この春,6月30日限りで姿を消す253系“初代N'EX”の細部記録を充実させるべく,総武本線の物井と佐倉の間に出向いた.昨年の春にもE259系の真横を撮ったポイントなので,おなじみといえばおなじみなのではあるのだが,しかしそれ以前には訪問したことがなかった.
 実はその昨年春の訪問のあとに,この区間は線路付け替えが行なわれ,しかも一部線路跡が明確に残っていることを知った.
 それで今回は,可能ならばその線路跡探索も実行してみたかったのだけれど,撮影にキリが付いたのは,ようやく日没直前.暗くなる寸前の僅かな時間に満足できる成果など期待すべくもなかった.
 それでも,モノの本で知った“物井川橋梁橋台跡”は,物井川の堤防脇にすぐ見つかった,

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美しい煉瓦積みの橋台跡.ごく一般的なイギリス積みかと思ったが,傍らの説明板にはオランダ積みとある.この両者の違いは角部の仕上げ方法で,オランダ積みの方が見た目が優美とされている.

橋台の傍らには,丁寧な説明板があり,平成19/2007年3月5日付けで四街道市の文化財に指定されたことをはじめ,極めて丁寧な説明が記されている.指定に際しては煉瓦の製造所についてまで探求されたとのことで,銘が確認されたものの中には,小菅集治監(東京拘置所)製が含まれているという.

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丁寧な説明板.現役時代の写真まで添えられている.

この橋台の南側には築堤が残っているが,北側の橋梁部は単なる空き地となっていて,橋台跡からの連想でしか,かつて線路敷きであったということは解らない.

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橋台の北側を見る.美しい築堤が残されている.

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東側は,知らずに見れば単なる空き地.けれど植樹されていて,公園かなにかとして整備しようという意思を感じることができる.

さて,この橋台がいつできたのか,それは説明板にきっちり記されていた.すなわち,総武鉄道の千葉-佐倉開業時であり,明治27/1894年のことである.一方,いつ“跡”になったのかには触れられていない.別の資料によれば昭和43/1968年2月.複線化に伴うものであったという.ちなみに,同じ年の3月には電化も完成しており,工事としては同時に進められていたということになる.