6月11日付のここでお話しした,長野でのE131系200番代取材に赴く旅路で出会ったことどもを記した.
末尾に“帰り道は,次回(たぶん)”と記しはしたが,レイルNo.138やJR西日本500系及び923形のニュースなどをお話しすることになった結果,あっという間に3週間が経ってしまった.
無事に取材を終えて向かったのは往路と異なる,しなの鉄道の北長野駅.やってきたのはSR1系.長野でお昼ご飯にしようかとも思っていたのだけれど“えいままよ”と,上田経由でそのまま小諸へ向かうことにした.
長野駅に到着したら,隣のホームにはライナー用のS103編成が戸倉行きとして待機中だった.
しなの鉄道が発足して以来の念願だったステンレス鋼製の新造車がSR1系.なにしろ115系や169系の車体の大部分を占める濃い灰色は“ステンレス色”だったのだから.この電車を求めての信濃行は2021年春,MODELERS FILEとしての発表は6月号だった.
上田の駅では懐かしの115系S7編成が.初代長野色である.これを含めて115系を追いかけたのは,いつのことだったか…….
振り返ってみれば2020年8月号であった.SR1系取材の翌年である.その時点では23編成62輛が在籍していた115系も,今では2輛編成は全滅,3輛編成も6本18輛を残すのみとなった.
取材から6年を経て,115系もパンタグラフがシングルアーム化され,信号炎管が台座だけ残して撤去されるなど変化していた.
そして小諸駅.1番線の,独特の上屋柱は健在だった.なんともおしゃれ.凝った曲線美だけが美しいとは限らない,恰好の例だと思う.さらにいえば,改札にはちゃんと駅員さんがいるし,頭上の“しなの鉄道”の文字さえなければ,信越本線そのものである.
3番線にはSR1系300番代のSR311編成が.霜取りパンタグラフを省略したグループが300番代.
……1番線に列車が……というアナウンス.一瞬の“?”の後に思ったのは“ろくもん”のこと.
やっぱりそうだった.相変わらず賑わっていたのはご同慶の至り.
“ろくもん”停車中には,小海線の列車が到着した……まだ見ぬキハE200形であった.
なにしろ世界初の営業用ハイブリッド車なのだそうだ.今ならHB-E200形となるのだろう.デビューは2007年だから,もうまもなく20歳.3輛の小世帯でもあり,そろそろなにかの動きがあってもおかしくはない……などと感慨にふけっていたら,もう15時過ぎ.
そろそろ軽井沢へ向けて出立せねば…….
と思っていたらやってきたのはさっき乗った115系S7編成だった.SR1系と並ぶ風景も,もう何年か経てば思い出のなかのものとなるのだろう.
さてさて,小諸では飲まず食わずだったのか?
いや,そんなはずはない.
駅からやや左手の坂を上がって旧街道に出たところの蕎麦屋のくるみ蕎麦.奥に見える徳利の中身は……浅間嶽という文字が見えたような見えなかったような.でもあとで“そば焼酎のそば湯割”なんて飲み物があったのに気づいたのだけれど,それは後の祭りであった.
ちなみに,“浅間嶽”という文字の飲み物は,2012年5月に小諸駅を訪れた際には残っていた看板にも,ちゃんと登場する.
そしてお会計の横のショーケースからは視線が……“蕎麦どら焼”と“蕎麦おやき”であった.我が家まで連れて帰ったのは,いうまでもない.
こうして,珍しくもちょっと優雅な旅は終わりに近づいたのであった.
末尾に“帰り道は,次回(たぶん)”と記しはしたが,レイルNo.138やJR西日本500系及び923形のニュースなどをお話しすることになった結果,あっという間に3週間が経ってしまった.
無事に取材を終えて向かったのは往路と異なる,しなの鉄道の北長野駅.やってきたのはSR1系.長野でお昼ご飯にしようかとも思っていたのだけれど“えいままよ”と,上田経由でそのまま小諸へ向かうことにした.
長野駅に到着したら,隣のホームにはライナー用のS103編成が戸倉行きとして待機中だった.
しなの鉄道が発足して以来の念願だったステンレス鋼製の新造車がSR1系.なにしろ115系や169系の車体の大部分を占める濃い灰色は“ステンレス色”だったのだから.この電車を求めての信濃行は2021年春,MODELERS FILEとしての発表は6月号だった.
上田の駅では懐かしの115系S7編成が.初代長野色である.これを含めて115系を追いかけたのは,いつのことだったか…….
振り返ってみれば2020年8月号であった.SR1系取材の翌年である.その時点では23編成62輛が在籍していた115系も,今では2輛編成は全滅,3輛編成も6本18輛を残すのみとなった.
取材から6年を経て,115系もパンタグラフがシングルアーム化され,信号炎管が台座だけ残して撤去されるなど変化していた.
そして小諸駅.1番線の,独特の上屋柱は健在だった.なんともおしゃれ.凝った曲線美だけが美しいとは限らない,恰好の例だと思う.さらにいえば,改札にはちゃんと駅員さんがいるし,頭上の“しなの鉄道”の文字さえなければ,信越本線そのものである.
3番線にはSR1系300番代のSR311編成が.霜取りパンタグラフを省略したグループが300番代.
……1番線に列車が……というアナウンス.一瞬の“?”の後に思ったのは“ろくもん”のこと.
やっぱりそうだった.相変わらず賑わっていたのはご同慶の至り.
“ろくもん”停車中には,小海線の列車が到着した……まだ見ぬキハE200形であった.
なにしろ世界初の営業用ハイブリッド車なのだそうだ.今ならHB-E200形となるのだろう.デビューは2007年だから,もうまもなく20歳.3輛の小世帯でもあり,そろそろなにかの動きがあってもおかしくはない……などと感慨にふけっていたら,もう15時過ぎ.
そろそろ軽井沢へ向けて出立せねば…….
と思っていたらやってきたのはさっき乗った115系S7編成だった.SR1系と並ぶ風景も,もう何年か経てば思い出のなかのものとなるのだろう.
さてさて,小諸では飲まず食わずだったのか?
いや,そんなはずはない.
駅からやや左手の坂を上がって旧街道に出たところの蕎麦屋のくるみ蕎麦.奥に見える徳利の中身は……浅間嶽という文字が見えたような見えなかったような.でもあとで“そば焼酎のそば湯割”なんて飲み物があったのに気づいたのだけれど,それは後の祭りであった.
ちなみに,“浅間嶽”という文字の飲み物は,2012年5月に小諸駅を訪れた際には残っていた看板にも,ちゃんと登場する.
そしてお会計の横のショーケースからは視線が……“蕎麦どら焼”と“蕎麦おやき”であった.我が家まで連れて帰ったのは,いうまでもない.
こうして,珍しくもちょっと優雅な旅は終わりに近づいたのであった.








