東北本線の黒磯駅といえば,まずは交直流切り替え駅であること,かつては那須のご用邸にお出ましの天皇陛下や皇族方が利用するための貴賓室があった駅であること,さらに遡れば,福島県の白河駅までの峠越えのために機関庫があって,ベビーマレーこと9020などが配置されていたこと…….
 人により,思い浮かべる情景はさまざまだろうけれど,鉄道好きにとって印象深い駅の一つであることは間違いないだろう.
 そんな黒磯駅の今といえば…….

287-1
駅本屋.直上を走るのは東北新幹線.現代の事情を知らない昔の人が見たら,新幹線にも黒磯駅が存在すると思うこと必定の光景である.しかし,皆さんご存じの通り,新幹線の列車は頭の上を轟音とともに通り過ぎるだけである.

新幹線開業前にはあれほど頻繁に特急や急行が行き交っていたのに,いまや福島方面からの719系や701系,宇都宮方面からの211系やE231系がやってきて,直通することなく,それぞれに折り返して行くばかり.定期の旅客列車で直通するのは“北斗星”と“カシオペア”だけ.貨物列車だけは,ほとんどの列車で機関車付け替えを行なっているが,それもEH500の登場によって,一部は乗務員交替だけとなっている.
 そんな,往年の姿を知っている人々には,なんとも淋しい黒磯ではあるのだが,駅前には,好き者にとって注目すべき建物が何軒か存在している.
 そのひとつは,駅前通りの和菓子店“明治屋”.

287-2
駅前側から見た“明治屋”.通りに面した店舗部分のほか,奥には住居部分が見える.

287-3
店の前を通り過ぎて振り返ると,側面は石造り.地元産の大谷石だろうか.いつごろの建築だか,まだ調べていないが,明治以降の建物であることは間違いなかろう.

“明治屋”のウェブサイトには創業年代など記されていないが,一部の情報サイトには“明治元年に東京で創業して後に黒磯へ移転”と記されているから,老舗であるのは間違いないことだろう.

石の建物といって黒磯駅前で忘れられないのは,国の登録有形文化財(建造物)に指定されている,旧黒磯銀行本店.
 文化庁のデータベースによれば,現在の名称は高木会館.大正7/1918年製で,石造2階建,瓦葺,建築面積116平方メートルだそうである.

287-4
側面は明らかに大谷石だが,正面は色が濃い装飾性の高い石が使われているのが印象的.現在は“カフェ・ド・グランボア”というカフェレストランとして使われている.正面頂部の,半円状に仕上げられた部分には,黒磯銀行の欧文による銘と紋章が健在.

初めて見付けたのは10年ほど前,まだ文化財に登録される前だったと思う.その時からレストランとして使われていたのだけれど,正式名称が高木会館であることや,非公開ながら庭園が付属しているらしいことは,この文章を書くために調べていて初めて知った.また行かなくちゃ,である.