D50といえば,ここの読者の皆さんは,どのような情景を思い浮かべるだろうか.筑豊?釜石?磐越西線?北海道?それとも磐越西線?
 昭和30年代に大阪で育った僕にとってのD50といえば,それは遠い存在でしかなかった.
 この機関車を知った時点で,もっとも近い場所に在籍していたのは米原.北陸本線の交直接続用であった.筑豊にも現役機がいることは判ったものの,それはあまりにも遥か彼方.米原とて,中学生の小遣いで気軽に行くことができる距離ではない.
 意を決して出掛けたのは昭和43/1968年春のことだった.米原駅のホームと,その頃は事務所に挨拶さえすれば自由に立ち入ることができた機関区で,何輛かのD50を“見た”ことで,充分に満足したのだった.

そんなD50.製造時期や製造所によって,また,使われた地域や時代による姿の変化が大きい機関車のひとつであるわけだが,長らくその全容…どころか,体系的で詳細な趣味的解明は,なされていなかった.
 今回のD50…9900もそのひとつ.新澤仁志さんが何年か前から“D50については,いろいろ解らないことが多いんです”ということで調査をされてきた成果の一部である.全容の解明は将来への課題として,“現状で解明していることと,疑問は残るにしても判明したことがらについて発表はいかがですか?”とお薦めしてきたもの.纏めの時期の,仮の目処としてお示ししたのが,平成28/2016年夏に刊行予定のNo.99だった.D50の旧形式9900と99を引っ掛ける気持ちがなかったかといえば,それはウソになるかも.

というわけで,9900…D50である.
D50-06
前回,No.37に掲載したメーカー写真も,記述上の必要もあって何枚か再掲載した.“前にも見たよ”とおっしゃる読者もあろうが,16年を経過した現代の製版及び仕上げ技術の進歩具合が歴然とすることになって,驚いているところである.この川崎造船所製の9953の写真は,レイルでは初めての掲載.写真:川崎造船所 所蔵:レイル編集部


昭和10年前後のD50は,米本義之さんが吹田や北海道で撮影されたD50をお目に掛けることにした.ほとんど未公表の写真だと思う.手札版のガラス乾板に残されたその姿は,目を見張る美しさ.模型製作を目論んでおられたのだろうか,部分写真も丹念に撮影され,それが今回の新澤さんの稿にも,大いに反映されることになった.

今回の発表がきっかけとなって,新たな趣味的解明が進むことを楽しみにしている.
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吹田機関庫に休むD50277.川崎造船所製で,“D50”を名乗った最初の1輛とされる.中期製造グループの1輛.給水加熱器は本省丸形.撮影時点では姫路機関庫配置.昭和20年代に北海道へ移り,昭和42/1967年に岩見沢機関区で廃車.昭和11/1936年5月23日 写真:米本義之


最終期の活躍は,田邉幸男さんと蔵重信隆さんの筑豊本線での写真を使わせていただいた.蔵重さんの再訪記に登場する現在の筑豊の姿には,感慨深い方も少なくないだろう.もちろん,僕もそのひとり.

D50に続くのは,“公式写真に見る国鉄客車”の第2回目.今回は寝台車.現在の撮影機材でも,その狭さからなかなか全容を捉えるのが難しい個室や寝台内部だが,鮮鋭に記録されているのは貴重と思い,できるだけ大きく掲載してみた.堪能していただけることだろう.

その次が,四ツ倉訪問記.今もなお不通区間が残る常磐線だが,四ツ倉といえば磐城セメント.鉄道模型趣味誌に“四ツ倉のA8”と題された記事が掲載されたのは,もう半世紀も前のことだが,今もなお,僕の頭の中には,600形の,柏木璋一さん撮影の実物写真と木村建夫さん製作による模型作品が強烈な印象となって残っている.風間克美さんの写真と訪問記によって,四ツ倉の情景の,新たな一面を感じとっていただけるだろう.
 いまなぜ四ツ倉?といえば,ひとつは,レイルNo.97での“常磐線大型蒸機の残影”に因んだ.もうひとつは,この春に,600形…A8を範として汽車会社で製作されたA10…230形が,国産蒸気機関車として初めて国重要文化財に指定されたことを祝して,ということである.
 そのA10…230形の紹介原稿を書いているうちに,これまで国鉄形式図に記載されていた寸法数値が,実は間違いではないかと思うようになった.そこで文化庁や京都鉄道博物館のみなさんのご協力を得て,事実を確認することができたのは,思いがけない成果だった.どこが?というのは,是非,本を手に取ってお読みいただきたいと思う.

最後を飾るのが,西 和之さんによる“弾丸列車”.残念ながら(?)その全貌ではなく,地図に残された岡山市内の予定ルート解明譚.ちょっと注意すれば,これからもその痕跡を辿ることは可能だろう.しかしそれにしても,よくぞ気がつかれたものである.皆さんからの他地域での発見の報,そして“××機関区の転車台は21mだったが弾丸列車に関連するのか?”などの側面情報や疑問など,心待ちにしているところである.

ということで,今回は冒頭から最後まで,全部が蒸気機関車とその関連だった.
 次はどうなることだろうか.10月の予定である.お楽しみに.