことに一昨年に亡くなられたとのこと.残念.合掌.
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“ウィングラフ”の様子を観測するためのモニター.架線柱のビームに取り付けられたカメラからの映像を車内で確認していた.ちなみにこの夜の最高速度は時速300キロだった.
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その,取り替えられたパンタグラフ.趣味的には至極残念.2025-11-15 新山口

昔話はこの年で措くとして,社長会見.
 現社長の倉坂昇治さんが,質疑応答に際してWIN350と500系に関する思い出を方あってくださったのだが,
“500系の営業デビュー時は,なにしろ阪神淡路大地震のすぐあとであり,しかも株式上場を控えていた時期なので,500系には,会社挙げて期待していたのです”
 と語られたのが印象に残った.聞けば1990年代半ばには,経営企画部や財務部に在籍していたという.第一線スタッフとしての実感のこもった,心からの本音だったに違いない.
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倉坂昇治社長.昭和60/1985年国鉄入社,三重県出身,京都大学法学部卒.JR西日本本社広報部長を務められていた時期もある.2025年から代表取締役社長

さて,500系と923形T5編成に引退に際しては,7月下旬の“ドクターイエロー 夢の検測走行車内見学”や“V編成で一夜を過ごす500系新幹線特別運行”などを皮切りとしてさまざまなプロモーションが展開される.その全ては,この日の14時にオープンした特設サイトで告知される.
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会見会場に並べられたキービジュアルと各種記念限定グッズ.右側テーブルに沿線各駅の駅弁が展開されている.

7月以降には,車体へのラッピングも実施される.
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923形T5編成の側扉窓ガラスへのラッピング.1,7号車に貼り付けられる.写真:JR西日本
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500系1,7号車側面のラッピング.全編成に,というわけではないようだ.写真:JR西日本

と,いうことで,32年前(もうそんなに経った!)への思い出も交えた記者会見レポートであった.