この8月,211系,213系の撮影取材で東海道本線の木曽川を訪問したときのこと.木曽川左岸の築堤に通路トンネルと架道橋をみつけた.両者の煉瓦と石の使い分けが印象的で,列車待ちの間に少し観察してみた.

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木曽川左岸の東海道本線築堤に穿たれた通路.開通時のものだろうか,それとも後年の構築だろうか…….木曽川橋梁の歴史を調べてみなくては.

通路トンネルの名前はメモするのを失念したので不明だが,堤防から遠くないところにあって,トンネル部の上半分アーチ部だけを煉瓦で巻いて,下部構造と翼は石積みという組み合わせ.煉瓦は“小口積み”と呼ばれる方式で積まれている.すなわち出入口から見て煉瓦の小口だけが見える積み方である.
 石は,整然とした切石布積みで,上端と飾り石(笠石というのだそうだ)だけが置き方が異なる.

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山側(木曽川の堤防から名古屋に向かって左側)から見た,史郎兵衛北架道橋の全景.上下線間の約1メートル位は,桁が載る部分とは石の積み方が異なっている.

通路トンネルの名古屋方に,小さな架道橋がある.史郎兵衛北架道橋(しろうべいきたかどうきょう)というのが正式名称.橋台は実に整然とした切石布積みで,翼は石を傾けて積む,谷積み.桁は,今では上下線2線を一体で載せる大きなコンクリート塊(?)だが,建設当時は1線ずつの鋼製プレート桁だったと思われる.
 その他,海側の翼はコンクリートで補強されているし,作業用の通路が線路の両脇に追加されている.そのうちの海側はコンクリート製の板が敷かれ,それを支えるために,手摺の柱を兼ねた古レール製の枠が組まれている.けれど,それらを頭の中で消していけば,明治か大正の姿を再現することは難しくない.

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古レールでできた,作業用通路のフレーム.残念ながら銘を読むことはできなかった.僕は古レールのこのような使い方を初めて知ったが,他でも多く見ることができるのだろうか.

そして,木曽川の煉瓦といえば忘れられないのが,駅構内の油庫(俗にランプ小屋).駅の改良工事に際してその行方が案じられたが,昨年9月,旅客通路上屋の木柱とともに,場所を移動して保存の運びとなった.頑丈な柵で囲われているので,残念なことに近づいて観察することは叶わないけれど,イタズラなどによって傷つけられることがないから,安心ではある.
 なお,木曽川駅の改札内には,国鉄時代に架け替えられた旧跨線橋の主柱基部が保存されている.大正元/1912年の月島機械製だという.これは鋳鉄製なので,またいずれの機会にでもお目に掛けようか.

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大切に保存されている煉瓦製の油庫.日本各地には,顧みられることなくぽつねんと建ち続ける油庫がまだまだ存在していることだろう.