先週水曜のブログで紹介されていた“ホースシュー・カーブ”.実は私も8年前に平井編集長(当時)に連れられて訪れたことがあります.
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出の通り,ここはかつてペンシルヴァニア鉄道(PRR)のシカゴ行メインルートがアラゲニー山塊を越えるために敷設された超巨大オメガカーブです.PRR
は1968年の合併でペンセントラルとなり,さらに1976年にはコンレイルに統合され,1999年に今度はCSXとノーフォーク・サザン鉄道(NS)に
よるコンレイル分割によって,この場所を含めて元PRRだった路線の大半がNSとなりました.
よって私の訪れた2001年は,コンレイルからNSに移管されて2年ほどの時期であり,青いコンレイルと真っ黒なNSの機関車に混じって,合併による塗色変更を考慮してか下地塗装のままで走っている灰一色の機関車まで盛んに見かけることができました.
ホースシュー・カーブ内側に作られた公園では老若男女が思い思いに行き交う列車を眺めていました.公園の中央にはPRRのGP9ディーゼルが保存されています.
先頭のコンレイル塗装はキャブ側面の窓下部分のみ白く塗りつぶしてNSの車番がレタリングされていますが,この姿は現在でもまだまだ見られるようですね.

グレーの下地塗装のまま走っているNo.9630.なんの飾り気もないこのカラースキーム(?)は新しい塗装デザインが未定だった合併前に,暫定的に出場した姿だったようです.

山を下ってきた東行きのアムトラック列車.P42DCの三重連の後,延々とマテリアルハンドリングカーが続き,客車は編成後部に申し訳程度に数輛つながっている程度でした.

サミットのガリツェン・トンネルを抜け出たダブルスタック中心の貨物列車.この勾配区間では3340,3347の2輛のSD40-2が背中合わせの重連で補機として使われていました.
やはり米国は鉄道の規格が大きいのはもちろん,景色も雄大なので絵になりますね.久々に古い写真を見返しているうちに,また行きたくなってきました.近いうちに実現できれば良いのですが…